第三章 それぞれの道(7)
滝を後に、高原に出る。馬に揺られるカミュの肩にはピュロが・・・
「そいつ、どうしたんだ。羽根なんかはやして・・・」
ダルタンがカミュに話し掛けた。
「うん、昨日から突然小さな羽根が生えだして、体も少し細長くなったみたい。」
「まるで、ちびサラマンダーだな。」
笑い声と共に取り留めのない話しをしながら、川沿いに進み、谷を目指す。そこには三人のために用意された舟があると聞いた。
しかし、谷へ行き着かぬうちにバルバロッサの斥候に出くわした。
谷に掛かる吊り橋を渡り、西へ西へと追い込まれて行く。
バルバロッサの手を逃れるため馬を急がせる。しかし、どこから集まってくるのか、行く先々でバルバロッサの声が三人を追いかけて来た。
遂に魔の湖イズルの東岸に追い詰められる。
疲れた馬に鞭打ち水辺を走る。
バルバロッサは何かを恐れるように水に入ろうとはせず、遠巻きにカミュ達を取り囲んだ。
「仕方がない。この湖を渉るのじゃ。」
ドリストが他の二人に声を掛けた。
「この湖には小さな島を繋ぐ浅瀬が何カ所もあると聞く。それを巡って行けば、向こう岸に渡れん事もないじゃろう。
あの、浅瀬を目指せ、後は運を天に任すしかない。」
馬を降り、水中に見え隠れする曲がりくねった浅瀬に慎重に歩を進める。
バルバロッサ達はそれを見つめ忌々しげに舌打ちをした。
しかし、その中の一人が投げ槍を手にし、カミュ達に向け投じ、ドリストが曳く馬の横の水面を激しく叩いた。
それに続き、我も我もと言わんばかりに次々と単槍が投じられる。
何時かは誰かに・・・
カミュの脳裏に不安が過ぎる。
その時カミュの前の蒼い水面が何もないのに僅かに揺れた。
(魔物・・・この湖に棲むという・・・)
後方で水をはじく大きな音が起きる。それに目をやるカミュの横の水面が黄色に光った。
蒼い水面が黄色く盛り上がる。
それが激しく崩れ巨きな水音を立てる。
水面から首を擡げたのは黄色に輝く大蛇。
大きく裂けた口のすぐ後ろを怒りに膨らませカミュを見下ろす。
「ナーガじゃ。」
ドリストが叫ぶ。
「不浄の者を忌み、戦いを嫌い、悪しき者を襲う。剣を抜くでない。」
しかしその叫びは遅かった。カミュとダルタンは既に剣を抜き、身構えていた。
ナーガが長大な体をくねらせ、カミュの脇を通り背中へ抜ける。
その胴に巻き上げられカミュの体が宙に浮く。ナーガの鱗に擦られたのか、皮の服の右肩口が裂け、風に晒される素肌に血が滲んだ。口を大きく開け、牙を光らせたナーガの怒る眼がその肩口を見る。そこには生まれた時からあった痣があった。
(来る。)
カミュは死を覚悟した。
しかし、ナーガはカミュの体を静かに浅瀬に戻すと、呆気にとられるカミュを残し、バルバロッサに向かい突き進んだ。
立ち尽くすカミュの手を引きダルタンが先へ進む。
「何があったか知らんが、今だ・・今の内に・・・」
岸ではナーガに襲われたバルバロッサの恐怖を伝える声と、悲鳴が交錯していた。
ナーガに導かれ狭小な小島の、それでも乾いた土の上で泊まりを重ねる。その間ナーガはカミュ達を護るかのように一時も離れずカミュの側にあった。
湖の西岸にあがり、故郷ロニアスを目指したのは湖の隘路、五日の道程の後だった。