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ロンギオスの炎-Ⅱ 中原燃ゆ  作者: たかさん
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第四章 蒼き炎の旗

 「雪か・・・」

 肩に舞う白いものをクラントールは払い落とした。

 サルミット山脈からの撤退をクラントールは考えた。

 この三月(みつき)、モアドスとの国境の出入りを繰り返し、北進のモアドス軍をさんざん悩ませた。それにこの雪が終わりを宣する。

 雪中の山越えは死を意味する。それを察したユングから、総引き揚げの命令が届いていた。

 「クラントール卿、ここでしたか。」

 「マルキウス殿。貴方もここへ・・・」

 「兵力に劣る我々にとって厳しい戦いでした。

 しかし、モアドスの兵を我々が引き受けることで中原の戦いが動いた。

 それで良しとしましょうか。」

「苦しかった戦いも今日まで、後は雪が国境を閉ざしてくれる・・・。

 さて、ログヌスへ帰りましょうか。」

 「我々だけでなく、スピオ殿へも引き揚げの命令が出ているとのこと。

 いよいよユング様はこの山の北を全て手中に収めるお考えのようですな。」


 この三ヶ月間、クラントールとマルキウスはそれぞれ兵を率い、大いにモアドス軍を悩ませた。

 両軍併せても一万足らず。その兵力で、三万にも及ぶモアドス軍をサルミット山脈の線に釘付けにした。その結果がロマーヌネグロン、ザルタニア、そしてロンダニア侯国の中原での動きを誘った。それはユングの戦略を具現化するものだった。 

 そして雪。後はサルミット山脈の厳しい自然がモアドスの北進を抑えてくれる。

 クラントールはサルジニアの総督の任を解かれ、今後は兵を率いる将としての仕事がログヌスで待ち受けている。

 「さて、次にここへ来る時には、どの様な軍様で来ますかな。」

 「ユング様の下、大軍勢で・・・となりましょう。

 それでは・・・そろそろ・・・」

 二人はサルミット山脈の陣営を後にした。


×  ×  ×  ×


それより前、まだ夏の盛りの頃、ロマーヌネグロンの新王を名乗ったグラミオスはロマーヌロンドで兵を起こし、ローヌ川の北岸に陣を張った。

 それに呼応するようにロンダニアの軍もまた国都を発ち、南を目指した。

 ロンダニアの動きを確認したグラミオスは兵に川を渡らせ、一気にドロニスとの国境を越えた。

 平和に慣れ、危機感の欠如が甚だしかったドロニスは国境の守りを破られ、至るところで敗戦を重ね、首都ベロアまで瞬く間に退いた。

 「将軍、城壁は支え切れません。」

 「弱音を吐くな。」

 「しかし・・・」

 ドロニスの将、ストラゴスは折れそうになる兵の士気を鼓舞するため、今日も弓兵を配した城壁を視察していた。

 そこへ、

 「将軍、ロンダニアが・・・」

 恐れていたロンダニアの軍までもが間近に迫った事を告げる兵士が、ストラゴスの足下に跪いた。

 「フィルリアへ送った使者は、未だ帰らぬか。」

 「はっ、未だ・・・」

 別の者が答える。

 「辰巳の門へ兵を集めよ。」

 ストラゴスは声と共に自身も北東の門を目指した。

 城内はロンダルニアの参戦を知り、(かなえ)の湧いたような騒ぎだった。ストラゴスはその中を突っ切り辰巳の門へと急いだ。

 しかし、辰巳の門へ着いた時には、

 「守り切れない。」

 兵の悲鳴にも似た叫びと共に門扉は破られていた。

 「退くな。」

 ストラゴスは声をからし兵の間を駆け巡った。

 そこへロンダルニア兵の投げた一本の短槍が兵を鼓舞するストラゴスの腿を貫いた。

 崩れ落ちたストラゴスの体を狙って、ロンダルニア兵が戦斧を振り下ろす。

 辛うじてそれを剣で受ける。

 他の敵兵が槍を突き出す。

 その穂先に左肩を貫かれ、意識が遠のく。

 「馬に乗せろ。」

 遠くで人の声がする。

「ディアス、先に行け。」

 「ローコッド、貴方は・・・」

 ここを片づける。

 魔道師が呪文を唱え、腕を振りかざす。 炎の壁が城門を閉ざす。

 「ディアス、早く。」

 ティルトの声がディアスを急き立てる。

 東の門を目指し、馬を急がせる。 

血に飢えた狼のように群がろうとする敵兵を切り伏せ東の門を出、追い立てられるようにオービタス山地の南を目指す。

 三日、馬を走らせ、ロマーヌネグロンとロンダニアの勢力下から抜け出した。

 その間、フェイはストラゴスの手当を続けた。

 ストラゴスは意識は戻らないものの、どうにか出血は止まった。

 が、左肩の状態が思わしくなかった。

 傷口が紫色に変色し、化膿の度合いを深めてゆく。

 フェイが首を横に振る。

 「命を救うには、左腕を切り落とすしか・・・」

 ディアスが真っ赤に焼けた剣を振り下ろす。

 辺りに血が飛び散る。

 しかし、焼けた刀身のおかげでその出血は少量で済んだ。


 オービタス山地に宿営を張ること三日、ドロニスの残兵が集まってくるのを期待する。

 しかし、その人数は限られていた。

 そんな中、ストラゴスの意識が戻った。

ストラゴスは左肩に目を遣った。

 「切ったか・・・」

 ディアスが肯いた。

「ここは・・・」

 「オービタス山地の南の果て。」

 「東の門から出たか・・・

 そちはなぜ、東の門が手薄だと思った。」

 「ロマーヌネグロンの軍は国境を破った勢いで北西の門を攻めておりました。

 また、ロンダニアの軍は北東の門に主力を注いでいました。

 私は、敵が一番恐れることを考えました。

 それは、ドロニスの兵が南西の門を出、レジュアスに落ち延びることではなかろうかと・・・

 さすれば、手薄になるのは東の門。と、考えました。」

 「なるほど・・・

 そなた、名は・・・」

 「ディアスと申します。」

 「生まれは・・・」

 「モングレトロスです。」

 「モングレトロス・・・・

 その名を語る者に、やっと会えた。

 私の先祖が、そして私が待ち望んだ者が・・やっと現れたのかも知れない。

 聞いてくれるか、儂の話を・・・」

 「はいっ。」

 「儂の名はストラゴス。」

 「ストラゴス・・・」

 ディアスは怪訝そうな顔をした。

 「そう・・ストラゴス。

 この名が示すとおり、儂はストランドス侯の遠縁の者だ。初代のストランドス侯は儂の祖先の兄に当たる。

 ところで、アリアスの戦いは知っていよう。アリアスの軍は死の谷に於いて全滅した。だが、そこから唯独り、アリアスの遺品を抱えた男が、儂の祖先の国ストランドス侯国に落ち延びてきたそうだ。

 儂の祖先は、アリアスの呼びかけに応じなかったストランドス侯と袂を分かち、その男を助けルミアスへの旅へと出た。

 その男は若いエルフだった。

 東へ向かう二人ではあったが、ロマーヌロンドで帝国の兵に囲まれ、二人は行き場に窮した。

 その男は儂の祖先にアリアスの遺品の一つを託し、何処ともなく落ちていった。

 その時、約したことがある。

 もし生き残ることがあればモングレトロスの者に遺品を渡すと・・・

 儂の祖先は苦難の末、モングレトロスに着いた。しかしそこに残った者達は老人と女子供ばかり。

 その者達にアリアスの遺品を渡すことは、その者達にとってもあまりに負担が大き過ぎた。

 失意の中、儂の祖先はモングレトロスの北へ帰った。

 月日が経ち、年月が過ぎた。

 儂等の一族はその遺品を持ち、旅を続けた。 が、時はエルフの男との約束を忘れさせ、儂の先祖は何時しかドロニスの将となっていた。

 ある日のこと、儂は古い倉の中で一枚の紙切れを見つけた。

 ボロボロになったその紙にはエルフとの約束事が書かれていた。

 モングレトロス、その地名は今のこの大陸にはない。昔、モングレトロスと呼ばれた地にはロニアスが・・・

 儂は(いにしえ)の約束を守るためロニアスへ向かった。

 しかしそこは、バルバロッサにより、既に滅ぼされていた。

 失意を抱きドロニスへ帰った儂を待っていたのは国境を破り、城壁に迫るロマーヌネグロンの軍勢だったという訳だ。

 後は見ての通りだ。

 儂は左腕をなくし、足の自由も無くしたようだ。

 しかし、それ以上に守るべき国を無くしたことは慚愧に堪えない。

 が、儂に失意は無い。

 今、モングレトロスを名乗る者に出会った。

 お前に渡そう。アリアスの遺品を・・・」

 ストラゴスは鎧の中に手を入れ、肌身離さず持っていた物を取り出し、それをディアスの手へと渡した。

 ディアスは手にした布を拡げた。

 「これは・・・」

 「蒼き炎の旗。

 そう、あのアリアスの旗だ。

 後はその旗を何時、何処で掲げるかだ。」

 「今、ここで。」

 「ここはオービタスの南端。すぐ北にはザルタニアがある。

 それは危険すぎる。」

 「しかし、時は待ってくれない。急ぐことが必要です。

 ここにいる僅かばかりの兵では敵に抗しきれない。

 しかし、アリアスの旗が立ったと知れば、人は集まってくる。それらを纏めて軍と成しましょう。

 それに、ザルタニアは我々を討つより、富の待つフィルリアを襲うことを優先させるはずです。」


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