0話 目覚め
私がこの世界で一番驚いたことは、魔法が実在したことだ。
友達から話は聞いたことがあった。ゲームや漫画など創作物において、多く出て来る設定であると。
私はあまり興味はなかった。ないものはいくら望んでも手にする事が出来ないのだから。
でも、今それが目の前にある。そうまるで夢のような。
○
私は死んだ。
それはまだ眠気が残る朝。学校への登校時のこと。
十字路になっている交差点で、信号が青になるのを待っていた。この待つ時間が暇で、友達から来たLENEを返していた。
いつものように周りの人達がざわめく声聞こえるが、今日は少し様子がおかしい。
LENEに夢中になっている私は、そんな様子を見ることもなくスマホに目を落としていた。
近くから聞こえる重音とクラクションの音。そこで私は顔を上げた。
何が起きてるのかわからなかった。
何故目の前からトラックがやってきているのだろうか。私は歩道を歩いていたはずだ。
思考が定まらない。周りが遅く感じる。これが走馬灯というやつなのだろう。
今から起きることに対して、何かに後悔などする間も無く、私の人生という物語はここで一旦幕を閉じた。
………
………
………
声が聞こえた。今にも消えてしまいそうな小さな声。でも、どこか安心するような声だった。まだ終わってないと、そう聞こえた気がする。
閉じていた瞼の上から光が差し込むような感覚に襲われ、私の意識は元の世界に戻っていく。
○
「エリザベルお嬢様、起きてください。学校に行く時間ですよ」
「えぇ……もう朝?」
ここから盛大な異世界転生の物語が始まるというのに、良いところで目を覚まされた。いや、むしろ夢であってほしいと昔の私は思っただろう。
「本日は入学式ですよ。いきなり寝坊なんてされたら、学院の笑いものですよ」
彼女の名はマリベル・アバルカ。私専属のメイドだ。
面倒見が良くお淑やかでかなり美人。彼女には伝えてないが、私はお姉さんのように慕っている。
「別に良いよ、みんなが笑ってくれれば。私一人が犠牲になるだけで、みんなが幸せになるんだよ。最高じゃないか」
「何を馬鹿な事を言っているんですか。はぁ……本当に困った主人ですね」
ため息をつきながら、わざとらしく頭を抱える。
彼女をこうやって困らせるのも今に始まった事ではない。こうゆう行事になると毎回サボろうとするのだ。
「だって今回も生徒代表として、みんなの前に立たないといけないんだよ。流石に何言って良いかわかんなくなってきたし、考えるの大変なんだよ」
「良いんじゃないですか、適当で。いつも今年も春が〜みたいな枕詞で始めてるじゃないですか。そして最後は、体調には気をつけましょうで締めてるじゃないですか。何を今更」
うっ、それを言われたら何も言い返せない。仕方ないではないか。私の中での定型文がそれしかないのだ。
前世でも、生徒会長や生徒代表が発する始めの言葉なんて、これ以外聞いた事がないのだから。
一度でもいいから、私以外の人がやってほしいものだ。
「と、とにかくマリベルも一緒に考えてよね。そうしたら行ってあげる。今年はこそいつもと違う始め方でやるの」
「なんで、毎度毎度こんなギリギリで言うんですか。春休みの中に考えればいいと言うのに」
「休みの日に学校のことなんて考えたくないよ」
春休み以外に勉強のない長期休みなんてないのだから、長い時間友達と一緒に遊びたいし、趣味に没頭したいよ。
あーあ、今の記憶を持って、春休みの最初に戻りたい。
「いつも通りの言葉でいいので、布団から出てくださいよっと!今日を乗り切れば、明日は普通の生活になるので」
無理やり布団を引き剥がされ、まだ寒さが残る春の世界に放り出される。
面倒だと思いつつパジャマを脱ぎ、制服に着替える。
「あ、言い忘れてましたけど、本日は国王様との面会がございます」
「え!何で!」
「どうやらお嬢様の御姿を久々にご覧になりたいようです」
「私そんなに国王様と面識ないんだけど」
幼少期に一度会った事があるような気がするけど、何かに気を取られてあまり記憶にない。しかも、何に気を取られていたのかも覚えていない。
覚えてないって事は、大した記憶でない事なのだろう。
「ご存知の通り、父上様と国王様は学生時代、御友人であり今も交流を続けているのですが、お嬢様が高等部に進級すると聞いて、久しぶり顔を見たいと申し出たようです」
入学式を終えれば楽になると思っていた私の気持ちを返してほしい。
国王なんてそうそうあえる存在では無いのに、どうして私個人の為に会おうとするのか不思議でならない。
「わかったよ。国王がそう言ったら、私には拒否権なんてないからね」
不服だが、もしここで断ろうものならどんな目に合うか。国王の命令に背いたと死刑になるかもしれないし、父にも迷惑がかかるだろう。
まあ良いか。どうせ大したようでもないだろうから、すぐに家に帰って来られるだろう。
まず始めにやることは……入学式だな。
はぁとため息をつき、学校に向かった。