第三章 それぞれの道
イシューの屋敷での集会が頻繁に行われ、それが月の谷に住む者の耳目を集めるようになっていた。既に月の谷の民は内容は知らずとも、この地に何かが起こっていることは感じ始めていた。
今日も夕食までの日課が終わると、夜の座学もそこそこにイシューの屋敷にいつもの若い顔ぶれが集まっていた。
「帝国内はかなり乱れているらしいな。」
「それどころか、既に戦が起きているらしい。」
「何処と何処が帝国から離脱したんだ。」
「解らない。しかし属州の一つや二つじゃあないらしい。」
「ハバレッタでは住民が反乱を起こしているらしい。」
誰彼とも無く持ち寄った噂を披露しあっている。
その中でディアスだけは窓辺でじっと腕組みをしたまま外を見つめていた。
「どうしたんだいディアス・・・」
それに気付いたカミュが声をかけた。
「ン・・アァ・・何でもない。」
そこへこの家の主であるイシューが、王宮から帰ってきた。
「どうだった、イシュー・・・」
ディアスを除く者達が、どっとそれを取り囲んだ。
「解らん、まだダルタンとマーランが集まった情報を纏めている最中だ。
情報の整理がつき次第、我々に声が掛かる。それまで待て。」
待つ身にとって、時が経つのが遅く感じられる。
「ピクスだけか・・・」
城の外へ飛んで行く金色の鱗粉を目で追いながら、ディアスが独り呟いた。
「皆、王の間へ。」
重い静寂を破りローコッドが扉を開け皆に声をかけた。
王の間ではテーブルの上に地図が拡げられ、それをブリアント王、マーランそれにダルタンが覗き込んでいた。
ドリストは、いつものようにそれを遠くから眺めている。
「此方に寄るが良い。」
ブリアントに促され、皆が地図を取り囲んだ。
「それでは、現在集まっている情報を説明しようか。」
ダルタンが口を切った。
「王が集めた情報、ピクスの情報。二つ合わせても断片的な情報にはなるが、この大陸の大方の姿は掴めるだろう。」
「まず、カルドキア帝国。ここは大荒れに荒れているようだ。
帝国の傘下に残ったもの、サルミット山脈の北ではサルジニアのみと言って良だろう。
ダミオスは住民が反乱を起こし、総督を殺し執政官を追放した。
ロンバルギア平原の南東に位置する国と州は明らかに帝国に敵対を示して居る。
総督の首を送りつけられたケムリニュスは動静は不明なれど、いずれ、帝国に弓引くと思われる。」
「それに対しユングは・・・」
「ユングは帝国の支配から離脱した国・州に兵を送り、既に戦闘が始まっているところもあるようだ。」
「勝敗は・・・」
「ダミオスは既に平定されたと聞く。
しかし、残るところの動きはまだ解らん。」
「サルミット山脈の南は・・・」
「帝国の支配力が弱まるといつものことだが、ハバレッタでは一部の住民が反乱を起こして居るらしい。」
「他には・・・」
「ザルタニアの動きは掴んでいない。
モアドスは帝国と決別、サルミット山脈を越えようとしている。
それよりも不気味なのがロマーヌネグロンだ。総督グラミオスを王として立て、ロンダニア侯国と手を結ぼうとしている。そうなるとモアドスの圧力が北を向いている今、中原に戦いの火の手が上がる可能性がある。」
「で、実際はどうなのですか。カルドキア帝国内の戦の状況。
中原の動き、例えば、中原で最も勢力を持っているレジュアス王国は。
それに、ストランドス侯国、この国の動きも気になる。この動乱に乗じ、北に動くのか、南か、それとも東に動くのか。」
突然、ディアスがそう口を開いた。
「それは解らん。何しろピクスと、王のレンジャー・・・
余りにも情報が少なすぎる。」
「確かに、限られた断片的な情報だけでは・・・先は読めないか・・・皇帝ユングの能力も・・・」