第五章 戦禍(7)
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ディアス達はオルランド山の山塞の戦勝に酔うこともなく、ファルスの奪還へと向け軍を進めた。
前衛にハーディ、後詰めにギルサスが女王ミランダを守り、ディアスの部隊は二陣に着いた。
オルランド山を出る頃には、ストラゴスの怪我もほぼ快癒し、八人の屈強な男に担がれた輿に乗りディアスの軍にあった。
これを含めディアスの陣にはエルフの一隊を率いるイシュー、重装歩兵を指揮するストラゴス、軽装歩兵を伴ったローコッド、弓隊の長としてのティルト、フェイと人が揃っていた。
その中央に蒼き炎の旗を打ち立てたディアスの騎馬隊が粛然とファルスを目指した。
遠目にファルスを見る。エルフの眼にはその前に陣取る一軍までもがつぶさ見える。
ミランダの本陣にハーディ、ディアス、イシューが集まり策を練り、ディアスの案が採用された。
翌朝、前衛を務めるハーディの騎馬隊が両脇に分かれ遠く戦場を離れた。
ティルトの率いる弓隊が遠矢を撃つ。敵の前衛がばたばたと倒れる。そこへ陣営から放たれた矢のようにディアスとイシューの騎馬隊が突っ込む。
敵の陣営が乱れ起つ。それと時を同じくし、遠くに回り込んだハーディの隊が敵の三陣へ殴り込み、敵陣の指揮系統が乱れる。
その間隙をついて重装歩兵隊が突撃を開始する。
その時既にディアスとイシューの騎馬隊は敵の一陣を切り裂き、二陣へと迫っていた。
その先頭を駆けるのは、蒼い勇者の鎧に身を包んだディアスと、名馬・飛電の上から宝剣ガルバリオンをふるうイシュー。
そのあまりの早さに後ろに取り残された敵兵をストラゴスの重装歩兵が討ち減らして行く。そして更に残された者へはローコッドの軽装歩兵が・・・。
「ラルゴは何をして居る。」
ロンダニアの本陣にスクルフの怒号が飛んだ。
今、一陣を破られ、二陣に向け敵が突撃を開始しようとしている。その上、三陣は敵の騎馬隊による蹂躙を受け、陣形を乱したまま立ち直る兆しもない。その戦場をよそに遊軍として西の丘に置かれたロンダニア一の猛将ラルゴは持ち場を動こうともせず、唯、戦場を傍観している。
「ラルゴに伝令を・・すぐに本陣へ戻り、守りを固めよと・・・」
しかし、ロンダニア侯スクルフの命を受けてもフィルリアの本陣を遠くに見下ろすラルゴの軍はそこを動こうとはしなかった。
「イシュー、あれが見えるか。」
「ああ。」
ディアスが西の丘を指さし、イシューに問いかける。
「気になる。」
「確かに。」
それぞれの隊の集合を待ち、敵の第二陣の前で馬を乗り回しながら、二人の会話が続く。
「引き返すか。」
「いや、ここで引き返すと戦前の策戦通りに動いているハーディ殿が、敵陣中で孤立する。」
「では・・・」
「イシュー・・ハーディ殿の所へ作戦の変更を伝えに行ってくれるか。」
「君は・・・」
「敵の二陣に突入するまでは一緒に行く。そこから反転し本陣へ向かう。
後は敵将が早いか、俺が先か、競争だ。」
「それでは危険過ぎはしないか、本陣が・・・」
「なあに、手は打つさ。」
勢揃いしたディアスとイシューの隊の中から、ディアスの命を受けた只一騎の騎馬兵が南へと駆けた。
それを合図のように、ディアスの声が戦場に響いた。
「突撃。」
ディアスとイシューの隊は、敵の二陣へ向け進軍を開始する。
その二軍の最後尾が味方の第二陣に没するのを待ち、丘の上の将軍の手がミランダを擁する本陣を指し示した。
それより早く、ディアスの元から南へ奔った騎士がストラゴスに、ローコッドに、そしてティルトにディアスの意志を伝え、更にミランダの本陣にいるギルサスの元まで走った。
黒い皮鎧の軍が丘を駆け下る。
最初はゆっくりと、そして徐々に速度を増し、一気にミランダを守るギルサスの陣を目指す。
北へ向け陣形を整えていたギルサスの方形陣が百人隊毎にゆっくりと陣形を変える。その後ろに僅か三つの百人隊に守られたミランダの陣が、裸同然の形で晒される。
「遠矢を打て。
当たる当たらないは構うな。
とにかく敵を牽制するのだ。」
大声を張り上げながら指揮するティルトの弓隊がその間隙を徐々に埋めて行き、その後ろからはローコッドの軽装歩兵隊が続く。そして、ストラゴスは重装歩兵を指揮し、長槍を並べ北へ向け戦陣を敷いた。
ロンダニアの第二陣に没したディアスの騎馬隊が敵兵に囲まれながらも向きを南へ変える。そして一気に二陣を突破し南へ駆け戻る。
それを後ろに見ながらイシューの騎馬隊はなおも先へ進む。
その眼に、ハーディの紅に白く日月を染め抜いた旗が見える。
「ハーディ将軍、引き揚げです。状況が変わりました。」
「引き揚げだと・・・それは誰の命だ。」
「ディアスです。」
「ディアスか・・・」
「本陣が・・ミランダ様が危ないのです。」
「ミランダ様が・・・解った。
イシュー、道を開け。」
「畏まりました。」
イシューの隊はその場で反転すると、敵でごった返した中へ再び討ち入った。
一方、南へと向かったディアスの目には、ギルサスの本陣の混乱が遠く眺められた。
たぶん敵は一団となり方形陣の隙間を縫いミランダの陣に向け突進しているはず。指示通りティルトとローコッドの隊が陣形を気にせずその隙間を埋めてくれていれば良いが・・・
それにしても、騎馬隊と軽装歩兵・・・
自分は間に合うのか・・・。
「急げ。」
ディアスは自分に言い聞かせるように隊を叱咤し、馬に鞭をくれた。
もう少しで、敵の最後尾を突ける。そう思った時だった。敵の陣頭で黒い旗が打ち振られた。
それを機に潮が引くように敵が反転、西の丘に向け引き揚げを開始した。
(やられた・・・)
内心、ディアスは思った。
今日の会戦だけで敵を屠り、後は追撃線を展開し、一気にファルスの奪回をもくろんだディアスの戦略が敗れ去った。
その夜。
ロンダニアの本陣に主だった将が集った。最後に遅れてその席に現れたラルゴに、そこに居並ぶ将達の眼が一斉に集まった。
「その方、明日は先陣を駆けよ。」
その視線を体現するような冷たい声でスクルフが言った。
「光栄に御座います。」
そう一言残すと、ラルゴは席を立った。




