035 羨望
その後、キューシーは父をこっぴどく叱り、ようやく落ち着いて話ができるようになった。
メアリーとカラリアもソファに腰掛け、互いに向かい合って顔を合わせる。
「先ほどは、お恥ずかしい姿を見せてしまい申し訳ない。僕がマジョラーム・テクノロジー社長、ノーテッド・マジョラームだ」
苦笑いし、つねられた頬を赤くしながら、ノーテッドは言った。
メアリーとカラリアは、差し出された手を順番に握って挨拶をする。
「メアリー・プルシェリマです。お会いできて光栄です」
「いやいや、こちらも王女様に頼ってもらえて嬉しい限りだ。そちらのお嬢さんは?」
「カラリア・テュルクワーズ。元はドゥーガンに雇われた傭兵だったが、今はメアリーと行動を共にしている」
「おお、君が――ん? テュルクワーズ……」
なぜかノーテッドは、そこで引っ掛かり、軽く首をかしげる。
「どうかしたのか?」
「珍しい姓で、知ってる人と同じだったから少しね」
「お父様、それもしかして、ユーリィって人だったりしない?」
「どうしてキューシーが知ってるんだい?」
「うわ、本当に当たっちゃったわ」
「……とんでもない偶然だな」
それは、ついカラリアがキューシーを疑ってしまうほど、都合のいい話であった。
しかしキューシーは、カラリアの視線を鼻で笑って言い放つ。
「はっ、ただの偶然じゃないわ。ピューパ絡みって聞いてたから、お父様みたいな技術者ならもしかしたら、って思ったのよ」
「キューシーの言ったとおり、ユーリィ・テュルクワーズはピューパ・インダストリーに所属する研究員だよ。確か、諜報員が持ってきたデータがコンピュータに……あ、ごめんね自己紹介も途中なのに」
「いや、気にせずに続けてくれ」
ノーテッドは、背後にある机に手を伸ばし、雑に本をかきわけながら抱えられるサイズのコンピューターを引きずり出す。
キューシーが顔を手で覆いため息をつくと、メアリーは思わず苦笑した。
「あったあった、彼女だよ」
画面に映し出された写真を、カラリアは食い入るように見つめる。
だが彼女は首を横に振った。
「違うな、これは同姓同名の別人だ」
「そうかい……それは残念――いや、良かったのかな? 今はとあるプロジェクトに参加しているらしいんだが」
「ワールド・デストラクション」
「そうだよ。もしかしてもう彼女たちに話してるのかい」
「ええ、ついさっきね。ピューパの関係者で、両者ともにアルカナ使いに縁があって、同姓同名――それこそ、こんな偶然なんてありえないって話よ」
キューシーがカラリアに視線を向けると、彼女はむすっとした表情を見せる。
「……何が言いたい?」
「ユーリィって名前、この人から取った偽名なんじゃないの。年齢も三十代後半。あなたは――」
「二十二歳だ」
「だとすると、親代わりでも問題ない年齢。それに、『正義』のアルカナ使いが、堂々と実名で旅するわけがないわ」
「それは……」
「決まりね。カラリアの育ての親であるユーリィ・テュルクワーズは、ピューパの関係者。同僚の名前を偽名として使い、他国に身を潜めて傭兵をしていた」
「……っ」
うつむき、唇を噛むカラリア。
キューシーも言い過ぎたかな、とは思っているようだが、事実だけに訂正のしようもない。
するとメアリーが、カラリアに優しく微笑みながら口を開く。
「まだ決まったわけじゃありません。それに、名前を偽っていたとしても、それはカラリアさんを守るためでもあったと思います!」
「そう……なんだろうか」
「まあ、そういう意図は間違いなくあったでしょうね」
それもまた、都合のいいフォローなどではなく、事実である。
でなければ、自らの身を挺して、『魔術師』の襲撃からカラリアを守ったりはしないはずだ。
「どうやらキューシーは、僕が知らないところで、色んな新情報を仕入れたみたいだね」
置いてけぼりにされたノーテッドは、しかし真剣な表情でそう言った。
「あとで説明するわ。でもお父様、新情報があろうが構図は今までと一緒よ。王国とピューパはスラヴァー家を潰そうとしている。だからわたくしたちは、自分たちの城を守るために戦わなければならない」
「同じと言う言葉は前向きすぎるよ、キューシー。今やドゥーガン自身が王国側なんだからさ」
「ノーテッドさんはドゥーガンと親しい間柄なんですよね? 何か話は聞いていないんですか?」
彼はうつむきがちに、首を左右に振って否定した。
「今回は何も。いやあ、十六年前のことを思い出すなあ。そのときも、ドゥーガンのやつは僕に話さずに一人で勝手に動き回ってさ」
「十六年前というのは……」
「メアリー王女が生まれたのとほぼ同じタイミングさ」
ごくりと、メアリーはつばを飲み込んだ。
無関係とは思えなかったのだ。
「初めて聞くわ、その話。おじさんは何を隠していたの?」
「それもわからないまま、今に至る。いやあ、モヤっとするよねえ。どうやら例のごとく、王国にちょっかいを出していたようだけど……唯一聞けたのは、『奴らに世界を渡すわけにはいかない。だから潰してやったんだ』って言葉だけさ」
「世界を……渡す、ですか」
「さっぱりだろう?」
それ単体では、まるで意味のない情報だ。
だがあえてノーテッドがそれを話したのは、起きたのが“十六年前”だから。
「メアリー王女が生まれた年に起きたその一件。そして今回の『死神』の目覚め。運命的なものを感じるよ、僕は」
「私も気になります。殺す前に聞き出してみないと」
「……あ、あはは。そうだね、そうするしかないのか、ここまで事が大きくなってしまえば」
そう言う彼の表情は、どこか寂しげだ。
ドゥーガンを止めて、この会社を守るには、長年付き合ってきた親友を殺さなければならない――そう簡単に割り切れるものではない。
「どうして変わっちゃったんだろうねえ、ドゥーガンは。普段の彼なら、息子のロミオ君が死んだら、すぐにでも盛大な葬式を行うだろうに」
「親子仲は良好だったんですね」
「それはもう、あんなタワーを作るぐらいの甘やかしようだったから。ドゥーガンも、僕と同じぐらいの時期に奥さんを亡くしてる。その分の愛情を、息子に注いでいたのさ」
そしてその死別が呼び起こす共感が、ノーテッドとドゥーガンの友情をさらに固いものにしたのだろう。
それだけに、そんな長年の絆さえ一瞬で壊してしまう今回の一件の異様さが際立つ。
「アルカナ使いに操られてる――そうでも思わないと納得はできないかな」
「わたくしも、その可能性は高いと思いますわ」
「どちらにせよ、私がやることは変わりません。必ず殺します」
「そうだねぇ……僕も、いつまでも女々しいことを言ってたってしょうがないか。そろそろ、けじめを付ける覚悟をしないと」
遠くを見ながら、ノーテッドはそう言った。
メアリーにも、彼の感傷はよく理解できる。
だか理解できるからといって、受け入れるつもりはさらさら無かった。
「ところでメアリー王女。話は変わるんだけど、『死神』について耳寄りな情報があるんだけどさ」
ノーテッドはふいに立ち上がると、本の山に手を突っ込み、一冊のノートを取り出した。
キューシーの頬が引きつる。
「目つきが……出たわねアルカナオタク。お父様、メアリーは疲れてるし、このあとには検体採取が控えてるんだから。手早く終わらせてよね」
「わかってるよ」
わかってなさそうな態度でソファに戻った彼は、メアリーの前にそのページを広げる。
「びっしりと書いてありますね……これは、アルカナの歴史?」
「仕事上、技術者には魔術の知識も求められる。その流れで、アルカナについても色々と調べているんだ」
「随分と細かく書いてあるな。しかも文章が活き活きしている。ほぼ趣味なんじゃないか?」
少し気分が落ち着いたのか、カラリアが会話に参加する。
「あはは、まあね。アルカナってロマンあるからさぁ」
ノーテッドは頭を掻きながら言った。
そんな父の様子を、キューシーは不満げに見ている。
どうやら、自分の興味のあることになると、周囲が見えなくなる父が心配らしいが――
(ノーテッドさんがアルカナについて調べているのは、きっとキューシーさんがアルカナ使いになったから……ですよね)
キューシーは、ピューパから持ち出した技術を使い、マジョラームの施設で手術を受けたらしいが――果たして、それは父の許可を取った上でのことだったのか。
メアリーには、彼がそれを許すような人間には見えなかった。
「大昔から今まで、様々な場所でアルカナ使いは活躍してきた。だから歴史書にも登場するんだ。例えば、未来を見えているかのような采配をし、圧倒的不利な戦いを勝利に導いた軍師が、自分を『星』のアルカナ使いと名乗った、とか。『恋人』のアルカナ使いが国王を誘惑して、国を崩壊させた、とか」
「聞いたことがあります。恋人のアルカナ使いは、最終的に国民に処刑されてしまうんですよね」
「能力を使って国王を誑かしたかと思えば、実はただ愛し合っていただけ、というあの話か」
「悲恋よね、わたくしは嫌いですわ」
「みんなが知っている有名な話さ。そういう逸話は、もちろん他のアルカナ――死神にも存在する」
彼はそう言ってページをめくる。
そこには文字だけでなく、鎌を持った人間のイラストも添えられていた。
「五百年前、死者を喰らう化物が地方貴族に討伐された。三百年前、死体を武器に戦う男が僻地に存在した。百年前、死体を操り、家族と最後の会話をさせる降霊師が存在した。五十年前、長に死者を喰らわせ、弔う風習のある村が存在した。十年前、村を襲った山賊が、流れの旅人に跡形もなく喰われて消えた。まあ、今の話はダイジェストだけど、それぞれ、割と詳細に逸話が残されているんだよね」
「それだけインパクトのある能力ってことでしょう?」
「でも具体的すぎる上、話の規模が小さいのさ」
「そこに何か問題でもあるのか?」
「星や恋人の逸話は、国を動かすようなものじゃないか。僕はこの記述がとても不自然に思えてね、少しばかり人員を割いて調べてみたんだよ」
「少しなんて規模じゃありませんでしたわ、いくらかかったと思ってますの?」
「そこは大目に見てよキューシー、結果は出たんだ」
「どうだったんですか?」
「最近のものですら現地に“痕跡”はおろか、“目撃者”すら存在しなかった」
いくら規模が小さかろうが、記述があるのなら、物品の一つでも残っていそうなもの。
逆に、どこにも形跡が残っていないのは、明らかにおかしな話だ。
「直感したよ。これは何者かが作った“物語”だと。アルカナなんて、実際に目にしない限り、その実在を確かめることはできない。中には、でっちあげが混ざっててもおかしくはないんだ。つまり、死神のアルカナは最初から存在せず、実際の神様の数は二十柱じゃない――僕はそう考えていた」
「しかしメアリーの登場で、“存在しない”可能性が消えたわけか」
「そう。けれど一方で、伝えられてきた死神の“能力”は、メアリー王女が持つものと一致した。つまり歴史に残された逸話は“嘘”だけど、確かに『死神』は存在していて、物語はそれをベースに作られたってわけだ」
その話には、まだ不確定な部分があまりに多い。
なぜなら、継承先を選ぶアルカナが、誰を選ぶのか――その制御に関して、現状、人類は誰も達成できていないからだ。
完全なる秘匿は不可能。
それこそ、同じ人間が生き続けでもしないかぎり。
ただ一つ、はっきりしているのは――
「では――私は表舞台に出てきた、初めての『死神』ということですか」
ということである。
他が数十代目であることを考えると、二代目というのは明らかに異質。
ノーテッドはそれを、首を大きく縦に振ってそれを肯定する。
「そうなんだよ! ワクワクするよねぇ?」
「どうしてそんなことになったんだ?」
「国王やドゥーガンの執着っぷりから考えると、死神っていうのは、何か特別な役目を持ったアルカナなんじゃないか、って思うんだ。そこで調査したいんだけど――」
「さすがにもう予算はかけられないわ、何より戦いの中じゃ人員の余裕がないもの」
「……ってな感じで頓挫しててね。でもさ、ここからは僕の妄想なんだけど、アルカナって神様だよね。案外、最近まで『死神』の神様本人が生きてたんじゃないかって僕は思うんだ」
「はあ……生きてた、ですか」
荒唐無稽な話だが、ノーテッドはかなり自信があるようだ。
彼はさらに熱弁する。
「あるいは、身内だけで『死神』を継承させてて、何らかの事故で流出した結果、王女様に宿ったか。ひょっとすると、十六年前の出来事がそうなのかも。でなければ、さっき言った“物語”が数百年以上前から作られていた説明がつかない!」
「出た、お父様の妄想。真に受けないでねメアリー。いい年して想像力が豊かだから困りますわ」
「いいじゃないか、考えるぐらい。創造性を失ったら技術者として終わりなんだから!」
「自分の頭で考える分にはいいけど、そこから話が長くなるから」
「キューシー、これは重要な話なんだ。アルカナのことを知らなければ対策もできない。僕は知っているから、この部屋をアルカナでも突破不可能なものに仕上げられた! だからちゃんと聞くんだぞ? そもそも神様がなぜアルカナ使いを選んでこの世界に留まったかのか、わかっている範囲で説明すると――」
キューシーの懸念通り、そこからノーテッドの長い薀蓄語りが始まった。
うんざりとした様子で話を聞かされ続ける彼女を見ていると、
(普通の親子って、こんな感じなんですね)
と、メアリーはしみじみそう思うのだった。
……もっとも、話は半分以上聞き流していたが。
面白いと思っていただけたら、↓の☆マークから評価を入れていただけると嬉しいです。
ブックマーク登録も励みになります!




