メリケンサックをした子供が向かってくる
あれはとても暑い夏の日だった。よく行くセレクトショップで洋服のお会計をしていたら、4歳ぐらいの子供がわたしに向かって走ってくるのである。それはそれは、天使のような可愛らしい笑顔を浮かべて、抱きついてくるかのような勢いであった。
見る者が見れば微笑ましい光景だろうが、わたしは子供が嫌いである。正直、抱きつかれたくない。近づかれるのも嫌。お店から出て行ってほしいとすら思う。
セレクトショップに子連れの夫婦がいる事は、少し前から気が付いていた。料理に苦手な食材が入っていると敏感に察知してしまうのと同様で、子供の存在にいち早く気が付き警戒していたのだが、まさかこちらに向かってくるとは予想外であった。
そもそもどうしてわたしに向かって来るのか。これはあくまでも想像なのだが、その夫婦が前にこのお店に来た時に、店員の誰かが子供の相手をしたんじゃないだろうか。そしてわたしの事をその遊んでくれた店員だと勘違いしているのだろう。だから「遊ぼう」と言わんばかりに、あんなにも嬉しそうな顔を浮かべてこちらに向かってくるのだ。
このままでは抱きつかれてしまう。一刻も早くこの場から立ち去りたいが、お会計中で動けない。こちらの気持ちなど知る由もない子供は、キャハキャハと笑いながら距離を縮めてくる。何がそんなに可笑しいのだ。
わたしが何故、子供を嫌いなのか。無神経で汚いからだ。予想外の動きをするところも厄介でならない。わたしのような神経質で潔癖症な人間は、大概が子供を嫌っていると思う。おおやけにしないのは、非難されるのを恐れてであろう。変人扱いされる場合もある。それぐらい今の社会では、子供は可愛いものというのが一般的な価値観になっている。
だけど本当に子供は可愛いだろうか。確かに可愛い要素が無いとは言わないが、汚いが明らかに勝っている。だって子供は、地面に落ちている物も平気で触るし、意味なく走り回るから汗だくだし、よだれや鼻水も垂らし放題だし、可愛いと言うには無理があるだろう。
子供が好きで可愛いと思っている人間も、頭では子供は汚いと理解しているのではないか。それこそ、汗だくの子供の頭をなでなでするのに抵抗があるんじゃないか。覚悟を決めないとなでなで出来ないんじゃないか。なでなでした直後、ばれないように手を拭っているんじゃないか。許されるなら一旦汗拭きシートで拭いてから、なでなでしたいんじゃないか。
とにもかくにもそんな子供が、わたしの方にどんどんと近づいてきている。よく見るとその子供は、汗だくで、鼻水を垂らして、指に飴玉のついた指輪をしていた。わたしは子供の中でも、人懐っこくて、汗だくで、鼻水を垂らした、飴玉のついた指輪をしている子供が一番嫌いだ。
お菓子業界は、どうして飴玉のついた指輪なんて恐ろしい物を開発してしまったんだ。飴は、我々のような人間が最も嫌煙する、ベタベタを代表する食べ物。キングオブベタベタだ。そんな飴を剥き出しにした指輪。もうそれは凶器だ。指にはめるという意味では、さしずめ、メリケンサックと言ったところか。今のわたしは窮地に立たされている。メリケンサックをした子供が、笑いながら向かってきているのだから。あんなので殴られたら、ベッタベタだ。
お会計が済んだ。別の店員さんが商品を包んでくれていたのが助かった。しかしわたしが商品を受け取った時には、子供はすぐ目の前まで迫ってきていた。両手を広げ今まさに抱きつこうとしていた。「うわぁ~」と思わず声が出てしまう。わたしは身体を素早く反転させ、子供を間一髪交わす。そして速足でセレクトショップを後にした。お店を出る前に一度だけ振り返って子供の方を見たら、「え、何で!?」ときょとんとしていた。子供の事を嫌いな大人もいるのだ。
それにしても、あのセレクトショップにあんな子供が出入りしているとなると、今後は行きにくくなる。子供に遭遇したくないというのもあるが、商品の状態が気になる。子供は予想外の動きをするので、並んでいる商品をむやみに触りながら歩いたり、商品が並んだハンガーラックの下を面白がって通る事もあるかもしれない。その時に汗や鼻水やよだれや飴が付着してしまうかも…
家に帰ったら、真っ先に購入した洋服に汗や鼻水やよだれや飴が付着してないか確認しなくてはならない。余計な仕事が増えた。しかしいい歳した大人がこんなにも子供に怯えるとは、情けないかぎりだ。
メリケンサックをした子供が向かってくる・おわり