067 新たな復讐への道筋(後)
『諜報員に集めさせた情報によると、死亡が確定した他国のアルカナ使いは五人。特定の組織に所属しない傭兵も入れたら六人にもなるわ。それ以外にも、死んではいないけど行方不明になったアルカナ使いもいるみたいだし』
「傭兵……ユーリィか」
『あらメイドさん、名前まで知ってるなんて驚きね』
「カラリアさんは、その『正義』のアルカナ使いの関係者です」
『へぇー……そして陛下への復讐を誓う王女様と一緒に行動している。ふぅーん、そっか、じゃあ他国での暗殺にも陛下が絡んでいると……』
「そちらの話が終わったら、それも教えます」
『なかなか口が堅いのね。わかったわ、詳細を教えてあげる。確認が取れた限りでは、まずスラヴァー領と隣接する“ヘリアス王国”で『運命の輪』の死亡が確認されたわ』
そう聞いて、ノーテッドは顎に手を当て呟いた。
「キャプティスがこの惨状だというのに、ヘリアスの動きが無いのはそれが原因か」
今は隣国からしてみれば攻め時だ。
だというのに、国境地帯は沈黙したまま――ノーテッドはその状況に違和感を覚えていたのだろう。
フィリアスはなおも続ける。
『次に南の隣国、領土欲しがりガナディア帝国。ここでは『悪魔』が死亡。さらに帝国の南、半分が湖のウルテノス共和国では『塔』が死亡。さらに南下して森だらけのオレスト王国では、『月』と『太陽』の死亡が確認された』
「私たちが戦った相手も混ざってたね」
『あら、もう戦ってたの? そう、つまりこの死んだアルカナ使いから抜けた力は、すでに継承されて敵戦力として取り込まれているのね』
「こら。アミ、黙っときなさい!」
「……ごめんなさい」
キューシーに叱られ、アミはしょんぼりと肩を落とした。
もっとも、その程度の情報が相手に伝わったところで、大した損失ではない。
「私たちが知らないのは『悪魔』、『月』、『太陽』の三つですね」
『『運命の輪』は継承されてそのアミって女の子に宿ったのよね』
「実はその前に別の使い手と交戦しています。使い手の死後、すぐにアミちゃんにアルカナが宿りました。とある理由で、継承速度は早まっているようです」
『その理由も知ってそうな雰囲気ね』
「その前に、一つ聞いておきたいんですが」
『答えられるものなら』
「今まで秘匿されていた他国のアルカナを、よくそこまで調べられましたね」
『ああ、そこねぇ。うちの諜報員が優秀……と言いたいところだけれど、どこの国もアルカナ使いが死んで混乱してるのよ。アルカナ使いの存在は一種の抑止力だもの、国にとって大損失なんてもんじゃないわ』
「なるほど、諜報員を潜入させるのも簡単だったわけですね」
『ええ、しかもその全てが暗殺だって言うんだもの。どこの国にも権力争いはつきもの、アルカナ使いを目の上のたんこぶと思ってる人間も多い。どいつもこいつも味方が自国のアルカナ使いを殺したんじゃないかって疑心暗鬼になってて、スパイに情報を売ってしまう人間も増えてたってことでしょうねぇ』
それはつまり――『世界』の保持者が、ホムンクルスを連れてアルカナ使いを殺して回っていた、という説を補強するものだ。
アルカナの脆弱性を突いた『世界』の策略は、カラリアが想像したとおりに実行されていたのでる。
そしてそれは、『悪魔』や『月』、『太陽』のアルカナをホムンクルスが所有しているということ。
キューシーは激戦を想像し、「頭が痛いわねぇ」とうんざりした様子でつぶやいた。
「これで居場所が判明しているアルカナは十四……」
『所在不明なのは『女教皇』、『皇帝』、『教皇』、『恋人』、『戦車』、『審判』の六つ。このうちのどれかが、陛下のアルカナということね』
「いえ、違います。お父様が持っているのは二十一番目のアルカナ――『世界』です」
『二十一番目ぇ? そんなのまで出てきたの?』
『お父様がアルカナ使いだって!?』
驚きに、思わずフィリアスの声が裏返る。
一緒にエドワードも驚愕しているが、ポイントがずれている。
『能力は?』
「現状わかっている範囲では、血液を与えた対象の肉体を、自由に変形させられるようです」
『じゃあドゥーガンもそれで……』
「そのドゥーガンが教えてくれました。私のようなホムンクルスたちが生み出されたのも、その『世界』のためだったと」
『……メアリー、何を言ってるんだ? ホムンクルス? 君が?』
『ワールド・デストラクション。ピューパ・インダストリーが関連してた、ホムンクルス量産計画よねぇ』
『フィリアス、知っているのか!?』
『私ぐらいの地位まで来ると、陛下が怪しい動きをしていればすぐにわかるわぁ。そっかぁ、あれってその“ワールド”だったのねぇ』
他国のアルカナ使いの所在を調べるよりも、自分の国のことを調べる方が圧倒的に簡単だろう。
フィリアスほどの諜報能力を持つ人間なら、知っていても不自然ではない。
『具体的な中身は初めて聞いたけど――そう、なるほどぉ、他国のアルカナ使いを暗殺しても入れ物がなければ意味がないと思ってたのに、ホムンクルス製造なんて方法で解決してたなんて』
やはりフィリアスは理解が早いので話が楽だ。
相変わらずエドワードは置いてけぼりにされているが、おそらく後で彼女から詳しく説明を受けるだろう。
『ひょっとして、アルカナの継承速度が上がっているのも『世界』が原因だったりするの?』
「私はそう考えています」
『まるでアルカナが焦ってるみたいね』
「『世界』が……それほどまでに恐ろしい存在だということでしょう」
『それを陛下が持っている、と。まるで喉元に剣先を突きつけられてる気分だわ。でも、メアリー王女とコンタクトを取って正解だったわぁ。色々と疑問が氷解したし。ついでにスラヴァー公爵周りの顛末も、詳しく教えてくれると嬉しいのだけど』
「そこに関しては、ノーテッドさんが決めることです」
『あらあら、それだと難しそうねぇ』
「僕としても、王国軍と繋がりを持つことはやぶさかではないんだけどね。できるだけヘンリー国王を悪者に仕立て上げるためには、タイミングと手段を選ぶ必要があるから」
『怖いわぁ、マジョラームの社長をやるような人って、やっぱり狸なのねぇ』
「確かに体型はタヌキさんみたいだね!」
デリカシーのないアミの一言に、キューシーは彼女の頬に人差し指を突き刺してぐりぐり押し付けた。
「こらアミ、なんてこと言ってんのよ」
「でもお腹がタヌキさんじゃない?」
「……否定はできないけど」
「キューシー、そこは否定してくれよぉ!」
情けない声をあげるノーテッド。
フィリアスは肩を震わせて笑う。
『ふふふふっ、愉快なやり取りなのに心から信用できないんだから、権力者になるのって嫌よねぇ。まあ、公爵の末路に関しては何となく想像はつくしぃ、詳細は発表を待たせてもらうわ』
「今後も情報提供はしていただけるんですよね」
『ええ、ギブアンドテイクでね』
「今回は、私のほうが渡しすぎたと思っているんですが」
『欲張りさんね。わかったわ、じゃあ陛下の今後の予定を教えてあげる』
『……そこまでするのか。メアリーは殺しに来るんだぞ?』
『本当に陛下がとんでもないアルカナを持ってるなら、仮にメアリー王女に命を狙われたってそう簡単には死なないわよぉ。追い詰められればボロだって出すでしょうし、私はおこぼれをいただくわ』
彼女は冷たく笑う。
近衛騎士団といえば、国王に強い忠誠を誓う者たちだ。
それを近くで見てきたメアリーも、フィリアスは言動こそ不真面目なものの、忠誠心はしっかりと胸に秘めている――そう思っていたのだが。
(こうしてあっさりと乗り換えるあたり、実はそうでもなかったのでしょうか)
失望するわけではないが、彼女の笑顔を信用できなくなりそうだ。
あるいは、別の可能性もあるが――
(……側近が私たちに付くこの流れ。ドゥーガンのときと似ているのが気になります)
考えすぎだろうか。
ヘンリーの様子が変わったという話も、ドゥーガンに似ている。
しかし、『世界』の持ち主はヘンリーである可能性が高い。
その強烈な力が、彼の人格に影響を及ぼしたと考えれば、部下たちが異変に気づく流れもおかしくはないのだ。
その後、フィリアスはヘンリーのスケジュールをメアリーたちに告げると、通信を切った。
メアリーが大きく息を吐き出すと、カラリアがその頭をぽんぽんと撫でる。
「お疲れ様」
「えへへ、緊張しちゃいました」
「悪くない情報交換だったと思うわよ。敵の勢力もだいたい予測できるようになったんだし」
「ヘンリーの動きもな。狙うとするなら――二週間後に行われる、軍の大規模訓練中だな」
「僕もそう思うよ。そこを過ぎると、今度はガナディア皇帝との会談で警備は厳しくなるからね」
「王様って、ドゥーガンより強いのかなぁ」
「それを見極めるためにも、三日前には王都に入っておきたいわね」
「となると、猶予はおよそ十日ですか……」
「……意外と余裕はあるな」
ここから王都までは、車なら一日で到着できる距離だ。
かなり寄り道をしても、逆に十日かけるのは難しいぐらいである。
「ピューパの施設にも寄り道するなら、余裕はあったほうがいいわ」
「はいはーい! 私、色んな場所でおいしいもの食べたい!」
「旅行じゃないっつうの」
「できるだけいいものが食べられるよう、各地の関連会社には声をかけておくよ。食事は活力、勝敗にも関わってくるからね」
「ありがとうございます、なにからなにまで」
「さて、じゃあ別室で詳しい日程を詰めましょうか。足はわたくしの車を使うとして――」
「りょっこうっ、りょっこうっ」
「だから違うっての……」
一足先に、部屋を出るキューシーとアミ。
メアリーがその後ろでふいに立ち止まると、前を行くカラリアが不思議そうに彼女のほうを振り返った。
「メアリー、どうした?」
「……きっとアミちゃんにとっては、最後の旅になります。時間があるなら、行きたい場所には立ち寄ってあげたいですね」
「確かに喜ぶだろう。だが一番大事なのは、お前が一緒にいることだと思うぞ」
「もちろん、ずっと一緒にいます。それが、彼女にできる恩返しになるのなら」
「まあ――あんまりアミにばかり構っていると、私がへそを曲げるかもしれんがな」
「へっ!?」
「ふっ、冗談だ」
「……いえ、構います。全力で構いますから、私!」
笑みを取り戻したメアリーは、カラリアと一緒に部屋を出る。
残されたノーテッドは、深く椅子に腰掛け、優しい表情で四人を見送った。
◇◇◇
王都から通信していたエドワードは、話が終わると大きくため息をついた。
「はあぁ……何なんだあのメアリー。前とは別人じゃないか」
「だから言ったのにぃ、舐めてかかるなって」
「付き合いが長いと、頭にこびりついたイメージは離れないんだ! それよりフィリアス、勝手に話を進めすぎじゃないか? お父様の予定まで話して、もしこちらの準備ができる前に暗殺が成功したらどうするんだ!」
「それまでの人間だったってことじゃないのぉ?」
「近衛騎士団がそんなんでいいのかッ!?」
声を荒らげるエドワードに、フィリアスは変わらぬトーンで反論する。
「近衛騎士団。王国軍の最高峰であり、団長に関して言えば、王族や特定の血族以外の人間が就ける地位としては、将軍と並んで高い」
「それぐらいは知っている」
「でも意外と大したこと無いのかもしれないわよぉ。そんな騎士団の誰かが行方不明になっても、みんなそこまで慌てないんだからぁ」
「どういうことだ?」
「休暇扱いだから、騒ぎにすらならないの。現時点で二人ほど、ピューパを調べさせてた子が消えてるわぁ」
「知らないぞ、そんなこと」
「真の意味で勝ち組になるまでは、近衛騎士団であろうとそんなものってことよぉ」
「お父様に恨みを抱いているということか」
「違うわ」
そして彼女は、なおも表情を変えず――ぐいっとエドワードに顔を近づけた。
「ねえ王子様。貧乏貴族として生まれた私が騎士団長に上り詰めるまで、どれだけの努力を重ねてきたと思う?」
瞬きを全くしないその瞳に、彼は金縛りにあったように動けなくなる。
「私は、権力がほしいの。足りない、これぐらいじゃまだまだ足りない。もっと確かな、誰からも消されない、誰にも邪魔されないような――そしてトゥロープ家を再興するのよぉ。そのために、あなたとこの国を切り分けて、一緒に食べたいだけ」
「欲の権化か……」
「うふふ、わかりやすく小物で、扱いやすいでしょう?」
確かに、変に『私は無条件にあなたの味方』と言われるよりは、気持ち悪さは無い。
だが、エドワードはフィリアスを信用しない。
唯一の味方なのは事実。
運命共同体として、最後まで道連れになるしかないのも事実。
しかし、常に『信用するな』と自分に言い聞かせることは止めてはならない――そう直感していた。
「いい目。陛下とも違うわ。きっと母親に似ているのねぇ、あなた」
「褒めてくれてありがとう」
「じゃあ、早速はじめよっかぁ」
「何をするつもりだ?」
「フランシス王女の死を公表するのよ。とびきり物語を盛りに盛ってね」
「彼女の死を利用するつもりか!?」
「そうよ。国王を目指すなら、中途半端な常識なんて捨てなさぁい。そうやって悩んでるから、いつまでも王族になりきれないのよ、マザコン王子さんっ」
「っ……」
フィリアスはエドワードに軽く触れると、背を向けて部屋から出ていく。
反論できない正論を叩きつけられ、エドワードは歯を食いしばりうつむいた。
◇◇◇
フランシスの死という事実は、その日のうちに王国中に広まった。
だがそのあらすじは、真実は大きく異なる。
ヘンリー国王は前々から、魔力で劣るメアリーの存在を疎ましく思っていた。
そこでスラヴァー卿と交渉し、ロミオ主催のパーティでメアリーを殺害する計画を発案した。
しかし、エドワードの機転によりそれは回避された。
メアリーは生きながらえたものも、スラヴァー卿によって囚われてしまう。
それを、計画を知り、スラヴァー領まで来ていたフランシスが助けた。
だがヘンリー国王の差し向けたアルカナ使いにより、フランシスは殺害。
生き残ったメアリーが『死神』のアルカナに目覚め、復讐を始めた――という内容だ。
何となく筋が通ったその話に、民は“納得”し、独善的なヘンリー国王への批判を強める。
一方で国王側は、これに真っ向から反論。
大臣は『メアリーはアルカナに支配されており、欲望のまま殺戮の限りを尽くした』として、ロミオやドゥーガン殺害の罪で、彼女を指名手配した。
世間の流れに反した、明らかな悪手である。
フィリアスは思惑通りに事が進んでほくそ笑んだことだろう。
軍によって張り出されたポスターは、民衆によってすぐに剥がされ、それを取り締まる兵士との小競り合いまで発生した。
にわかに混乱が広がる中――ドゥーガンとの決着から二日後、メアリーたちはキャプティスを発った。
ノーテッドや社員、そしてジェイサムを始めとする、生き残った解放戦線の面々に見送られながら。
キューシーの運転する車は、瓦礫が撤去された道路を走る。
復興作業に従事する軍人たちは、それがメアリーたちだと気づくと、みな敬礼した。
街は破壊された。
絶対的存在だったスラヴァー公爵はもういない。
だが、彼女がいなければ、自分たちの命も失われていただろう――誰もがそれを知っているからだ。
今さら、失われた命を想い、落ち込む必要はないのだろう。
だが、生き残った者たちの想いに、少しだけ救われる。
それは当たり前のことだ。
誰だって、『お前なんて生まれてこなければいい』と言われるより、『そこにいてくれてありがとう』と言われたほうが嬉しいのだから。
都合よく切り捨てて、都合よく耳を傾けて。
復讐者はその身勝手さを自覚して、次の標的を目指す。
父親のいる王都へ。
全ての元凶である『世界』のいる王城へ。
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