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139 パラドックス

 



 吹き飛ばされたはずのフィリアスの姿が、いつの間にか見当たらなくなっている。


 彼女は体を引きずりながら、密かに玉座の間に入っていたのだ。


 そこで能力の核となる玉座を破壊した。


 その瞬間――ヘンリーの魔術評価は54000程度まで激減。


 メアリーでも超えることができる数値となった。


 だから腕を握りつぶせた。


 今だって、体を引き裂くことができる。


 明らかに再生速度も鈍っている。


 メアリーは鎌を手にしたまま、血を流すヘンリーに近づく。


 その後ろで、フィリアスも戦場に戻ってきていた。




「ふぅ……タネがわかれば大したことないのは『節制(テンパランス)』と同じねぇ」




 自虐っぽく彼女は言った。


 そして剣は激しい炎を纏う。




「まだだ……余の魔力は尽きたわけではないッ!」


「往生際が悪いんですよ!」




 弱ったフィリアスに向かおうとするヘンリー。


 そんな彼の脚を、メアリーの鎌が鎧ごと切り落とす。


 だが、彼は片足だけで飛びかかる。




「せめてフィリアス、お前だけでもォッ!」


「甘いわねぇ。動きが明らかに鈍いわよぉ?」




 それはフィリアスでも、落ち着いて見極めれば避けられる剣筋。


 そしてすれ違いざまに、刃が脇腹部分の鎧を裂く。


 開いた穴から炎が入り込み、体を焼く。


 さらに流れるような動きで振り返り、背中にも一撃。




「今度こそ焼き尽くしてあげるわぁ」


「このッ、小癪な!」


「終わりにしましょう。もう、いい加減にッ!」




 激高するヘンリーを、メアリーが強襲する。


 首を狙った一撃を、彼は腕でガード――しきれずに、篭手もろとも右腕を切り落とされた。


 よろめいたところに、すかさずフィリアスが斬りつける。


 間髪をいれずにメアリーが、フィリアスが――二人は交互に、執拗にヘンリーを斬りつけていく。




「ちまちまとォ……余を舐めるなあぁぁッ!」




 すると彼の傷口から、銀色に光る矢じりが顔を出し、散弾銃のように一斉に発射された。




「おっとぉっ! まだ抵抗するのね」


「ぐぅ――こんのぉおおッ!」




 体をひねり、かすり傷で済ませるフィリアス。


 痛みを承知でなおも踏み込むメアリー。


 その程度で止まる二人ではない。


 これまでの憎しみと、変わり果ててしまった彼への悲しみを刃に乗せて、繰り返し、繰り返し斬りつける。


 いくら再生能力があるとはいえ、この速度で斬られれば、そして傷口を焼かれて再生を阻害されれば、元の形状を保つのは難しい。




「ぬぅっ、こいつら……玉座さえッ、玉座さえあればあぁぁッ!」




 誰がどう見ても負け惜しみだった。


 それもまた、立派な王であろうとしたヘンリーに対する冒涜かもしれない。


 攻撃の要であった両腕は切り落とされ、下半身は片足が辛うじてつながっているのみ。


 鎧はもはや傷だらけで役割を果たせておらず、その裂け目からは大量の血が流れ出る。




「メアリーっ! メアリイィッ! いいか、お前はな! お前は勝ったところでッ、呪われているんだよ! 誰もが、お前のせいで不幸になっていくんだよぉおッ!」




 どこまでも無様だった。


 あんなものが、操られているとは言え、父だとは思いたくなかった。


 これ以上、汚させないためにメアリーにできることは――




「もう十分です、フィリアスさん。とどめは私が刺しますッ!」


「やっちゃいなさぁい、徹底的にね」




 せめて一瞬で終わらせることだけだ。


 弾けるメアリーの両腕。


 その内側から現れる、骨で作られた異形の爪。




「どれだけ抗おうとも無駄だ。この世界はどうしようもない! 余が死んだところで、もはや救いなどどこにも――」




 それを重ね、握り、頭上に振りかざす。




死者万人分の(ミリアドコープス)ッ! 埋葬槌(ベリアルハンマ)アァァッ!」




 鉄槌は、父親だったものを一撃で圧潰した。


 瞬時に頭蓋骨はひしゃげて砕け、肉は裂け、皮膚は弾ける。


 中身が周囲に飛び散って、あたりに濃密な死臭が漂った。


 顔をしかめるフィリアス。


 メアリーは唇を噛み、両腕をゆっくりと持ち上げる。


 にちゃりと赤い糸を引きながら、下敷きになった亡骸を見つめた。


 もはや、それが顔だったのか、判別することすらできない。


 赤と、肌色と、黄色と、ピンクと、白と――様々な色が混ざりあった淀んだ色彩の中で、明らかに不自然に動く場所があった。


 死肉が口のような形を作る。


 それはか細い声で言った。




「メア、リィ」


「……お父様」




 天使はいつだって、死に際に正気を取り戻す。


 ヘンリーもまた、例外ではなかったのだろう。




「すまな、い」


「……」


「ふらん、しす。たすけ、られ、なか、った」




 確かに、最初にフランシスのことが出てくるのは何もおかしくない。


 おかしくはないが――それは果たして、メアリーに向ける言葉として正しい選択だったか。




「おまえの、ちちおや、に、なれな、か……た……」




 そして、その言葉もまた。


 結局のところ、ヘンリーは……メアリーのことを憎んでいたんだろう。


 一方で、父であろうともした。


 その板挟みの中で、最後まで、完全に父親になることはできなかったのだろう――




「最後だけ正気に戻るの、趣味が悪いわね」




 フィリアスが空気を読まずに言った。


 メアリーはその言葉が台無しにしてくれて、少しだけ救われた気がした。




「心からそう思います」


「そのまま死なせようと思えば、できる感じもするわよね」


「嫌がらせのためだってことですか?」


「話を聞いてる限りじゃそんな感じじゃない。徹底して胸糞悪くしようとしてるっていうかぁ」


「……そう、ですね。ミティスは私が救われるのが嫌なんでしょう」


「厄介よねぇ、私怨って。距離を取るか、どちらか一方が死ぬまで解決できないんだからぁ」




 互いに知らぬふりをしていれば生きていける。


 しかし神と人では、それすら叶わない。


 どこに終わりがあるのだろう。


 メアリーの心は、いい加減に疲れ果てていた。


 浮かない表情のまま、腕を口に変え、ヘンリーの亡骸をかき集めて喰らう。


 そして――




「……ああ」




 思わず、心から声が溢れた。


 悲嘆なのか、疲弊なのか、その両者か――どちらにしろ、碌でもないものだ。




「どうだったの、それ。ちゃんと『世界(ワールド)』のアルカナだった?」


「戦闘中から薄々気づいてはいましたが――お父様が持っていたアルカナは『世界』ではありません、『皇帝(エンペラー)』です」




 おかしいと思ったのだ。


 今まで『世界』の能力は、徹底して相手を支配し、好きに変えてしまう能力だった。


 それがいきなり理想の王と夢想の兵士(キングズギャンビット)なる力を使い、剣と弓を使った。


 鎧を纏い、玉座を利用して自らの肉体を強化した。


 どこからどう見ても『皇帝』だ。『世界』の要素なんてありはしない。


 だからメアリーとフィリアスは、呆れはしても驚きはしなかった。


 戦いはまだ終わってはいない。


 残り少ない魔力で、本物の『世界』を探しださねば――




「あ……あのぉ……」




 すると、どこからともなく、か細い女性の声が聞こえてきた。


 二人がそちらに視線を向けると、角から顔の上半分だけを見せる給仕の姿があった。




「もしかして、戦い、終わりましたか……?」


「ここでの戦いは終わりました。あなたは――何度か顔を合わせたことがありますよね」


「は、はいっ。覚えていただいて光栄ですっ」


「入ってきてまだ日が浅いメイドちゃんねぇ。全員死んだと思ってたけど、どこかに隠れてたのかしらぁ?」




 彼女はなおも周囲を警戒しながら、ビクビクとメアリーたちに歩み寄る。


 二人とも警戒はしていたが、『世界』の罠にしては意図が見えない。


 本当に、ただ城の中に隠れていただけなのかもしれない。




「わ、私……キャサリン王妃が出ていったあたりから、城の様子がおかしいなと思ったんです。だから、樽の中に入って……やり過ごそうとって……」


「キャサリンお母様が出ていったんですか?」


「は、はいっ、変装して……何でも、避難者たちに混ざって外に出るって……何でそんな、回りくどいことするのかなって、私は思ってたんですけど……」




 メアリーとフィリアスは視線を合わせる。




「決まりみたいねぇ」


「自分だけ先に逃げていたなんて……」


「あ、あの……私の話、お役に立ちましたか……?」


「ええ、非常に役に立ちましたよ」


「無事に戦いが終わったらお給料をあげるそうよぉ」


「ほ、本当ですかっ! ありがとうございますっ!」




 深々と頭を下げる給仕の少女。


 そんな彼女に背を向けて、二人は城の外に向かって駆け出した。


 すると出入り口付近で、戦いを終えたカラリア、キューシー、アミの三人がやってくる。




「おねえちゃぁぁぁぁんっ! どすーんっ!」




 アミがメアリーの胸に飛び込んだ。


 メアリーは彼女を抱きとめ、くるりと一回転する。




「メアリー、勝ったんだな!」




 カラリアは珍しく満面の笑みで言った。


 キューシーも言葉を続ける。




「天使の動きも止まったわ、これで一安心ね」




 そこまで言ったところで、メアリーとフィリアスの表情が暗いことに気づいたらしい。




「――ってそんな感じの顔じゃないわね」




 アミとカラリアも怪訝そうにメアリーを見つめる。


 戦いを終えたばかりで忍びない気持ちもあったが、メアリーはすぐさま簡潔に現状を伝えた。




「お父様が持っているアルカナは『皇帝』でした。『世界』を持っているのは、避難民に紛れて逃げているキャサリンお母様です」


「何だと……? いや、『皇帝』を引き込んだのがキャサリン王妃だと考えれば不思議ではないが、しかし……!」


「そうよ、それっておかしくない? キャサリン王妃は、十六年前の一件とは関係ないはずよね? 『世界』を継承できるのはあの場にいる人間だけだっていうのに」


「でもでも、そうなっちゃったからには仕方ないよ。早く探さないと、逃げられちゃう!」


「王妃はどこにいるかわかっているのか?」




 カラリアの問いに、首を横に振るメアリー。




「避難民の中に……どこかに紛れているはずです、軍に連絡をして――私たちも手分けして探しましょう!」




 今はそれ以外に方法がない。


 メアリーたちは、疲弊し重たい体を奮い立つ心で強引に動かし、王都の正門へと向かった。




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