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135 王の領域

 



 前衛の剣を手にした兵が、一斉にメアリーに襲いかかる。


 彼女は目を見開き、『(スター)』が導く光を探した。




「この兵たちは、それぞれが一騎当千の力を持つ」




 ヘンリーの言葉は、決して自信過剰などではない。


 彼の魔術評価は105625。


 一般兵などゴミのように、何千人と殺せてしまうだろう。


 たとえ相手がアルカナ使いだったとしても、彼を魔力評価で上回る者は他にいないだろう。


 メアリーは、そんな必殺の刃の間をくぐり抜ける。


 しかし光は時折途切れることもあった。


 ヘンリーの言葉通り、兵たちの刃はあまりに鋭く素早い。


 斬撃を飛ばすなど、特殊な能力は持っていないようだが、ただただシンプルに強力だった。


 ゆえに、連続して狙われると“安全な道”が消えてしまうのだ。


 絶対に回避不可能な状況なれば、『星』とてメアリーを導くことはできない。




(『星』のアルカナ――聞こえているのなら応えてほしい)




 肩を斬撃がえぐり取っていく。


 衝撃で少しでも体勢が崩れれば、彼らはそれを見逃さない。


 メアリーを取り囲む兵たちは、同時に刺突を繰り出す。




(多少の傷は許容します。避けるためでなく、お父様に攻撃するための道を示してくださいッ!)




 メアリーが無事なだけでは意味がないのだ。


 外でも激しい戦闘が繰り広げられている。


 今までとは異なる爆発音や、小刻みな地面の揺れは、軍が兵器でも持ち出したのだろうか。


 軍が関わるのなら、戦闘が長引けばさらに死者は増える。


 一刻も早く戦いを終わらせて、天使の活動を止めなければならない。


 すると、途切れた光は――新たな道を示した。


 直後、剣がメアリーを突き刺した。


 脇腹と背中。


 刃を体内に埋めたまま、彼女は前に突き進む。


 立ちはだかる兵と兵の間を抜けるべく、そこに飛び込む。




「天使と共に使えば、世界を支配することも容易かろう」




 無論、刃はメアリーを引き裂く。


 肺に穴があいて呼吸がままならない。


 開いた脇腹から腸が溢れ出す。


 そんな体のまま、しかし彼女は包囲の突破に成功した。




「もっとも――大陸に存在する国はすでに余の手中にある。こんな力すら必要ないのだがな」




 ヘンリーに飛びかかるメアリー。


 空中の彼女を見て彼が笑うと、左右に控える弓兵たちが一斉に矢を放った。


 銃弾を超える初速で放たれたそれは、容赦なくメアリーの体を穴だらけにしていく。


 手首が吹き飛び、肩がえぐれ、胴は穿たれ向こうの景色が見えるようになり、足は皮一枚で繋がりだらりと垂れる。


 彼女にできることは、わずかに体を傾けることぐらい。


 しかし、それで十分だった。


 攻撃不能にならないのであれば。


 ヘンリーに届くのであれば。


 千切れた手の断面から刃が飛び出す。


 メアリーはそれを、父に向かって真っ直ぐに突き立てた。




「『死神』も使いこなしているな」




 ヘンリーは素手で掴む。


 軽くその手に力を込めると、メアリーが作った骨の刃は粉々に砕け散った。




「そんなお前なら、ロミオと婚約することもなかったろうに」




 二本の剣が彼の左右に現れる。


 刃はメアリーの胸に突き刺さった。


 ズドン、とまるでゼロ距離で発砲されたような衝撃。




「ぐ、があぁぁっ!」




 メアリーはそのまま吹き飛ばされ、背中から壁に叩きつけられた。


 朦朧とする意識の中、軽く咳き込み、口いっぱいに血の味が広がる。




「そう、強ければ――お前さえ強ければ、もっと早くアルカナが目覚めていれば、フランシスも死ななかったかもしれんなあ!」


「だま……れ……ッ!」




 突き刺さった剣を引き抜き、床に着地するメアリー。




「断る。余はお前が苦しむ姿をもっと見たい」


「リュノを失った復讐だというのなら……もう十分に果たせたでしょう!」


「足りぬよ、いくら殺そうとも。この世界の人間など所詮は作られた存在でしかない。命よりも大切な相手が、描いた絵に取り込まれ、殺された理不尽。その恨みが、それしきで消えるものか!」


「私からあれほど奪っておいて何を……!」


「奪ったのではない、あるべき姿に還すだけだ。お前は呪いだ。お前は過ちだ。人などではない、在るだけで周囲を不幸にする存在なんだよ!」


「不幸を引き起こしたのはあなたでしょうッ!」


「その自覚の無さが不快だと言うのだ!」




 ヘンリーはなおも玉座に腰掛けたまま、その周囲に現れた十体以上の弓兵がメアリーを狙う。


 彼女は放たれた矢を走って避ける。


 柱を遮蔽物として利用し、大回りに弧を描きながらヘンリーに接近を試みた。


 牽制には『力』で強化した大型機葬砲(ガトリング)を使用。


 相手は兵を使っての“防御”を強いられる。




(あの能力は剣と矢以外での攻撃手段を持たない。手数で攻めれば、リソースを防御に回す必要が出てくる!)




 現に、ヘンリーを銃撃から複数体の剣兵が守っている。


 そのおかげで弓兵の数は減る。


 この数なら、『星』を使えばくぐり抜けられるはず。




「この密度なら抜けられる――そう思っているのだな?」




 そんなもの読んでいる、と言いたげに彼は宣言した。


 そしてパチンと指を鳴らす。


 部屋中に、四方八方からメアリーを囲むように、大量の弓が浮かんだ。




「この数は――」




 逃げ場がない。


 見ただけでそうわかる。




「余はメアリーとの拷問(戦い)を楽しみたいのだ。まだ死んでくれるなよ?」




 引き絞られる弦。


 反った幹がギギギと音を鳴らし、その合奏がメアリーに強い圧迫感を与えた。


 外見こそただの矢。


 しかしあれが尋常ではない威力を持っていることを、彼女は身を持って知っている。


 回避不可能。


 防御不可能。


 命中すれば死は免れない。


 だから――避けるしかないのだ。不可能と知っても。




「やれ」




 王の命で、兵たちは同時に矢を放つ。


 一方でメアリーは動かない。


 その場で地面にしっかりと両足を付けたまま、険しい表情で立ち――周囲の床が盛り上がる。


 分厚い石床を砕いて、地中から骨の壁が現れる。


 それは一瞬で部屋の天井まで達し、まるで柱のような形状になった。




「それだけでは防げないと理解しているはずだろう!」




 矢は柱を撃ち抜いていく。


 元よりさほど丈夫には作っていなかったのか、まるで紙でも貫くように、それは瞬く間にボロボロになっていった。


 もはや彼女を守るための盾としての機能も失い、ただの骨片へと変えられていく。




「お前は存在してはいけないのだ、メアリー! その顔でッ! その体でッ! この世に存在すること自体が罪だあァ!」




 感情を荒ぶらせるヘンリー。


 いや、もはやミティスと言うべきなのだろう。


 一斉射が終わり、室内に静寂が訪れる。


 ぱらぱらと崩れる骨の柱は、やがて自らの重みも支えられずに崩れ落ちた。


 その内側には、誰もいない。何もない。




「死体すら残っていないだと? 地中に逃げたか。いや、穴は空いていない。ではどこに――」




 ふと、ヘンリーは床に散らばった骨の欠片を見た。




「骨の柱……いや、塔……『(タワー)』のアルカナか! そこに『隠者』を併用して逃げおおせたのだな」




 すると、彼はふいに微笑んだ。




「あまり手先は器用な娘ではなかったな」




 わずかに垣間見える父の顔。


 だがすぐに、その表情はミティスの悪意に染まる。




「メアリーが、余に気配をさとられずにこの部屋に残っているとは思えん。一旦退いたか……それもそれで、意外な行動ではあるがな」




 メアリーはすでに玉座の間にいない。


 このままでは勝てないと踏んで、一旦戻ったのだろう。


 仲間でも呼んでくるつもりなのか。


 いや、それも天使を止めるには必要な戦力だ。




「まあ、楽しめるのならそれでいい。次の手を待たせてもらおう。お手並み拝見といこうか、メアリー」




 ヘンリーは足を組むと、不敵に嗤った。




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