123 空想恋愛禁止令
オックスは錯乱状態にあった。
いや、メアリーに殺意を抱いた時点で、正気などとうに失っていたのかもしれないが――
「あああぁぁぁあああああああっ! 嘘だああァァァあっ! 嘘だ、嘘だ、嘘だっ、嘘だあぁっ! キスだと!? お前と!? お前のような汚らわしい女と、女神が――フランシス様がキスなどぉっ! キスなどするはずないだろうがあぁぁぁああああっ!」
これでもう何度目の絶叫か。
全身の筋肉が強化されているせいか、オックスの声はやたらと大きい。
「ファーストキスは……僕とだろう。そう、予約、予約してたんだよぉおおお! 誘おうと思ってッ、王都のレストランを! ずっと席を取り続けてたんだよぉ! 予約……予約ぅ……ああ……嘘だ……」
彼は一瞬で憔悴し、十歳ぐらい老け込む。
筋肉も少ししぼんだように見えた。
だが復活はすぐだった。
すぐに目を見開き、筋肉も張りを取り戻す。
「嘘……嘘、嘘? 嘘!? あ、そうだ。嘘だ! 嘘なんだよそれは! そうだ、そうに決まってる! だって姉妹じゃないか! 姉妹でキスして恥ずかしがるなんてさぁ、妄想にしても気持ち悪いんだよお前ェ!」
「あなたは――言っていいことと、悪い事の区別も付かないんですか?」
メアリーの声が少し低くなる。
悪口は結構。
だが、無かったことにされるのは許せない。
彼女は怒りを腹で煮えたぎらせながら、両腕と背中からガトリングを生成する。
そして一門あたり秒間五十発という大量の弾丸をオックスに浴びせた。
「ふははははははっ! はははははっ! あははははははっ! やはり嘘だ! そうじゃあないか! 嘘に決まってるじゃあないか! フランシス様が僕以外の人間に唇を捧げるなどとそのようなことがァッ!」
オックスは笑いながら剣を振りまわした。
それだけでおよそ半数の弾丸が撃ち落とされていく。
残り半分は、彼の筋肉に命中しつつも弾かれていた。
やはりこの頑丈さは異常だ。
(魔術評価が40000近くまで上がっている……)
どうやら彼の肉体に宿っているのは、『力』のアルカナだけではなさそうだ。
メアリーの苛立ちは膨らむ。
その気持ちの悪い口を一刻も早く塞ぐ方法は無いものか。
そこで彼女はふと思いつき、骨を使って弓を作り上げた。
黒い弦は死体の髪を束ねたものだ。
さらに骨の矢を作り、弦を限界まで引き絞って構える。
「ははっ、耳が痛い話だったんだな。『恋人』の能力で僕を錯乱させて、黙らせようとしているんだろう?」
オックスはメアリーの行動を先読みし、あえて両手を広げてそれを待ち受ける。
「いいぞ、来るがいい。今の僕はあの時とは違う。頭が冴えているんでね。たとえその矢を食らったとしても――」
話の途中で、メアリーは矢を放った。
ヒュボッ、という小さな音と共に放たれたそれは、最高速を維持したままオックスに命中する。
「ぐおぉっ!?」
そして鈍い音と共に、彼の胸部に直撃。
口から飛沫を飛ばしながら、胸を押さえて後ずさるオックス。
「普通の、矢じゃないか……!」
「誰が『恋人』の能力を使うと言いましたか」
「どこまでも不愉快なアァァ……!」
「殺し合いなんですから当たり前でしょう」
メアリーは弓矢を消すと、今度こそアルカナの能力を引き出す。
秘神武装――『教皇』。
取り込んだ『教皇』の能力は、元の制約がかなり厳しく、かつ術者の境遇にちなんだものだったせいか、そのままでメアリーに扱うことは不可能であった。
ゆえに『死神』が取り込んだ時点で、制約、効果ともに大幅にスケールダウンしている。
メアリーはその場で能力を発動。
効果が及ぶ範囲は半径三十メートル程度。
「なぜお前のような人間が、フランシス様の妹になるのかぁッ!」
オックスは剣を振り上げ、その刃で強く地面を叩いた。
足元が激しく揺れる。
同時に、大地がボコッと隆起した。
メアリーはとっさに後ろに飛ぶ。
すると、その頬をかすめるように、先端の尖った岩が地面から高速でせり出した。
「これは魔術――」
「否、剣術だ!」
直撃は避けた。
しかし近くを通り過ぎただけで、メアリーの顔の半分がごっそりと持っていかれる。
「づうぅ……この威力……!」
「『力』のアルカナは、最終的に力任せに暴れたほうが戦果が上がる」
それはフィリアスが指摘されていた欠点だ。
当人が気づいていないはずもなかった。
「だがしかァし! 僕は諦めなかった。フランシス様への愛を胸に、いつまでも鍛錬を続けた! 振るう力にふさわしいだけの技が身につくことを信じて! その結果生まれたのがこの剣術よ!」
そのとき、オックスの脚の一部が石化した。
しかし彼は、それに気づかずに言葉を続ける。
「この剣で地面を叩き、粒子を圧縮。超硬度の石柱と変え、超高速で相手に叩きつける。名付けてピラー・オブ・フランシスッ! 技と力とフランシス様への愛の融合ッ! 同レベルの魔術よりも遥かに高い威力を持つのも当然だろう!」
フランシスの要素があまりに無駄である。
ただそれだけで、せり出す石柱すらメアリーには汚らわしく思えた。
「おおぉぉぉおおおおおお――フランシス様のいる天国まで届けえぇぇぇええッ!」
オックスはメアリーに向かって突進する。
その勢いを剣に乗せて、彼女の手前で地面を叩く。
刃が大地を深く切り裂く。
風圧で地形が凹む。
メアリーは自らの真下から飛び出してきた岩を、後ろに宙返りしながら避けた。
「逃げるなァ! 避けるなァ! 僕の愛を認めろォ! 罪を償ええぇぇええッ!」
その後も、オックスはその攻撃を繰り返した。
巨体で前に飛び出し、剣で地面を叩く。
射程やタイミングも調整できるようで、見えづらい地中からの攻撃ということもあり、メアリーは防戦一方であった。
「ふははははははッ! 無様だなメアリー、逃げることしかできないとは! やはりあれは嘘だ! お前のような臆病者にフランシス様が唇など捧げるものかあぁぁああッ!」
「まずあなたのような暑苦しい人間は、お姉様のタイプではないと思います」
「黙れえぇぇぇっ! フランシス様を愚弄するんじゃなあぁあいいッ!」
性懲りもなく、地面を叩こうと剣を振り上げるオックス。
しかし――
「うおぉぉおおお――お?」
その動きがぴたりと止まる。
メアリーは彼の肩を見ながら、やれやれと左右に首を振った。
「今さら気づいたんですか。鈍いんですね、その体」
「僕の体に……石? こんなもの、剥がしてしまえばッ!」
空いた左手で、肩の石を掴むオックス。
彼がそのまま力ずくでそれを引き剥がすと、ブチィッと一緒に筋肉まで千切れた。
「ぐおぉぉおっ! ぬぅ……何だこれは、一体化している? いや、僕の体が石に変わっているのかッ!? メアリー、何をした! こんな能力『死神』には――」
オックスは、知っているはずだ。
彼がメアリーたちに差し向けたのだから。
「はっ、『教皇』かッ!?」
「狭い範囲ですし、定められる戒律は、条件付きのたった一つだけ。しかもそれを破ったところで、徐々に体が石に変わっていくだけ。ですが――」
メアリーはオックスの明確な弱点を、“戒律”に設定している。
「あなたは、お姉様の名前を呼ばずにはいられないでしょう?」
それは、フランシスの名を呼ぶこと。
この戒律を破るたびに、オックスの肉体の一部が石化していくのだ。
「僕が、フランシス様の名前を呼べないだと……?」
彼の表情に満ちる絶望。
「フランシス様の名前を呼ぶことが、戒律に反すると。罪だというのか……? そんなの、死に等しいじゃないかぁ!」
顔に爪を立て、血を流しながら、地面に膝をつく。
悲嘆に暮れるオックス。
「なら死ねばいいじゃないですか」
メアリーは心からそう思ったが、一向に自害してくれる様子はない。
むしろ、その悲しみをまたしても怒りに転化しようとする彼を前に、呆れた様子でため息をついた。
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