133 鼠一匹通れない
一方その頃、石像になぎ倒されたメアリーは、砕けた骨の瓦礫に埋もれていた。
瓦礫の中から、血に塗れたメアリーの腕だけが現れる。
すると近くで必死に彼女を探していたアミが、その腕を掴んで引っ張り上げてくれた。
「アミ……ありがとうございます」
「お姉ちゃん、傷だらけ……ごめんね、役にたてなくて」
「そんなことありません。それに、この程度ならすぐに治ります」
そう言って、アミを撫でるメアリー。
確かに彼女の体は血まみれだ。
手足の一部は潰れて曲がっている有様だったが、言葉通り、すぐにドレスもろとも再生していく。
その再生速度は、能力を身に付けたばかりの頃より格段に速くなっていた。
「あれは直接やりあうべき相手ではありませんね。攻撃そのものが効いていません」
「力負けしたわけじゃないってこと?」
「私とアミの魔力を合わせたんです。ただのアルカナ使いが、それを止められるはずがありません」
天使化させられ、強化されている可能性も考えた。
だが二体目の石像の登場で、それは違うと判断する。
オックスの前例からして、仮に天使になり魔力が向上していても、あの規格外の力を持った石像二体を操るのは不可能だ。
つまり、あの石像は何らかの制約を受けて、最初から“攻撃が通用しない”という特性を持った状態で生み出されている、とメアリーは考えた。
「ここに留まると包囲されてしまいます。まずは他の人たちと合流しましょう!」
「うんっ、じゃあバイクで突っ切っちゃおうよ!」
乗ってみたい――という願望もあったに違いない。
メアリーは思わず微笑むと、骨でバイクの車体を作る。
アミがいるのだから、車輪はもちろん彼女の仕事だ。
天使たちはすでにメアリーたちを囲みつつあった。
しかし二人の力を合わせれば――
「私とお姉ちゃんの愛の力、受けてみよーっ!」
この程度の壁など、足止めにすらならない。
はねた天使を粉々の肉片に変えながら、血まみれの大通りを駆け抜ける二人のバイク。
束の間のツーリングに、アミはメアリーにぎゅっと抱きつく。
キューシーの前に到着するまで――わずか数秒の出来事ではあったが、アミは至福の時間を過ごした。
「メアリー、戻ってきたのね!」
「ごめんなさい、動きを封じることすらできませんでした」
「いいのよ、一度目はお試しだったんだから」
バイクを解体すると、アミは少し寂しそうな顔をした。
しかしその視線はすぐ、門の前と、王都の中央に立つ石像に向けられる。
「あいつら動かないね」
「潰そうと思えば潰せるはず。でもそうしないのは――余裕をかましてる、ってわけでもなさそうね」
「反撃しかできない、完全に防衛に特化した能力。それが『女教皇』に課された制約ですか」
「わたくしが考えるに、まだあると思うのよね。たとえば――」
天使の魔術が三人を狙う。
彼女たちは同時に飛び、散開した。
「メアリー、もう一回さっきのお願いしてもいい? 相手は門の前の石像で!」
「さっきの――巨人ですか?」
「やってくれれば、あとはこっちでどうにかするわ!」
「わかりました、キューシーさんに賭けます」
「あっさり決めてくれますわね」
「信じてますから」
迷いなく、ほほえみながらそう言い切るメアリー。
キューシーの胸はふいに高鳴る。
「お姉ちゃんのあの顔、いいよねー。キューシーもきゅんとした?」
いつの間にか近づいていたアミが、彼女にそう囁いた。
キューシーはぼっと赤面し、慌てて反論する。
「無駄口をたたかない。あんたもメアリーが石像と戦ったら柱の間に集中砲火よ、いい?」
「照れ隠しだ」
「うっさい、返事は?」
「はーいっ」
楽しそうに手を挙げるアミ。
そのまま車輪を握ると、接近する氷を砕きながら投擲した。
一方、メアリーは二人から少し距離を取ると、再び『死神』の能力を発動させる。
(このあとにはお父様との戦いが控えている。ですが――出し惜しみはしませんッ!)
二度目の『虚葬鎧』を行使するメアリー。
王都に、再び骨の巨人が現れる。
石像はなおも動かず。
それが巨人に反応したのは、やはり取っ組み合いを始めてからだった。
「さっきよりは耐えてみせますッ! はあぁぁぁぁああっ!」
後退する骨の巨人。
さらに、後方から一体目の石像がこちらに向かって駆けてくる。
ただでさえ勝てないのに、容赦のない挟み撃ち――“耐える”という後ろ向きな目標すら、達成できるか怪しいものだった。
「今よっ! フィリアスとカラリアも、城への攻撃をお願いッ!」
叫ぶキューシー。
「攻撃? 攻撃でいいんだな!?」
「そう、何でもいいから叩き込むのよッ!」
「了解、銃身が焼けても撃ち続けてやる!」
戸惑うカラリアだが、言われるがままに銃をロングバレルモードに変形させ、高威力の銃弾を放つ。
「ていっ! ていっ! てえぇぇぇぇえええいっ!」
アミはがむしゃらに車輪を投げる。
「それがヘンリーを殺すことに繋がるのなら――炎の剣よ、焼き払いなさい!」
遠距離攻撃の苦手なフィリアスは、攻撃を遮る敵を炎で薙ぎ払う。
「わたくしもッ、最大級の下僕でその門をぶちぬいてさしあげますわぁっ!」
キューシーが三階建ての建物に手を当てると、動物へと変形を始める――
◇◇◇
「うふふふっ。無駄、無駄、無駄ですわぁ」
城内にてその様子を見守るヨハンナは、肩を震わせ笑った。
「滅びへ向かう世界を止めることはできないように、滅びを望む神の使いである我々を止めることもできない」
彼女は、自分の能力が突破される可能性など微塵も考えていない。
ただただ、キューシーたちの“足掻き”を無駄な行動だと嗤うばかりだ。
「ほらみなさい」
事実、彼女たちの攻撃はすべて、新たに現れた三体目の石像によって防がれていた。
キューシーの自慢の獣も、拳で粉々に潰される。
突破できたのは、飛び散った血液と僅かな肉片だけだ。
「どれほどの力を振り絞ろうとも、世界の再生を望む者では、門を抜けることはできないのです。鼠一匹分の希望すら許可されない。通ることができるのは、絶望を受け入れた者だけ」
『女教皇』は、自らの神殿を守るのに特化した能力『私はもう死にたくない』を持つ。
ただし、能動的な攻撃手段は一切持たない。
結界は防ぐだけ。
石像は反撃するだけ。
加えて、“柱と柱の間”に結界の空白を作らねばならず、さらに術者本人が結界の内側にいる必要があった。
しかし、それは逆に言えば、結界を抜ける方法がない限り術者は安全だということ。
ヨハンナはこの制約を、むしろメリットだと感じているほどだ。
「車輪は砕け、銃弾は届かず、炎は尽き、獣は倒れ――そして、巨人も敗れる」
石像を止めていた巨人は、背後から羽交い締めにされ投げ飛ばされる。
骨は砕け、メアリーは再び倒れる。
そうこうしている間に、三体目の石像の全身が顕現する。
もはやメアリーたちには打つ手が無いように思えた。
「諦めだけが、この世界の救い。抗うほどに傷口は広がるばかり。滅びに身を委ねなさい……そして永遠の眠りを――づっ」
そのとき、ヨハンナの表情がわずかに歪んだ。
彼女は首に手を当てると、その指で何かをつまむ。
そして肌から引き剥がして投げ捨てるとと――ブチッ、という音とともに、さらに強い痛みが走った。
「ぐぅっ、今の、痛みは……」
再び首に手を当てる。
指先を濡らす、ぬめりのある液体。
顔の前までもってくると――赤い。
「血……? どうして出血などッ!」
犯人を探して、床を見回す。
すると、彼女は手の甲に僅かなこそばゆさを感じた。
視線をそこに向ける。
虫がいた。
小指の爪より小さな、どこか石っぽい肌質の、血で濡れた虫が。
そいつは小さく「キィ」と鳴くと、牙を肌に突き立て破り、あっという間に体内に潜り込んだ。
「虫――『女帝』――キューシー・マジョラァァァァァムッ!」
破滅を望むヨハンナでも恐怖はあるのか、裏返った声で彼女は叫んだ。
そして必死で手をかきむしる。
「いつの間にっ――どこからっ! 巨人の守りを抜けたというのッ、こんなちっぽけな虫が! ちっぽけな虫だからなのぉッ!?」
ヨハンナは半ば錯乱状態で腕に爪を立てる。
その血走った目が、床にわずかに付着した血液を発見した。
位置からして彼女のものではない。
体内に入り込んだ蟲が残した形跡だ。
「蟲は、最初から血に汚れていた……そ、そうかっ、あの獣! 獣の中に蟲を! 入れ子式の罠をぉおッ!」
キューシー以外の攻撃は、全てが陽動。
彼女は探していたのだ、このちっぽけな虫がたった一匹、隙間を抜けることのできる道を。
それは仮説に基づいた作戦だった。
ただのアルカナにしては、あまりに強固すぎる防御。
絶対無敵の障壁に、『死神』ですら傷すら付けられない石像――そんなもの、『教皇』並の制約がなければおかしい。
だからこう考えた。
アルカナ使い本人は無防備なのではないか――と。
であれば、ただの人を殺すときと同程度の力を使えばいい。
たった一匹の“蟲”で十分だ。
「うっ、うああぁぁあっ、痛みが腕をっ、腕を上ってくるうぅぅ! いやあぁぁああっ! 来ないでっ、来ないでえぇぇええっ!」
小さな“こぶ”が僅かな痛みを伴って、手の甲から肘へ、肘から二の腕へ、肩へと移動していく。
必死でかきむしるヨハンナだが、その動きは素早く、ただただ傷が増え、血が流れるだけだった。
「死にたくない、死にたくないっ、どうせ死ぬのなら世界の滅びと一緒がいいぃぃ! この『女教皇』がッ、このようなっ、こんな、矮小な生き物の前に敗北するなどぉっ! おおぉおおっ!」
喉が枯れるほどの叫びも、ぼろぼろと流れる涙も無意味だ。
肩から首へ、首から顎のラインに沿ってこめかみまで移動し――
「あ、あ、あ……っ」
ゴリュッ、ゴリュッ、と頭蓋骨を何度か削る。
耳に近い位置のため、異様に鮮明にその音が、感触が感じられる。
やがて虫は骨を貫くと、ぐちゅっと脳をかじった。
最初は痛みなどなかった。
ただ、何となく頭の奥へ奥へと入っていく感触だけがあって、そのあまりのおぞましさに、ヨハンナは声を震わせ失禁する。
そして――
「か……神、よ。ああ――わたくしも、また、滅びに呑まれ、て。あ」
目がぐるんと上を向く。
口の端から泡を吹く。
手足が痙攣を始める。
座る姿勢すら維持できなくなり、床の臓物の上に横たわる。
「あ、あえ、おっ、お? おあ、あぎっ、ぎぎぎぃいい」
その後、ヨハンナは蟲に脳を食い尽くされるまで、意味のない声を垂れ流し続けた。
すでに『女教皇』の能力は消失している。
その時点で、人としてのヨハンナはすでに死んでいると言えるだろう。
◇◇◇
「こうも便利だと、少し愛着が湧いてきてしまったわね。まあ、気持ち悪いんだけど」
ヨハンナを仕留めたキューシーは、自らの指先に乗った蟲を見て微笑んだ。
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