第五章 戦渦(8)
その頃、フィルリアの陣でも議論が白熱していた
「失敗だったな、ディアス。」
ハーディの言葉に、ディアスが返す。
「はい・・・それに、点は線に抗し得ない事も解りました。」
「何のことだ・・・私が言っているのは今日の戦のことだ。
その方の策では私の突撃で乱れた第三陣を破り敵の喉頚へ迫る。その後を追って歩兵隊が包囲殲滅を行うという事であったが・・・。
ところがどうだ、敵を屠るどころかミランダ様さえ危ないところだった。
やはり、突撃、突撃だけでは隙が出来る。ましてや、敵を倒すにはいたらぬ。
明日は陣形を整え、堂々と打って出る。
古から陣は方形と決まって居る。それを破れば、今日のような結果となることは知れていよう。」
「解りました。
ところで、今日の丘の上の敵将、なかなかのものと思われますが、名はなんと・・・。」
「あの漆黒の旗は・・確かラルゴ将軍。
ロンダニアどころか、この中原に名が知れて居る。」
二人の議論を収めるように横からギルサスが口を挟んだ。
「ところで、明日の先鋒は・・・」
「私が承ります。」
そう言うミランダの声に即座にハーディが応えた。
作戦会議の帰り道。
「点は線に抗せずとは・・・」
突然イシューがディアスに尋ねた。
「うん・・・今日の戦い、それを見れば解ると思うが、百人隊の方形陣はあくまで点。
その合間を縫うように線による突撃が功を奏した。
点では線を止められない。」
「それでは、線の突撃を行う敵将ラルゴを止められないと・・」
「イシュー、陣に戻ってもう一度作戦を練ろう。
皆を集めてくれないか。」
「解った。」
ディアスの意を含んだイシューはその場から駆けだした。
ストラゴス、ローコッド、ティルト、フェイ、そしてイシューを前にディアスが語り出した。
「明日の戦い・・ふたつの状況が考えられる。
明日の敵の先鋒は、まずラルゴ。そう、西の丘の上からミランダ様の本陣を狙ったあの将軍だ。」
「なぜ、そう言いきれるのだ。」
ディアスの言葉にストラゴスが割り込む。
「さっきも言ったが敵の状況は二つ考えられる。
一つはロンダニア侯が聡明な場合。
そしてもう一つはスクルフが暗愚な場合。
どちらの場合も敵の先鋒にラルゴが指命される。」
「だから、なぜなのだ。」
「聡明であれば、今日の戦で唯独り勝ちを収めたのはラルゴ将軍に他ならない。と言うことに気付くはず。」
「だからラルゴ将軍が先鋒に・・と言う訳か。」
ティルトに続いてイシューが質問を発する。 「スクルフが暗愚な場合は・・・」
「今日の戦いで一、三陣を掻き乱され、スクルフはラルゴに本陣への引き揚げを命令したはず。
にもかかわらず、ラルゴは俺とイシューが二陣に突入するのを待ち、ファルスの本陣に突撃を開始した。そして、後一歩と言うところで敵の二陣から引き上げた俺の軍を見、またイシューとハーディ殿の反転を察し、一気に引き返した。
しかし、後ろを見せた我々を追った敵の一、二、三陣の兵は、ストラゴス様の重装歩兵に阻まれ功を為すことが出来なかった。
敵将の中にはラルゴの功を嫉み、スクルフに懺する者もいたはず。スクルフが聡明であればそれを無視しようが、少しでも疑いの色を見せればそれは全軍に拡がる。
すれば、ラルゴを裏切り者と見なし、先頭を駆けさせ見殺しにする可能性が強い。
つまり、明日の敵の先鋒はラルゴ将軍と見て差し支えないと思う。」
「とすると、さっき君が言った“点は線に抗し得ない。”と言うことになるが、明日の布陣はどうする。」
イシューの言葉に一同がざわめく。
それを代表する用にティルトがディアスに尋ねた。
「点は線に抗し得ないとはどういう事だ。」
「さっき、イシューにも話したんだが、方形陣はあくまでも点。俺も何度か使ってきた手だが突撃の布陣はこうなる。」
ディアスは地面に点を幾つも書き、それを一本の線でなぞった。
「解るだろう。
線が通った後には点は残っていない。
少々大きな点であっても、それは分断されちりぢりになってしまう。そしてもう一つ・・」
ディアスは再び地面に点を書き、その隙間に線を書き入れた。
「これが今までの俺の作戦だ。
そして今日見たとおりラルゴの作戦でもある。」
「それでは・・・」
「そう、明日の先陣はハーディ将軍。
彼は方形陣を敷くと思われる。」
「今からでも伝えに行かないと・・・」
ティルトがその場を立とうとするのをイシューが押し止める。
「無駄だよ。
ハーディ将軍は、方形陣を敷くことを皆の前で宣言し、既にその準備に取りかかっている。
今更、変更はあり得ない。」
「じゃあどうするんだ。」
皆の目がディアスに集まる。
「線には線。」
ディアスは地面に何本も横線を引き、それに縦線を一本書き入れた。それは何本かの横線を切り裂き、幾つ目かの横線の前で止まっていた。
「明日の布陣と作戦はこう・・・今晩中に陣形を整える。」