プロローグ
ある魔術師がいた。
それはそれは大層偉大な魔術師が。
彼の生まれ育ちは平凡だ。平凡すぎて語るところがないレベルの凡。
幼少期は親に愛され、狭い世界を駆け回った。
少年期は親に愛され、狭い世界で勉学に励まされた。ついでに魔術師というものに興味を抱いた。
青年期は親に愛され、狭い世界で魔術というものの存在に夢を抱き、持ち前の青さを存分に発揮して魔導学園へ入学しようとした。地味に受かった。
そして齢が16となった今。
彼は伝説になりかけていた。
かの魔術師が一つ!炎の魔術を発動させようものなら、指先がマッチ棒の様に燃え出すという謎の現象を起こし!
かの魔術師が二つ!雷と水の魔術を発動させようものなら、指先から放出される筈の雷は体を纏い、指先から放たれるウォータービームは、なぜかせき止められたように暴発して体を濡らした!ついでに感電した!
かの魔術師が三つ!その歩を進めようものなら、数分前まで進めていた研究のレポートの存在を忘却してしまい、レポートの提出期限が迫り出して漸く思い出す、など。
数々の伝説を残してきた、それはそれは偉大な偉大な魔術師なのだ。
そんな彼の評価は、実の所地の底。
なぜか、彼の扱う得体の知れない恐ろしい魔術は、魔導学園の教師達にとっては評価される物では無かったらしいのだ。
そんなこんなで数ヶ月が経ち、魔導学園高等部の一つの区切り、高等部一年の終わりが訪れた翌日。彼は奮起した。
「このままでは僕は……僕の憧れた伝説の魔術師のように一生なれない!」
そんな漠然とした予感が彼を動かしたのだろうか。
高等部一年の終わりと共についてくる長期休暇。多くの人は寮生活故になかなか帰れない家に帰るところ、彼は。彼は……旅に出た。
奮起した彼の行動は早かった。
寮を出る時に纏めた荷物に野宿セットやら非常食もろもろを追加して旅支度。その旅料品の荷物が一つ増えたせいで、彼の負担はなかなかな物になってしまったが、むしろ燃えた彼にとってこの負担は気持ち良い物だったようだ。彼にはMの素質があるかもしれない。
そして次に彼が行ったのは、魔導学園に行くまで彼を育ててくれた村の皆んなへの手紙を書くことだった。いつもこの時期になると彼は帰省していたので、今回は帰れない事を伝えなければならなかった。
「今回の休暇は家に帰れません。僕は夢を追いかけてきます。また次の休暇で帰ることにします。その時は、きっと立派になっている僕を褒め(乱雑に消した後)……とにかく立派になって帰るので、期待して待ってて下さい。心配ご無用!」
こんな感じ。
そしてあらかた旅の準備をし終え、彼は旅に出た。
旅の終着点はただ一つ。
『アーティファクト』と呼ばれる物の発見及び入手だ。
この『アーティファクト』という物は全てが謎に包まれた、言うなれば魔術師界の神秘なのだ。どこで、誰が、どうやって、何が起こって産まれたのか。その一切が解明されていない人類史上最大の謎。
ある魔術師は、飲めば不老不死となれる『アーティファクト』を入手し、自国の王に捧げたところ、大層気に入られその国の宮廷魔導師に据えられたとか。そして隣国の愚かな王がこの話を聞きつけ、最精鋭のアサシンを差し向け王を暗殺後、盗むよう手を回したりいざこざが起き、最終的に『アーティファクト』を巡って戦争が起きてしまった……なんて。
『アーティファクト』が持つ破滅的な魅力が、二つの国を滅ぼしたという話だ。
これは、一つの御伽噺だ。そもそも、一切が謎に包まれた魔術師の神秘『アーティファクト』の効果が最初から判明してるのも変だし、多分作り話なのだろうと彼は思っていた。だが、『アーティファクト』自体は霞ではない。この世界中のどこに行っても『アーティファクト』の伝説や、過去に発見したり入手した事例はある。その事実は、『アーティファクト』がこの世界に実在する事を証明していた。
この『アーティファクト』を手に入れれば、彼の今の地位はひっくり返り天へ轟くだろう。
そして、彼はそんな『アーティファクト』に惹かれて旅を始め、凡そ三週間経った。
「はぁ〜…コレでハズレの数が20を超えたな……」
このセリフからお分かりの通り、『アーティファクト』は見つかっていなかった。
色んな地を踏み、色んな冒険をして宝の地図等を手に入れ、宝の印を辿り宝にありつけたり、謎の古い遺跡らしき場所を見つけたりして、思ったより冒険して来た彼だったが、肝心の『アーティファクト』は見つからずじまい。
旅を始める前とは見違える程に逞しくなった彼は、軽く溜め息を吐いた。
(そうだよね……この程度の冒険で見つかるくらいなら伝説になんかなってないよね。はぁ)
彼の内心はもう諦めの境地に来ていた。
それはそうだ。彼は幼年期も少年期も、狭い《村》という世界で完結した生活を送っていた。それがどうだ?青年期になり勢いのままに魔導学園に入った。それだけでも彼にとっては大冒険だったというのに、本物の旅をして本物の冒険をしたのだ。もはや満足感すら生まれていた。
(うん。諦めよう…『アーティファクト』は。僕の目標は、あの憧れた伝説の魔術師のようになる事だ。魔術一つで海を割ったり、雷を雨のように降らすことができるようなあの……そのために『アーティファクト』は必須じゃない)
(でも……でも。これで良いのかな……ここで諦めて僕は……この先一度も諦めず伝説の魔術師を目指せるのか……?ここで……こんなところで……!)
そうして彼が諦めの悪さを起点に決意を固めようとした所で突如、叫び声が聞こえてきた。
「う、うわぁぁぁあ!!!」
「(……っ!?悲鳴だ!助けなきゃ!)だ、誰かいるんですかー!!?返事を下さい!」
声の主は男性らしい。どうやらあまり近くなくそれなりに離れた位置にいるようだ。
彼は焦った。
こ、声はどっちの方から聞こえる!?お、落ち着け、落ち着くんだ。落ち着いて……耳を澄まそう!
声は……声は……
「お、おーい!!!!??どっかに人いるのか!!頼む助けてくれ!!」
こっちだ!
見てくれてありがとうございます!