042 自己満足の権化
キューシーはエレベーターシャフトを通り、閉ざされた扉を蹴り開いて、最上階に到着した。
階段のほうからは、もはや爆発音のような、隔壁を殴りつける音が聞こえてくる。
社長室のあるこのフロアは、特別頑丈に作ってある。
いくらアルカナ使いとはいえ、簡単に到達はできないだろう――キューシーは社長室の前に移動し、呼びかける。
「お父様、無事っ!?」
本来なら、内部のモニターから外の様子は見れるはずなのだが、状況が状況なので大きな声をあげた。
するとすぐさまロックが解除され、扉が開く。
「ありがとう、心配して見に来てくれたんだね。僕は無事だよ」
ノーテッドは変わらぬ様子で手を上げ、笑みを浮かべる。
キューシーはほっと胸をなでおろした。
「はぁ……よかった。まだ『吊られた男』が来るまで時間はあるみたい」
だがそのとき、足元が大きく揺れ、壁が崩れ落ちる音がした。
ノーテッドは深刻な表情でため息をつく。
「……でも時間の問題みたいだ」
「あの隔壁を殴って壊すなんて、滅茶苦茶だわ! ミサイルにだって耐えられるはずなのに!」
「おかげで動きが鈍ったと考えよう。キューシーが戦うのかい?」
「当然よ。必ずお父様は守ってみせるわ!」
「……」
「お父様?」
「もしキューシーが死ぬようなことがあれば、僕は生きていけない。頼むから、無茶だけはしないでくれよ?」
「優先順が逆よ。わたくしが死ぬ前にお父様が死んだら意味ないんだから。いざって時は、早く逃げてよね」
「そんなことはできない」
「お父様……スラヴァー領の未来はお父様にかかってるのよ? そんなこと言ってる場合じゃないわ!」
キューシーがそう言っても、ノーテッドは難しい表情をするばかり。
彼女は「ああもうっ!」とその場を離れ、片っ端からペンや書類をかき集めた
「できるだけ下僕をいっぱい連れていかないと……お父様、このあたりにある物、使わせてもらうわよ」
「ああ……キューシー、このビルを乗っ取ったアルカナだけど」
「あの不気味な女ね。ありえないわ、マジョラームのセキュリティを全部乗っ取るなんて!」
「ビルのいくつかの区域を乗っ取り返して、状況を確認したんだけど、セキュリティは突破されていなかった」
「……どういうこと?」
「書き換えられていたんだ。科学的にではなく、魔術的に、概念的に」
珍しく的を射ない父の言葉に、キューシーは首をかしげる。
「概念的……? わたくしにもわかるように言って、お父様」
「これ以上の説明はしようがない。けれど昔の記録と示し合わせると辻褄は合う。要するに、そのアルカナは、“ビルを乗っ取る”力を持っているんだ。理屈なんて関係なしに、ビルである時点で、能力からは逃れられない」
「ビルを乗っ取る? そんなアルカナ、あったかしら……いや、そもそも昔にビルなんて……」
あまりに条件が限定されすぎている。
悩むキューシーに、ノーテッドは告げる。
「『塔』」
「まさか――このビルを、塔とみなしたってこと!?」
「そうとしか考えられない。だから、セキュリティが独立してるこのフロアまでは乗っ取れなかったんだよ」
「ビルの上に箱が乗ってるようなものってお父様言ってたものね。『吊られた男』を別に送り込んだのは、ドゥーガンがはそのことを知っていたから……!」
そう言いながら、キューシーは部屋の扉を蹴り開くと、両腕に抱えた道具を廊下にぶちまける。
「まあ、正体がわかったところで、倒す方法に繋がらないのが申し訳ないところだけどね」
「ヒントにはなるわ」
「そう言ってもらえると助かる。僕は、他の二人に『塔』のことが伝えられないか試してみるよ」
「ええ、わたくしは――」
室内から廊下に文房具を大量にばらまき、椅子も持ち出す。
すでに吊られた男――カリンガの行く手を阻む隔壁は、一枚しか残っていないようだった。
「そろそろ行かないと。扉はしっかりロックしててね、絶対に開かないで」
「……ああ、いってらっしゃい」
ノーテッドが浮かべるのは、本当は送り出したくない――そんな本音がにじみ出た、力ない笑み。
キューシーは胸を痛めながらも、部屋から出た。
「ナッコォォオオオオゥッ!」
それとほぼ同時に、耳障りな叫びと共に、最後の隔壁が砕け散る。
開いた穴を通り、瓦礫を踏み越えて、見るからに暑苦しい男がキューシーの前に現れた。
「ようやく……ようやくたどり着いたぞ、ダンジョンの終着点に。そして主人公がそこに到達したとき、ボスが待ち受けているのはお約そ――げほっ、ごほっ!」
カリンガはビシッとキューシーを指差そうとするも……舞い上がる砂煙に咳き込む。
その濃さからして、おそらく彼女の姿はシルエットぐらいしか見えていないはずだ。
視界が戻る前に――と、キューシーは腕を前にかざす。
(アナライズ――魔術評価はおよそ11000。わたくしと同程度。これなら行けますわ!)
大量に散らばったペンや紙がふわりと浮かび、鳥の群れが彼女を囲む。
「ごきげんよう、野蛮な侵入者さん。そして、さようなら」
コミュニケーションを取るつもりはない。
鳥たちは空を裂き、全身傷だらけのカリンガに殺到した。
「ぬううぅぅっ!? 何だこいつらは、鳥だとっ! ぐああぁああっ! まさか自然の動物たちを操る邪悪なる能力! そんなもの、主人公として許すわけにはっ! ぬああぁっ! ぐ、がああぁぁああっ!」
嘴についばまれ、鋭い翼に切り裂かれ――男は必死で腕を振り払うも、元がペンや紙なのだ、当たることなくひらりと避ける。
その殺傷力は控えめではあるものの、人を殺すには十分すぎる。
「今回は躊躇しないわ。そのまま死になさい、ヒーロー気取りの侵入者ッ!」
キューシーの覚悟もまた十分。
だから、そうまでしてもカリンガが一向に死ぬ様子が無いのは――単純に、彼が頑丈すぎるからだ。
(厄介ね。小型動物じゃあまりダメージが通ってない上に、攻撃するたびに硬さが増してるような……これがあの男の能力なの?)
キューシーが知っているのは、吊られた男という単語と、拳で殴るのが攻撃方法、ということぐらい。
それがアルカナの力ならば、それだけで終わらないことはわかりきっている。
「聞こえる……聞こえるぞ、動物たちの悲痛な声が!」
「ただの文房具よ!」
「大切な命を道具としか見ないあの女に操られて――おおぉおおおッ! 絶対に許せねえ! 俺の拳が! お前たちを救ってやるッ!」
握られる右の拳。
そこに、大量の魔力が集まっていくのをキューシーは感じた。
(来る……!)
「情熱旋風! トルネードナッコオオオオォッ!」
ゴオォッ――猛烈な風が、屋内に吹き荒れる。
「く……なんて威力……っ!」
手すりに捕まっていても、飛ばされてしまいそうなほどの嵐。
キューシーは下僕たちに体を固定させ、どうにか耐えていた。
防魔ガラスは膨らんだように歪み、ひび割れ、やがて砕け散る。
カリンガを攻撃していた下僕も、無惨に引き裂かれ、ただの無機物となって一面に散らばった。
「見たか……これが正義の力だ!」
彼はポーズを取って、雄々しくそう宣言した。
(救うって言いながら、全部ぶっ壊してんじゃない……)
服は破れ、血に汚れ、体は生傷だらけ――だがその闘志は衰えるどころか、さらに強く燃え盛る。
「まだよ、狼の下僕、奴を噛み砕きなさい!」
廊下に投げ捨てられた瓦礫が変形し、数匹の銀狼へと変わる。
一斉にカリンガに襲いかかる獣たち。
(小型は吹き飛ばせても、中型の獣ならッ!)
間違いなく威力は先程の鳥たちより上。
すると彼は腰を落として、拳を握った。
「すまない――こうするしか救う方法が無いんだ! 闘魂烈風! マシンガンナッコォッ!」
飛びかかる狼へ、ほぼ同時に複数の拳が叩き込まれる。
命中した下僕は活動を停止――などという生ぬるい状態ではなく、バラバラに引き裂かれて、残骸となって床に落ちた。
「そんな、魔力にそこまでの差は無いはずよッ!?」
「節穴だな」
「何ですって?」
「俺は常に成長する。なぜなら俺は主人公だから。この美しい世界のために、命を賭けた戦い――その中で魂を燃やすほどに、強くなるのさ!」
何を馬鹿なことを――そう思いながらも、キューシーはアナライズを発動する。
「18000……な、なんで? どうしてこの短期間で、そんなに上がってんのよ!」
すると、先程までは確かに11000だったはずだ。
成長した――というわけではなく、これが吊られた男の特性なのだとしたら。
(この男は、わざわざ真正面から、攻撃を受けて敷地内に侵入してきた……あんなに傷だらけになって、ヒーローを演出して! そういうこと、なの?)
決して、伊達や酔狂でそんな馬鹿なことをしているわけではない。
それが、必要だったのだ。
「ダメージを受けるたびに、魔力が高まっていく……」
「そう、『吊られた男』の能力、なぜなら俺は主人公だから。俺は戦えば戦うほど、耐えれば耐えるほどに強くなる。まだ、底は見せちゃいねえぜ?」
「底を見せてないのは、わたくしも同じよ! 下僕たち――」
「遅い」
「――っ!?」
カリンガの姿は目の前より消え、その声は背後から聞こえた。
振り向くと、その拳が胸部に向かって繰り出される。
「かっ、が、ごっ……!」
口から肺の空気を吐き出しながら、よろめくキューシー。
「てめえも頑丈――いや、上着を動物に変えやがったか!」
「く……鳥、たち……っ!」
「しゃらくせええっ!」
差し向けた残りの鳥型使い魔は、魔力に焼き尽くされた。
続けて、カリンガははらりと落ちる紙くずを消し飛ばしながら、本気の拳をキューシーに叩き込んだ。
「熱血粉砕! バーニングナッコォッ!」
「ぐ、ぷっ……がはっ!」
本来なら、簡単に人体を貫通する威力――だがキューシーが咄嗟に服を動物に変えたおかげで、即死は免れる。
だが、上着は貫かれ、腹部の肉はえぐり取られ、カリンガの顔を返り血が汚す。
伝導する衝撃で内臓は傷つき、キューシーは口から血を吐きながら、まるで砲弾のように飛ばされ――背中から壁に叩きつけられた。
「あぐっ……う……あ……あ、ぁ……」
ぐったりと床に座り込み、弱々しい声を出すキューシー。
頭を強打したせいで、意識は朦朧としている。
「勝負あったな」
拳を血に染めて、ゆっくりと彼女に近づくカリンガ。
「お前、ワールド・デストラクション――その成れの果ての利用者だろ? 冥土の土産だ、俺らのことを教えてやる……」
彼は冷たい声で、虚ろな瞳のキューシーに告げる。
「いや、俺たちを踏み台にして力を得たお前には、それを知る義務がある」
そしてカリンガ自身も、過去の出来事を追想しながら、語りはじめた。
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