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地球(アース) 異文化交流シリーズ

艦(ほし)に願いを

 新月の夜。すでに日は沈み、星の灯りだけを頼りに、屋敷までの道を急ぐ。


 夕方になって主人(あるじ)が思いついた理不尽な用事のために、こんな夜道を急がねばならない。満天の星の河が、私の行く手を照らす。


 ああ、あの星のどれが、私の父や母なのだろうか?父は戦乱の出兵から帰らず、母はその後を追うように、流行りの病で亡くなった。私を残した両親は、あの星のどれかになって、この大地を照らしているに違いない。

 私は2年ほど前から、街の豪族の使用人として住み込みで働かせてもらい、辛うじてその生をつなぐが、働きの割に粗末な食事、休みのない日々。日々消耗し続ける私の命は、それほど長くはあるまい。


 そんな私の頭上に、一筋の流れ星が()ぎる。青白く光るその鋭利なる筋は、緩やかな弧を描くように星の河を切り裂き、しかし瞬時にしてそれは跡形もなく消失し、再び暗闇が空を支配する。


 気まぐれに現れる流星に願いをかけると、その願いは叶うという。しかし、いつ現れるとも分からぬ流星に、願いを託すことは決して容易ではない。だけど、せめてもう一度、私の前に現れて欲しい。


 私には、願いがある。暖かいスープに、柔らかいパンを食べ、毛布に包容されて安らかなる眠りを得たい。つい2年前までは、当たり前のように享受していたその生活が、今ではもう手の届かない彼方のものとなっていた。まるで、あの星の河のように。

 だからもう一度、私の前に流星が現れて欲しいと願う。願いを叶えるための願い。おかしなことだが、すでに自ら運命に抗えるほどの力を持たぬ私にとって、(はかな)き星に希望を寄せる以外に、私には希望がない。


 私は、歩みを止める。昼間であれば、周囲には草原が広がるこの場所に、私は立ち止まる。手に持った空っぽの藤籠をぎゅっと握り締め、星空を凝視する。が、動かぬ星がちらちらと瞬くばかりで、あの鋭利なる光の筋は、あれから一向に現れる様子はない。


 もはや私は、天の星にも見捨てられたのか?心は悲哀に包まれ、目頭が熱くなる。そして私は諦めて再び歩み始めたその時、私の左の空に、青白く光る何かを感じる。

 反射的に私は、その方角に振り向く。それは真っ直ぐに、そしてはっきりと、先ほどよりも明るい光で私の手を青く照らす。

 まだ、間に合う。私は咄嗟に、暖かい食事と穏やかな寝具のある生活を想う。さらに願いを重ねようと想う私の前から、その光は儚くも消える。

 それでも流星が光を失う前に、私は自身のささやかな願望を託すことができた。でもまだ、私には願いがある、夢がある。

 お肉料理も食べたい、この薄い衣服を覆う、羊の毛で作られた温かな上着も欲しい。窓辺に大きな背もたれのある椅子を置いて、日に当たりのんびりと過ごしたい。そして、その傍らに想い人のいる風景を思い描く。

 今の私には、到底叶わぬ願いだ。でも、せめてその妄想に浸るひと時を、私に与えて欲しい。

 星に願いを、星に希望を。私は、天に祈る。


 すると星の河を、無数の青い光の筋が横切り始めた。


 ああ、それはまるで、流星の雨のようだ。空を見上げる私を、流星の光が照らし続ける。私は、流れる星々に願いを念じ始める。


 ………


 ………


 んん〜?


 ちょっと待って。


 いくらなんでも、多過ぎる。


 雨どころではない。あれはもはや、豪雨、いや、滝のようだ。

 星の河を横切るそれは、無数の眩く青い光の筋が幾重にも重なり、星の河を切り裂いているようだ。さらにその筋の両端には、時折、光の球が現れる。

 不思議だ。こんな流星、見たことがない。

 私が願いを唱え終えても、まだ光る。一体どれだけ流れれば、気が済むのか?

 先ほどまでの歓喜は、恐怖に変わる。光の筋と、その両端に瞬く幾つもの光の球が、真っ暗なはずの新月の夜を、満月以上に照らし続けている。

 そして、その流れ星の一つが、赤く光り始める。


 妙な流れ星だ。


 その赤い光は、徐々にだが、こちらに向かってくる。

 それはますます大きく、私の方に迫ってくる。

 不思議なことに、赤い光はやがて、青色に変わる。そしてその光は、4つに分かれながらこちらに迫る。

 真四角に並ぶ4つの光が、向かっている。その光からは、ゴゴゴッと、まるで地響きのような重い音まで響いてくる。

 そこで私は、命の危機を感じる。


 慌てて、私はその場を駆け出す。明るく照らされた青い草原の中に向かって走る。だが、その4つの光は容赦なくこちらへ降ってくる。

 腹の底まで響く音、眩ゆいばかりの青い炎のような4つの光の柱、それらが私のいるこの草原の真ん中へと、迫り来る。


 見上げればそれは、まるで石の砦のようだ。薄い灰色の、巨大な砦。王都にある王宮よりも、いや、もしかすると西の最果てにあると言われる堅固な城よりも大きいのではないかと思われる、その石の砦。


 だけどどうして、砦なんて降ってくるの?

 しかもなぜ、私に迫ってくる?


 やがてその石の砦の一端は、草原に接する。その直後、猛烈な粉塵が巻き起こる。


 波立つ草原の草、その波紋が私の立つ場所へと達する。その風の大波を食らった私は、まるでイチョウの葉のように、ひらりと空に舞い上げられる。

 強く青い光に照らされ、空を粉塵や草と共に舞い上がりながら、私は今までの人生の記憶を見ていた。幼馴染との川遊び、父親と手を繋ぎ、街に向かった日々、母親に抱かれて眠りにつくひと時、まるで、走馬灯のようにそれは、私の目の前に現れて、消えていく。

 そして私は地面に叩きつけられ、意識を失う……


「……大変だ!民間人が!大丈夫ですか!?」


 どれくらい、時間が経ったのだろうか?不意に叫び声が聞こえ、私は意識を取り戻す。口の中が、ジャリジャリする。右の手には、藤籠の取手だけを握りしめている。薄く頼りない服は、ところどころが破れている。

 腕や足、背中が痛い。だが、その痛みが、私がまだ生きていることを私に教えてくれる。だけど私には、起き上がる力も気力も湧き起こらない。ただボーッと、目の前に見えるこの見知らぬ人物の顔を、ただ眺めることしかできない。


「こちらコルベール中尉!民間人一人を発見!我が艦の着地衝撃により、負傷した模様!……はっ!了解しました、直ちに収容します!」


 その人は、男の人だ。その男は、なにやら薄く黒い板切れに向かって叫ぶと、それを懐にしまって、私を抱き抱える。


 何が起きたのか、まったく見当もつかない。ただ分かることは、私はその群青色の服を着た男の人の両腕に抱えられて、あの石の砦に向かっているということだけだ。ふと、顔を傾けると、同じ服を着た幾人かの人が、周囲を走り回っている。

 訳のわからないまま、私はその石砦の下端に辿り着く。そこは白い光で満たされている。新月の夜に順応した私の目には、その光は痛い。そして再び、私は意識を失う。


◇◇◇


 私は今、柔らかなベッドの布団に包まれている。微睡(まどろ)む意識の中、もう一度、目を閉じて、再び夢の中へと戻ろうとしたその時、私の名を呼ぶ声で起こされる。


「ローラ!」


 ……せっかく惰眠を貪ろうとしているのに、なぜ、邪魔をするかな。


「……モーリス、だって今日は、お休みなのでしょう?」

「だけどもう10時だよ。朝食もできてるし」


 何としても、私を起こしたいらしい。私は毛布を手繰り寄せ、顔を半分ほど隠して、少し甘えた声でモーリスに言う。


「……じゃあ、食卓まで、連れてって欲しいなぁ」


 呆れ顔に、微笑みを加えた表情で、私を見つめるモーリス。そして彼はベッドに手を潜らせて、私を抱える。持ち上がる、私の身体。滑り落ちる毛布。そのまま私は、食卓まで運ばれる。

 食卓にはすでに、ロボットアームが調理したトーストとハムエッグが並んでいる。傍には、コーンスープの入ったカップ。その前に私は降ろされ、向かいの椅子にモーリスが座る。


 そう、あの夜も、私はモーリスに運ばれて、気づけば駆逐艦の医務室という場所にいた。あれから8か月、私は、私を抱えたこの男の人と、いつのまにか人生を共に歩んでいる。


 モーリス・コルベール。地球(アース)783という星からやってきた、駆逐艦1278号艦の砲撃手の中尉さん。


 あの晩、私が見た流星の雨は、百隻の駆逐艦が放った砲火だった。数十もの連盟の船とやらがこの地球(アース)の近傍に現れて、それを駆逐すべく放った、戦さの光だった。

 たった一撃で、私のいた街を跡形もなく消し飛ばせるほどのビームというやつを、あの晩、何百、何千と放っていたのだ。

 そしてその最中に故障した一隻の駆逐艦が、この大地に引き寄せられて、私のいる草原に落ちてきた。


 何のことはない、私が祈りを捧げたのは、流れ星などではなかった。私は、人の操る戦さの船とその砲火(ビーム)に、必死に祈りを捧げていたのだ。

 だけど、どういうわけか私は、その願い通り、暖かい食事、温かい布団を手にする。

 そして、優しい伴侶との出会いをも、叶えることができた。


 駆逐艦(ほし)に願いを。今でも時々、私は上空に現れる灰色のあの石砦のような宇宙船に、願いを込めることがある。


 いつまでも、この幸せが続きますように、と。

(完)

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつまでも、この幸せが続きますようにという。終わり方が好きです。
[良い点] 暖かい食事と寝床、願いというにはささやかすぎる。うぅ、これからいっぱい幸せになるんやで( ω-、) [気になる点] はたして願いがかなったのはローラなのか、モーリスなのか…( ´∀`) モ…
[一言] 超展開ですね。それを受け入れるヒロインもすごい!
2021/12/16 23:06 退会済み
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