第三章 それぞれの道(11)
ブリアントは沈痛な思いを胸に、草原の台地を降りた。
「父上・・・」
「そうか、イシューお前も行くか。」
「はい、私に同調する者約二千を数えました。父上の兵を裂くのは心苦しくはありますが、どうかお許し下さい。」
「解って居る。
で、何処へ・・・」
「ディアスの後を追います。」
「ディアスの・・・
クロックス、例の物を・・・」
呼ばれた若者が、三台の荷馬車を曳いてくる。
ブリアントはその中の一台から大きな行李を取り出した。
「これをディアスに渡してくれ。」
「それは・・・」
行李を開け、ブリアントは中から衣に包まれた物を取りだした。
それをイシューの目の前に置き、衣擦れの音をさせ布を取り去った。
そこには、蒼く光る一つの鎧が・・・
「これは・・・」
「勇者の鎧。
昔、世のために立ち上がったアリアスが身に着けていた物。
敗軍の中、それをマーランが命懸けで持ち帰った。」
「なぜこれをディアスに・・・」
「彼の者は、バルモドス山の麓に生まれたと聞いた。
今はロニアスと名を変えてはいるが、彼の地は元々モングレトロスと言って居った。
モングレトロスとは偉大なる山の民と言う意味だ。
そこへ、ロニアスの民が流れ込み、アリアスと同じ血を持つ者との間に子が生まれた。
しかし、その中でも一部の者は、モングレトロスの血を守り続けている。
その者達は何も知らず。唯、掟としてだけそれを続けていようが、彼らは重大な使命を持っている。」
「それは・・・」
「“光の子”を護り、助けること。」
「“光の子”とは・・・」
「“邪悪の者現れしとき、神、再び降り立ち、自らこれを撃つ。”
この言葉はお前も知っていよう。
しかし、これは頭上に神を抱くサンクルス教の喧伝でこの大陸に拡がったものだ。
“影暗き時、光の者現れ、その闇を断つ。” 古くからこの大陸に伝わる文献にはそう書かれている。
“光の者”それこそがこの混迷を救う者だ。」
「なぜ、ディアスがその“光の者”を護るモングレトロスの民だと・・・」
「それは解らぬ。
しかし、眼だ。
彼の者の眼に輝く光を見た時、私はそう感じた。」
「解りました。
必ずディアスにこれを・・・」
「そう急ぐでない。」
ブリアントは、更に行李の中から二本の剣を取り出した。
「オルハリコンの剣。これはディアスに。
そしてこの剣はお前に。」
ブリアントはオルハリコンの剣を鎧の横に置き、もう一本の剣をイシューに差し出した。
イシューが静かにその剣を抜いた。
宝剣ガルバリオン。
昔、未だルミアス王国さえなかった頃、オービタス山地に悪しき竜が居た。
その竜は空を掛け、火を吐き。村々を焼き払っていた。
ルミアスの勇者、彼等エルフの祖先ケントスは柄に七宝が埋め込まれた剣を手に、独りその竜に挑んだ。
戦いは七日の間続き、何物も通さぬと言われた竜の鱗を断ち、鉄よりも固いその皮を裂き、ケントスは悪しき竜を倒した。
倒れた竜は炎に包まれ、その中から一匹の竜が大空へ解き放たれた。
炎より生まれし竜は何処とも無く飛び去り二度と地上に害を及ぼすことはなかった。
イシューが聞いた昔話。
白銀に輝き、珠を集める刀身。
柄に飾られた七宝。
今イシューの手の中にあるのは、紛れもなく話しに聞いた、宝剣ガルバリオン。
「これを私に・・・」
「そうだルミアスの守り刀。
悪しき者を討つ剣。
それをお前に託す。
行け、そしてこの世の乱麻を断て。」
イシューと分かれて二日、ラクオスの宿場に着いた。
そこでブリアントが聞いたのは、ロニアスの滅亡であった。
ブリアントは自分に宛われた寝所にティアを呼んだ。
「私は間違いを犯していたのかも知れない。
昔、光がダルビドスの山に立った時、私のたった独りの妹が懐妊した。
妹は男を知らない体だった。
そして生まれたのがお前だ。
私はお前が光の子だと思った。
その秘密を護るため、人々に不自由を掛けてまで月の谷の門を堅く護り、お前を守り抜こうと決めた。
今も・・・国を棄ててまで・・・
しかし、今ロニアスの噂を聞き、一つの推測が生まれた。
お前の左肩には蒼い痣が在ろう。
それが“光の子”の証しだ。
だが本来それは首の下、胸の中央にあるべきものだ。
古より伝わる、それが“光の子”の証し。
とすればもう一人・・・
右肩に同じ紋章を持つ者。それが居るはずだ。
それに今気付いた。
もう一人の“光の子”は、ついこの間まで我々の中にいた。」
「カミュ・・・」
「そうだ。と私も思う。お前と同じ年、光が立ったバルモドス山の麓に生まれた。
バルモドスの山裾に住む者、モングレトロスは本来、光の子を護るべき者達。そこへ“光の子”が生まれ出た。
お前達は血がお互いを呼び、出会った。
にもかかわらず、私はお前への愛情からそれに気付かず、カミュ独りを月の谷から旅立たせてしまった。
そして今また、お前を連れ、この大陸から旅立とうとしている。
私を・・そして私の廻りの者を縛っていた呪縛からお前を解き放つべき時がきたようだ。
私は愛する息子と、忠実な部下達と別れて初めてそれに気付いた。」
「お父様、参ります。
カミュを捜しに・・・」
「しかし、独りでは・・・」
「ティアは俺が護る。」
サムソンの声がその場に響いた。