寝る前にする不気味で面倒な儀式行為
時刻は深夜0時過ぎ。1LDKのアパートの1階。リビングにはベランダに通じる大きな窓があり、昼間であれば気持ちの良い日差しが射し込む。
わたしは、オットマンの上に置きっぱなしになっているテレビのリモコンを定位置であるテレビ台の上に置く。テレビをつければ、バラエティ番組が映るだろうが、19年前に妻と出会ってから、夜型から朝型へとシフトチェンジし、深夜番組を観なくなった。そんな妻は某アニメキャラのアイマスクを付け、リビングのソファで眠っている。
わたしは窓に近づく。カーテンを少し開け、窓の外を見る。窓の外は閑静な住宅街。アパート入り口の外灯の仄かな明かりを頼りに、視線を走らせる。周囲はしんとしていて、見える範囲内には誰もいない。「怪しい人物はいない」とわたしは声に出す。
次にカーテンの端を捲って窓の端を見る。「カーテン挟まってない」さらに反対側のカーテンの端も捲り、窓の端を見る。「カーテン挟まってない」それから窓の引手を引き「窓閉まってる」反対側の窓の引手も引き「窓閉まってる」
次はテレビ。先程リモコンを定位置に置いた際に電源がついていない事は見たが、万が一という事があり得る。改めてテレビ画面が真っ黒である事を確認する。「テレビ消えてる」さらにエアコンに視線を向ける。「エアコンついてない」
次はキッチン。流し台の蛇口から水が出ていないか確認する。「蛇口から、水、お湯、出てない」
次は山場であるガスコンロ。トラウマがあるわけではないが、火を異常に警戒しているわたしにとって、ガスコンロは火炎放射器や火を噴くゴジラと同じ括りだ。だから慎重にならざるを得ず、ミスは決して許されない。ガスコンロのつまみの部分がちゃんと「止」の位置に来ているか、指差し確認。「止まれになってる。止まれになってる。止まれになってる。(つまみがグリルを合わせて三つあるので三回言う)」それでも万が一という事があるかもしれない。ガスコンロの火が出る部分を指差し確認。「ガスコンロから、火、点いてない。ガスコンロから、火、点いてない(火の出る所が二つあるので二回言う)」
次は風呂場。「蛇口から、水、お湯、出てない。シャワーから、水、お湯、出てない」「給湯器の電源切れている」続いて洗面所。「ドライヤーのコード抜いてる」「電動歯ブラシのコード抜いてる」念の為にコンセント差し込み部分も確認する。「コンセントに何もささってない」洗面所の蛇口も確認。「蛇口から、水、お湯、出てない」
そして玄関。鍵が掛かっているか、U字キーが閉まっているかを確認する。「鍵、かかってる。U字キー閉まってる」
以上である。わたしは毎日寝る前に必ずこれをしないと、何だか心がソワソワして、落ち着かないのだ。医学的に言うと、強迫性障害の儀式行為らしい。前に妻が、ネットで調べて知った。
全ての確認を終えると、ソファで寝ている妻を起こして寝室に行くのだが、一応妻にも確認をしてきてもらう。妻は眠い中、何とかソファから立ち上がると、寝室に向かいながら、視線だけでさらっと確認する。そして電気を消し、寝室に入っていく。こんなあっさりとした確認でも、最後に妻が見てくれるという事が、わたしの気持ちをだいぶん楽にする。だから、妻は眠くても寝室には行かず、ソファで待っていてくれるのだ。夫を支えてくれる出来た妻である。
とはいえ一緒に住み始めた当初は、妻も一緒に確認作業に付き合っていた。二人して「怪しい人物はいない」「カーテン挟まってない」「蛇口から、水、お湯、出てない」などを言いながら家中を回っていたのだから、馬鹿夫婦、丸出しだ。
わたしだって本当はこんな面倒な事はしたくない。出来る事なら、スッと寝たい。バタンキューに憧れている。寝落ちスゲエ、と思っている。「俺、昨日ソファで寝ちゃって、気づいたら朝だったんだよね」なんて言ってみたい。
だったら確認なんてやめればいいのに、という声が聞こえてきそうだが、それが出来れば苦労はない。確認しないと、落ち着かないし気持ち悪い。他人から見れば、確認している姿の方がよっぽど気持ち悪いよ、と思うかもしれないが。
寝る前にする不気味で面倒な儀式行為・おわり