表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/186

133 鼠一匹通れない

 



 一方その頃、石像になぎ倒されたメアリーは、砕けた骨の瓦礫に埋もれていた。


 瓦礫の中から、血に塗れたメアリーの腕だけが現れる。


 すると近くで必死に彼女を探していたアミが、その腕を掴んで引っ張り上げてくれた。




「アミ……ありがとうございます」


「お姉ちゃん、傷だらけ……ごめんね、役にたてなくて」


「そんなことありません。それに、この程度ならすぐに治ります」




 そう言って、アミを撫でるメアリー。


 確かに彼女の体は血まみれだ。


 手足の一部は潰れて曲がっている有様だったが、言葉通り、すぐにドレスもろとも再生していく。


 その再生速度は、能力を身に付けたばかりの頃より格段に速くなっていた。




「あれは直接やりあうべき相手ではありませんね。攻撃そのものが効いていません」


「力負けしたわけじゃないってこと?」


「私とアミの魔力を合わせたんです。ただのアルカナ使いが、それを止められるはずがありません」




 天使化させられ、強化されている可能性も考えた。


 だが二体目の石像の登場で、それは違うと判断する。


 オックスの前例からして、仮に天使になり魔力が向上していても、あの規格外の力を持った石像二体を操るのは不可能だ。


 つまり、あの石像は何らかの制約を受けて、最初から“攻撃が通用しない”という特性を持った状態で生み出されている、とメアリーは考えた。




「ここに留まると包囲されてしまいます。まずは他の人たちと合流しましょう!」


「うんっ、じゃあバイクで突っ切っちゃおうよ!」




 乗ってみたい――という願望もあったに違いない。


 メアリーは思わず微笑むと、骨でバイクの車体を作る。


 アミがいるのだから、車輪はもちろん彼女の仕事だ。


 天使たちはすでにメアリーたちを囲みつつあった。


 しかし二人の力を合わせれば――




「私とお姉ちゃんの愛の力、受けてみよーっ!」




 この程度の壁など、足止めにすらならない。


 はねた天使を粉々の肉片に変えながら、血まみれの大通りを駆け抜ける二人のバイク。


 束の間のツーリングに、アミはメアリーにぎゅっと抱きつく。


 キューシーの前に到着するまで――わずか数秒の出来事ではあったが、アミは至福の時間を過ごした。




「メアリー、戻ってきたのね!」


「ごめんなさい、動きを封じることすらできませんでした」


「いいのよ、一度目はお試しだったんだから」




 バイクを解体すると、アミは少し寂しそうな顔をした。


 しかしその視線はすぐ、門の前と、王都の中央に立つ石像に向けられる。




「あいつら動かないね」


「潰そうと思えば潰せるはず。でもそうしないのは――余裕をかましてる、ってわけでもなさそうね」


「反撃しかできない、完全に防衛に特化した能力。それが『女教皇』に課された制約ですか」


「わたくしが考えるに、まだあると思うのよね。たとえば――」




 天使の魔術が三人を狙う。


 彼女たちは同時に飛び、散開した。




「メアリー、もう一回さっきのお願いしてもいい? 相手は門の前の石像で!」


「さっきの――巨人ですか?」


「やってくれれば、あとはこっちでどうにかするわ!」


「わかりました、キューシーさんに賭けます」


「あっさり決めてくれますわね」


「信じてますから」




 迷いなく、ほほえみながらそう言い切るメアリー。


 キューシーの胸はふいに高鳴る。




「お姉ちゃんのあの顔、いいよねー。キューシーもきゅんとした?」




 いつの間にか近づいていたアミが、彼女にそう囁いた。


 キューシーはぼっと赤面し、慌てて反論する。




「無駄口をたたかない。あんたもメアリーが石像と戦ったら柱の間に集中砲火よ、いい?」


「照れ隠しだ」


「うっさい、返事は?」


「はーいっ」




 楽しそうに手を挙げるアミ。


 そのまま車輪を握ると、接近する氷を砕きながら投擲した。


 一方、メアリーは二人から少し距離を取ると、再び『死神』の能力を発動させる。




(このあとにはお父様との戦いが控えている。ですが――出し惜しみはしませんッ!)




 二度目の『虚葬鎧(ベリアルガイスト)』を行使するメアリー。


 王都に、再び骨の巨人が現れる。


 石像はなおも動かず。


 それが巨人に反応したのは、やはり取っ組み合いを始めてからだった。




「さっきよりは耐えてみせますッ! はあぁぁぁぁああっ!」




 後退する骨の巨人。


 さらに、後方から一体目の石像がこちらに向かって駆けてくる。


 ただでさえ勝てないのに、容赦のない挟み撃ち――“耐える”という後ろ向きな目標すら、達成できるか怪しいものだった。




「今よっ! フィリアスとカラリアも、城への攻撃をお願いッ!」




 叫ぶキューシー。




「攻撃? 攻撃でいいんだな!?」


「そう、何でもいいから叩き込むのよッ!」


「了解、銃身が焼けても撃ち続けてやる!」




 戸惑うカラリアだが、言われるがままに銃をロングバレルモードに変形させ、高威力の銃弾を放つ。




「ていっ! ていっ! てえぇぇぇぇえええいっ!」




 アミはがむしゃらに車輪を投げる。




「それがヘンリーを殺すことに繋がるのなら――炎の剣よ、焼き払いなさい!」




 遠距離攻撃の苦手なフィリアスは、攻撃を遮る敵を炎で薙ぎ払う。




「わたくしもッ、最大級の下僕でその門をぶちぬいてさしあげますわぁっ!」




 キューシーが三階建ての建物に手を当てると、動物へと変形を始める――




 ◇◇◇




「うふふふっ。無駄、無駄、無駄ですわぁ」




 城内にてその様子を見守るヨハンナは、肩を震わせ笑った。




「滅びへ向かう世界を止めることはできないように、滅びを望む神の使いである我々を止めることもできない」




 彼女は、自分の能力が突破される可能性など微塵も考えていない。


 ただただ、キューシーたちの“足掻き”を無駄な行動だと嗤うばかりだ。




「ほらみなさい」




 事実、彼女たちの攻撃はすべて、新たに現れた三体目の石像によって防がれていた。


 キューシーの自慢の獣も、拳で粉々に潰される。


 突破できたのは、飛び散った血液と僅かな肉片だけだ。




「どれほどの力を振り絞ろうとも、世界の再生を望む者では、門を抜けることはできないのです。鼠一匹分の希望すら許可されない。通ることができるのは、絶望を受け入れた者だけ」




 『女教皇(ハイプリーステス)』は、自らの神殿を守るのに特化した能力『私はもう死にたくないサンクチュアリ・オブ・サンタンジェロ』を持つ。


 ただし、能動的な攻撃手段は一切持たない。


 結界は防ぐだけ。


 石像は反撃するだけ。


 加えて、“柱と柱の間”に結界の空白を作らねばならず、さらに術者本人が結界の内側にいる必要があった。


 しかし、それは逆に言えば、結界を抜ける方法がない限り術者は安全だということ。


 ヨハンナはこの制約を、むしろメリットだと感じているほどだ。




「車輪は砕け、銃弾は届かず、炎は尽き、獣は倒れ――そして、巨人も敗れる」




 石像を止めていた巨人は、背後から羽交い締めにされ投げ飛ばされる。


 骨は砕け、メアリーは再び倒れる。


 そうこうしている間に、三体目の石像の全身が顕現する。


 もはやメアリーたちには打つ手が無いように思えた。




「諦めだけが、この世界の救い。抗うほどに傷口は広がるばかり。滅びに身を委ねなさい……そして永遠の眠りを――づっ」




 そのとき、ヨハンナの表情がわずかに歪んだ。


 彼女は首に手を当てると、その指で何かをつまむ。


 そして肌から引き剥がして投げ捨てるとと――ブチッ、という音とともに、さらに強い痛みが走った。




「ぐぅっ、今の、痛みは……」




 再び首に手を当てる。


 指先を濡らす、ぬめりのある液体。


 顔の前までもってくると――赤い。




「血……? どうして出血などッ!」




 犯人を探して、床を見回す。


 すると、彼女は手の甲に僅かなこそばゆさを感じた。


 視線をそこに向ける。


 虫がいた。


 小指の爪より小さな、どこか石っぽい肌質の、血で濡れた虫が。


 そいつは小さく「キィ」と鳴くと、牙を肌に突き立て破り、あっという間に体内に潜り込んだ。




「虫――『女帝(エンプレス)』――キューシー・マジョラァァァァァムッ!」




 破滅を望むヨハンナでも恐怖はあるのか、裏返った声で彼女は叫んだ。


 そして必死で手をかきむしる。




「いつの間にっ――どこからっ! 巨人の守りを抜けたというのッ、こんなちっぽけな虫が! ちっぽけな虫だからなのぉッ!?」




 ヨハンナは半ば錯乱状態で腕に爪を立てる。


 その血走った目が、床にわずかに付着した血液を発見した。


 位置からして彼女のものではない。


 体内に入り込んだ蟲が残した形跡だ。




「蟲は、最初から血に汚れていた……そ、そうかっ、あの獣! 獣の中に蟲を! 入れ子式の罠をぉおッ!」




 キューシー以外の攻撃は、全てが陽動。


 彼女は探していたのだ、このちっぽけな虫がたった一匹、隙間を抜けることのできる道を。


 それは仮説に基づいた作戦だった。


 ただのアルカナにしては、あまりに強固すぎる防御。


 絶対無敵の障壁に、『死神』ですら傷すら付けられない石像――そんなもの、『教皇(ハイエロファント)』並の制約がなければおかしい。


 だからこう考えた。


 アルカナ使い本人は無防備なのではないか――と。


 であれば、ただの人を殺すときと同程度の力を使えばいい。


 たった一匹の“蟲”で十分だ。




「うっ、うああぁぁあっ、痛みが腕をっ、腕を上ってくるうぅぅ! いやあぁぁああっ! 来ないでっ、来ないでえぇぇええっ!」




 小さな“こぶ”が僅かな痛みを伴って、手の甲から肘へ、肘から二の腕へ、肩へと移動していく。


 必死でかきむしるヨハンナだが、その動きは素早く、ただただ傷が増え、血が流れるだけだった。




「死にたくない、死にたくないっ、どうせ死ぬのなら世界の滅びと一緒がいいぃぃ! この『女教皇』がッ、このようなっ、こんな、矮小な生き物の前に敗北するなどぉっ! おおぉおおっ!」




 喉が枯れるほどの叫びも、ぼろぼろと流れる涙も無意味だ。


 肩から首へ、首から顎のラインに沿ってこめかみまで移動し――




「あ、あ、あ……っ」




 ゴリュッ、ゴリュッ、と頭蓋骨を何度か削る。


 耳に近い位置のため、異様に鮮明にその音が、感触が感じられる。


 やがて虫は骨を貫くと、ぐちゅっと脳をかじった。


 最初は痛みなどなかった。


 ただ、何となく頭の奥へ奥へと入っていく感触だけがあって、そのあまりのおぞましさに、ヨハンナは声を震わせ失禁する。


 そして――




「か……神、よ。ああ――わたくしも、また、滅びに呑まれ、て。あ」




 目がぐるんと上を向く。


 口の端から泡を吹く。


 手足が痙攣を始める。


 座る姿勢すら維持できなくなり、床の臓物の上に横たわる。




「あ、あえ、おっ、お? おあ、あぎっ、ぎぎぎぃいい」




 その後、ヨハンナは蟲に脳を食い尽くされるまで、意味のない声を垂れ流し続けた。


 すでに『女教皇』の能力は消失している。


 その時点で、人としてのヨハンナはすでに死んでいると言えるだろう。




 ◇◇◇




「こうも便利だと、少し愛着が湧いてきてしまったわね。まあ、気持ち悪いんだけど」




 ヨハンナを仕留めたキューシーは、自らの指先に乗った蟲を見て微笑んだ。




面白いと思っていただけたら、↓の☆マークから評価を入れていただけると嬉しいです。

ブックマーク登録も励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ