第三章 それぞれの道(8)
魔の湖と言われるイズルを走破し、カミュ達はバルモドス山の麓、ラクオスの宿場をめざした。
二十数年ぶりだとはしゃぐダルタンをよそに、カミュは、長老、それに村人に語りかける言葉を探していた。
「儂はここでただの枯れ木になっておく。」
と言うドリストを町はずれに残し、ダルタンと二人宿場町へ入った。
そこで二人はただならぬ噂を耳にした。
「ロニアスも大変なことになったよな。」
「ああ、バルバロッサだろう。」
そう言うものだった。
ダルタンが話しに興じる酔っぱらいの胸ぐらを掴み、詰め寄る。
「ロニアスがどうしたって。」
すさまじいダルタンの剣幕に、その男は酔いも吹き飛ばし、青ざめた顔で答える。
「ロニアスの村がバルバロッサに襲われたんだよ。」
「いつ。」
「二日前・・・丸一日掛けてロニアスを蹂躙し尽くし、奴等は西へ向かった。」
「急ぐぞ、カミュ・・ロニアスへ・・・」
馬をとばし台地に登る。
山に挟まれたロニアスの村が未だ消え残る炎に煙り、その惨劇を伝えていた。
村に入り、あまりの惨状にダルタンが涙を流した。
黒こげの遺体。
血まみれの体。
何かを求め、空を掴む指。
「ここに村長の家が、ここには鍛冶屋が・・・」
燃え尽きた村に向かいダルタンが叫ぶ。
「ダルタン、今は感傷に浸る時じゃない。
僕は山に登る。
貴方は村を隈無く廻り、生き残った人を助けてくれ。」
「いないよ。こんな有様じゃあ、生き残った者などいやしない。」
ダルタンの眼に憎しみの炎が宿る。
「仇を討つ、俺はロニアスの民の仇を討つ。」
カミュが止めるのも聞かず、ダルタンは馬に跨った。ドリストはカミュに目配せをしてその後を追った。
その場に残ったカミュはバルモドス山に登り、生き残った村人を捜し回った。
すると、バルモドス山の中腹にある洞窟に灯りを見つけた。そこに向け駆け出す。
その洞窟の前には毛むくじゃらの小男が立ち、辺りを見据えていた。
「そこにロニアスの民は・・・」
カミュがその男に声を掛ける。
「何者だ。」
「僕の名はカミュ。以前この村に住んでいたものです。」
「カミュ・・・」
消え入るような弱々しい声が洞窟の中から微かに聞こえる。
「おばさん。」
「カミュ、帰ってきたのかい・・・
こっちに来ておくれ。」
叔母の声に誘われ、カミュは洞窟に入った。 そこには、若いエルフの女に抱きかかえられ、布に巻かれた何かを胸に抱いた、血まみれの叔母がいた。
叔母の元に駆け寄り、エルフの目を見る。
そのエルフは悲しげに首を横に振った。
「カミュ、聞いておくれ・・・」
虫の息の叔母が最後の力を振り絞るようにカミュに語りかける。
「お前は私の妹の本当の・・子供じゃない。
茸狩りに出かけた・・・妹が、山で拾った子。
その日は朝焼けが・・綺麗でねエ。森は金色に光っていたそう・・・
そこで・・・赤ん坊の声・・・聞いたって・・・」
今にも途切れそうな言葉と共に叔母が布包みを差し出しカミュの手を取った。
「その時お前・・は、これをしっかりと抱いていたそ・・・」
カミュの手に布包みを渡し叔母は息を引き取った。
カミュはたった独りの肉親と呼べるものをなくし、声を振り絞り、涙を流した。
しかし、泣くだけ泣くと涙を払い、毅然と立ち上がり、ずっしりと重い布包みの紐を解いた。
そこから出てきた物は剣。
刀身は青く光り、その柄には紅い炎の紋章があった。
「仇討ちか。それなら俺も手伝うぜ。」
毛むくじゃらの小男が、後ろからカミュに声を掛けた。
振り向いたカミュに男が言葉を続ける。
「俺の名はドラゴ。ドワーフ族の者だ。」
カミュは叔母の亡骸を抱いたエルフに目を遣った。ドワーフ族とエルフ。どこかで聞いた話しだ。
「そいつか、そいつはルシール。俺の女房だ。」
と、ドラゴは頬を赤らめた。
「ルシール・・フェイの妹の・・・」
「どうしてそれを・・」
「僕はつい最近まで月の谷にいた。そこでフェイに君のことは聞いている。
彼女はついこのあいだ、僕の友人と一緒に月の谷を旅立った。確かフィルリアへ行くと・・・
会えるかも知れない。一緒に行こう。」
「お前、仇討ちはどうするんだ。」
「仇討ち・・・僕は・・やらない。
叔母を殺され、村人を殺され悲しくない訳はない・・憎くない訳はない。
だけど、憎しみだけに囚われると、血が血を呼ぶ。
僕はそんなことはしたくない。」
「そうか仇討ちはなしか。確かに俺たち三人でどうにかなる訳でもないしな。
しかし、フィルリアに行く前にレジュアスに寄っちゃあどうだい。
奴等は西へ向かった。察するところ奴等が求める者は馬。いつも自分の足だけが頼りの奴等が、馬を持ちゃあ泥棒に羽根を生やさせるようなもんだ。
ここは一つ、ルシールにはグッと我慢してもらって・・・」
「バルバロッサの残忍さは、私が一番良く知っています。この人の言うようにレジュアスへ・・・
行き先が解っているなら、何時かは姉には会えます。」