第三章 それぞれの道(6)
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ディアスが月の谷を出て一ヶ月。カミュは真実を知るため王の間にいた。
「どうしても聞きたいと・・・」
「はい。アリアスの闘いの真実を・・・」
「マーランを呼べ。そしてこの部屋には誰も入れるな。」
ブリアント王は側に仕える兵士に声を掛けた。
「マーランはアリアスと最後まで行動を共にし、唯独りルミアスへ戻った。彼の話も合わせて聞いた方が、お前の求める真実がより掴めるであろう。
それまでに儂の話しを聞かせよう。」
「お願いします。」
「但しこの谷の者には口外は無用。解ったな。」
「はい。」
「儂は・・サントリュフトの丘に立ったアリアスがカルドキア軍を撃ち破ったことを知った。
それまでは先代の意向もあり、人間社会の出来事には干渉しないで居たが、この世を暗黒に染め抜く邪教の軍と戦うことを決意し、アリアスの軍に加わった。
サルミット山脈を越え、サルジニアを攻めた。功に逸った一部の軍団はアリアスが止めるのも聞かず、邪教の館を焼き討ちにした。
それは悲惨なものだった。邪神を信じ、館に籠もった者を、女子供を問わず全て焼き尽くした。」
王は瞑目するように暫く目を閉じた。
そこへマーランが入ってきた。
「陛下、何事で・・・」
「今、アリアスの闘いについてカミュに話していたところだ。
サルジニアの闘いからはそなたの方が良く知っていよう。カミュに聞かせてやってくれ。」
「宜しいのですか。」
ブリアント王は黙って頷いた。
「それでは・・・
サンドスを前に、アリアスの下を独りの男が訪れた。
そこで何が話されたかは知らぬが、アリアスは七日程陣を離れた。」
「アリアスは何処へ・・・」
「それは解らぬ・・・東へ向かったこと以外は・・・
アリアスは陣に戻ると兵を分け、ブリアント王に後を託し、自身は僅かの兵と共に黒い森へと向かった。」
「なぜ。」
「サルジニアへ入ってからの戦闘で、人々を傷つけ、多くの命を奪った。アリアスにはそれが我慢ならなかったのだろう。」
「その頃、儂はロマーヌ・モアドス連合軍の到来を待ち、ケムリニュスへ向かった。アリアスの退路を確保するために・・・」
王の言葉に続き、マーランが再び話し始めた。
「アリアスはケムリニュスを迂回し、死の谷からボスポラスを登り、直接帝国の心臓部を突く策戦を立てたのじゃろう。無用の闘いを避けるために・・・
そのアリアスに続く者、アリアス子飼いの兵、我々エルフ族の一隊、魔道師の一部それに死の谷間近で合流した竜戦士。それでも一万近くの兵力になって居った。
ブリアント王が向かったケムリニュスは、あっさりと兵を退き、無血でケムリニュスを占拠したとの報がアリアスの下に届いた。
その一報に喜ぶと思われたアリアスは何かを考え込み、ケムリニュスに向かうこともなく、道悪しき黒い森を淡々黙々と進んだ。」
そこまでマーランが話した時、ブリアントがカーテンの陰に隠れている者達に声を掛けた。
「そこにいるお二方もこちらに寄ったらどうかな。」
頭を掻きながら、ダルタンとドリストがカーテンの陰から現れた。
そんなことには構わず、マーランが話しを続ける。
「黒い森を抜け、死の谷に入るとそこに待っていたのは、騎馬軍団と死人の軍団。
我々はアリアスに率いられ臆することなくそれに挑んだ。
しかし、死人の軍団は倒しても倒してもまた立ち上がり、死すると言うことがなかった。アリアスはその中で巨きな岩の上に立ち、大きな声で部下達を鼓舞し、死人使いだけを狙うように命を発していた。しかし、死人使いが騎馬の若者に向けセイロスと呼びかけた時、アリアスは絶句し、空を見上げた。
アリアスは口の中で何かを呟き、自身の馬に跨り、死人の軍団の中に駆け入り、騎馬の若者にキュアと呼ばれた死人使いの目の前に迫った。
アリアスは確かにその死人使いに一太刀を浴びせた。しかし、その死人使いは平然とそこに立ち、アリアスを見据えていた。その男のガラス玉のような目がぽっかりと見開かれ、全てを吸い込むように辺りを見渡しながら・・
呆然と立ち尽くすアリアスの胸に一本の雷の矢が突き立ったのは、その時だった。それは、セイロスと呼ばれた若者が放った矢だった。」
「・・・アリアスは・・馬の上から崩れるように地面に落ちた。
後は手のつけようのない混乱、それだけが待っていた。空では竜騎士が無数のガーゴイルに囲まれ、地上ではセイロスの率いる騎馬軍団と、キュアが率いる死人の軍団による殺戮が始まっていた。
私はその乱軍の中、ブリアント王にアリアス軍の全滅を伝えるため、辛うじてそこから逃げ墜ちた。」
「そして、モアドスの裏切り・・・」
「それは違うぞカミュ。」
ブリアントがカミュの言葉を制した。
「えっ・・・」
「既にその時は連合軍は消え去っていた。
カルドキアの大軍を前に、戦う前からインジュアスとスメスタナは怖じ気を震って居った。」
「それでモアドスが兵を退き、戦場から逃げた。」
「違うんだよカミュ。
お前達ロニアスの民は須そう聞かされ、そう思いこんでいるだろうが、事実は違う。
まずインジュアスが白旗を背に、たった独りカルドキアに奔った。」
「そんな・・・」
「掲げたはずの正義どころか、兵も、民も、自分の魂さえ売り渡し、インジュアスは敵に奔った・・・・それが真実だ。」
「どうしてそんなことを・・・」
「儂がケムリニュスに軍を進めた時、ゾルディエールはあっさりと兵を退いた。それに疑問を持ち、儂は密偵をカルドキアに送り込んだ。
そこで掴んだのは、キュアの策謀により、インジュアスがゾルディエールと連絡を取り合っていると言うことだった。
キュアはゾルディエールを通し、インジュアスに権力と永遠の命とを保証した。
大軍を前に恐れを抱いていたインジュアスはそれに乗った。
目の前で王を失い、ロマーヌの兵は混乱した。ある者は武器を捨てカルドキアに恭順を誓い、ある者はその場から逃げ、ロマーヌへ帰ろうとした。
だが、モアドスは先に兵を退き、サルミット山脈から中原への道を閉ざした。それはスメスタナにとってカルドキアに恭順を示し、ゴルディオスの歓心を買う手だてとして必要な措置だった。
サルミット山脈の狭隘な土地に押し込められたロマーヌの兵に殲滅が加えられ、その場にいた者全てが死に絶えた。」
「王様の言う通りであれば、なぜロニアスの民はモアドスが裏切ったと・・・」
「ロマーヌへ帰り着いた者達は、後方の支援部隊の者達、モアドス軍が国境を封鎖し、そこから漏れ聞く断片的な情報からだけで全てを判断した。その結果が間違った解釈を引き起こした。」
「そして、次は我々の番だった。
我々はぎりぎりまでケントスの城でアリアスを待った。が既に限界だった。全滅を覚悟の上サルジニアを突っ切りヴィンツを抜け、ルミアスへ帰り着いた時には、千の兵が僅か二百にまで減っていた。
黒い森をケムリニュスへ向かっていたマーランは、我が軍の敗北を知り、アリアスの遺品を抱き、あの険しい八つの峰を持つ山モンオクトロスを越え、グランツへと落ちた。
が、そこも既に火の海と化し、やっとの思いでルミアスへ帰り着いた時には、我々は既に月の谷へ移動して居った。
それから五年、何処をどう彷徨ってきたかマーランは話そうとはしないが、アリアスの遺品を抱き、この谷を尋ね当ててきた時にはぼろぼろの姿だった。
これが、お前の知りたがっていたアリアスの戦いの真実だ。
しかし、私達の話しだけではまだ全てを掴んだとは言えまい。
行くがよい、そして、真実のアリアスの姿を掴むがよい。」
その足でカミュはサムソンを訪ねた。
「サムソン、僕、ロニアスへ帰ろうと思うんだ。
村の人達にここで聞いた話しをし、戦う戦わないは別にして、自分たちが於かれている時代、それに歩んできた過去を知って欲しい。
ダルタンと共にもう一度ロニアスへ帰ろうと思う。
サムソン、君はどうする。」
「俺かい、俺は残る。ここにいれば戦いを気にすることなく平和に暮らしていける。」
「僕は、それは違うと思う。
どんなに静かに暮らしていても、戦いはむこうからやって来る。
それにディアスも言っていたが君なら立派な戦士に・・・」
「違うんだカミュ、俺は強くなろうとか、立派な戦士になろうとして武道に打ち込んだ訳じゃないんだ。
何かに夢中になっている時だけあの事を忘れられる。
覚えているか、カミュ。クローネンス山地の東での事。
あの時俺は人を殺した。
仕方がなかったと言うことは解っている。
しかし自分の腕の中で、命ある者が徐々に只の物に変わっていく。
死んだ者の苦しみは解らない。が、俺の腕にはあの時の感触が、こうしている今でも残り、俺を責めている。
お前には解らないかも知れない。だが、俺はもうあんな思いはしたくない。
だから・・・解ってくれ・・・カミュ・・・」
その夜、イシューの屋敷に集まった者達に別れを告げ、翌朝、カミュとダルタンそしてドリストは月の谷を旅立った。