第三章 それぞれの道(9)
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ロニアスを出たダルタンはバルバロッサを追い、馬を走らせていた。
それに追いついたドリストが馬を横に並べた。
「ダルタン、そろそろ落ち着いたらどうじゃ。
お前一人行ったところで死体を一つ増やすだけじゃ。」
「解っている・・解っているが・・・」
「バキニア砂漠を渡り、ポーの森を目指すのじゃ。
そこには儂の古い友人達がいる。その力を借りるのじゃ。」
「ポー・・・」
「そう、ポーの森じゃ。」
ダルタンとドリストは馬首を南西に曲げバキニア砂漠に乗り入れた。
馬の足が砂に取られるのを避け、岩場を選んで走る。
夜を昼に継ぎ先を急ぐ。目の前に小高い山を見たのは、それでも五日がかかった。
山を越え、ポーの森を目指す。
ロニアスを出て七日目の日が沈む頃、二人はポーの森の真ん中に立った。
「これからどうするんだドリスト。誰もいないじゃないか。」
「任せておけ。」
ドリストは夕焼けの天に向け、森中に響く声を張り上げた。
しかし、何も起こらなかった。
「ドリスト・・・」
「後は待つ事じゃ。」
日が落ち、辺りが夜の静寂に包まれていく。その中でカサコソと落ち葉を踏む小さな音がする。
「ドリスト様、お久しぶりでございます。」 小さな影が、焚き火に映えるドリストの影に頭を下げた。
「おお・・・コリントか。久しぶりじゃ。」
「オルトも、間もなくやって来ると思います。」
小さな影は焚き火の傍らに横たえられた枯れ木にちょこんと座った。
ただ火にあたるだけの長い沈黙が続く。
「ドリ・・・」
「シッ」
声を上げかけるダルタンを抑え、また沈黙の中に戻る。
時が静かに流れていく。
ダルタンはそれに耐えきれず所在なさげに剣の緒を玩び始めた。
「ドリスト様、ここでしたか。」
森の中から野太い声が響いた。
「火を嫌うドリスト様が焚き火とは驚きましたが、人も一緒でしたか。
して、今日は何用で我等を・・・」
「ほかでもない、力を貸してくれぬか。
バルバロッサを討つのじゃ。
奴等は人を殺し、非道を繰り返して居る。今討っておかないと、この森もいずれは灰と化す。
どうじゃ、力を貸してくれぬか。」
「そのようなご用でしたか。解りました。
奴等はクローネンス山地の森を焼き尽くし、我等オーク族の住処を滅ぼした。我等とて奴等に怒りを覚えるもの。
それが、ドリスト様の願いとあらば・・・
明日の朝までお待ちください。我が一族、五十や六十は率いてきましょうぞ。」
「五十、六十では少なすぎましょう。我が一族、百・二百ほどの勇者を集め、ここに参ります。」
そう言い残し、オルトとコリントとはその場を立った。
「あやつらは、森を住処とする者達。猪の顔を持った大きいのがオーク族。小さいのがコロポック族じゃ。
以前はクローネンス山地にあった深い森に棲んでいたらしいが、町を追われたならず者達がそこに住み着いた。
族と言っても一つの塊ではなく、雑多な者
の寄せ集め、それがバルバロッサじゃ。
奴等は所構わず火を熾し、山火事を引き起こしたのじゃ。
森が消えてゆき、徐々にオークとコロポックの住処が狭まっていった。
彼らは森を破壊するものを憎み、何度か戦いを挑んだらしい。が、一族を統率するものが無く、その度に返り討ちにあったそうじゃ。 森は狭まり、僅かに点在するだけになった。彼らは自分らの居所をなくした。」
「儂は五百年この森に立ち、森の力を授かり続けた。そこへ住処を失った彼らの祖先が移り住んできた。
儂の廻りで彼らは生活を始めた。
子が生まれ孫が育った。
木々には花が咲き、実がなった。
その実を糧として彼らは生活を営んでいた。
そこへまた人じゃ。
ここから西のドートル湖の岩塩を求め、人が森を切り開いた。
彼らは儂を通じ、森の精に祈った。
ある夜のことじゃった。儂の体が金色に光り、儂が初めて見たものは、儂の抜け殻じゃった。
彼らは儂を神と崇め、儂に縋った。
しかし、儂一人の力で多くの人の力に抗することは出来ぬ。
儂も彼らと共に森の精に祈った。
そこへたまたま通りかかったのが、レジュアス王フィリップじゃった。
フィリップは森の伐採の視察のためこの森を訪れていたのじゃ。
儂はフィリップに声を掛けた。
フィリップも驚いたじゃろう。ただの枯れ木に声を掛けられたのじゃからのう。
だが、フィリップは廻りの従者が騒ぎ立てる中、たじろぎもせず儂の声に耳を傾けた。
フィリップ王は英明じゃった。森が枯れること、自然の滅びが国の滅びであることを悟った。
それからじゃよ、オークとコロポックそして人との棲み分けがこの森で始まったのは。」
夜が白々と明ける頃、ドリストがダルタンを揺り起こした。
「揃ったようじゃ。」
浅い眠りから覚めたダルタンの前に木々に見え隠れしながら、多くの兵士が集まっていた。
「指揮は誰が・・・」
「お前さんしかいないじゃろうて。」
ドリストに促され、ダルタンは岩の上に立った。
皆がダルタンを長と仰ぎ、その中から進み出たオルトとコリントが、岩の上に立つダルタンに臣下の礼を取った。
兵を率い森を出る。
確認できた兵力は三百に達し、充分にバルバロッサの一隊と対峙できる数だった。
草原にバルバロッサの影を見る。コロポックの兵の一部が隊列を組み矢を放つ。
バルバロッサの一部が乱れる。が、徒党を組み馬上のダルタンを目指してくる。
「ドリスト、敵を何人と見る。」
「そうさなあ・・・五百・・いや、それ以上。」
「こちらより多いか・・」
「お前さんの腕の見せ所じゃよ。」
伝令が飛ぶ。
ぎりぎりまで矢を打ち続けていたコロポックの一隊がサッと両翼に開く。草むらに隠れていたオークの一団が立ち上がり、槍を突き出す。
虚を突かれたバルバロッサが更に乱れる。 そこへ予め隠してあったコロポックの一団が両側から矢を放つ。
バルバロッサは大きな袋に包まれた形になった。
オルトを中心としたオークの一団が槍を揃え敵の中に突き入った。体が大きく、力も強いオークの一団はバルバロッサを圧倒した。 敵の前面から両翼に開いたコロポックの一団が、ダルタンの前に集まった。
「コリント、行くぞ。」
馬に跨ったダルタンを先頭に、細い剣を抜き放ったコロポックの一団が乱戦を呈し始めた戦場に駆け入った。
あちこちと散り散りの一団として戦っている敵へ、組織だった攻撃が加えられる。
両脇に陣取ったコロポックの一団も剣を抜きじわじわと袋の中を縮める。
遂にバルバロッサが背を見せる。袋の空いた口をめがけ壊走を始めた。
ダルタンは血に飢えたようにその中を駆け巡った。
「もう良かろう。後は戦闘ではない、殺戮じゃ。」
殲滅を加える戦いの中、ドリストの声が飛んだ。
その声に我に返り、
「集まれ。」
と、ダルタンが全軍に命じた。
ダルタンは初めて兵を動かし、オークとコロポックは初めて組織だって人と戦った。
馬上のダルタンの下、オークとコロポックが集まってくる。それらに囲まれ、ダルタンは逆に馬上で声を失った。
「どうするドリスト・・・俺にはこれからの策がない。
ただ怒りと憎しみにまかせここまで来た。
この後をどうすれば・・・」
「ダルタン、皆がお前さんの命を待っている。この軍の将はお前さんじゃよ。
この軍を持って、中原に乗り出し、戦乱を鎮める一助となってはどうかな。」
「軍・・将・・・俺はそんな器じゃないことは自分で解っている。
しかし・・オルト、コリント付いてきてくれるか。」
オルトとコリントがそれぞれ手にした武器を上げ賛意を表し、全軍がそれに呼応した。
「レジュアスへ。」
ダルタンの声が草原に響いた。