雨降るとき
何か要望等有りましたら、お気軽にどうぞ!
「何だあれは………」
それは幾度となくC級ゲートを攻略し、様々な悪魔を断ってきた徹ですらそんな声をあげてしまうほどに"歪"であった
洞窟にしては高すぎる天井、至るところに空いている穴。その穴から天井一面に、そして部屋の側面を伝い、侵入者を囲むように床まで絡み付いている蜘蛛の巣。
お前たちを絶対に逃がさないと言わんばかりのその巨大要塞は確かに異様だ。
しかし
それはD級ゲートに限った話であり、C級ゲートを経験してきた徹からすれば何も珍しい光景ではない。
では、何にこんなにも動揺しているのか…………………
「こんなアンガンチュラクイーン見たことないぞ…………」
通常であれば全長40cmほどの小型の蜘蛛型悪魔だ。クイーンであれば平均6mほど。中には全長10メートルほどの個体にも遭遇したこともあるが、今回は次元が違う。この高すぎる天井に頭をぶつけそうな程に巨大なクイーン。ざっと見た感じ少なくとも30mはあるだろう。
「くそ………兄貴のビルよりも高いぞ………」
そして何よりその不釣り合いな身体。
上から糸で吊るされた瓢箪のようだが頭から胴までは1m位しかないのだ。残りが全部その超膨張した腹部であるという事実。
「…………」
「キモすぎなんですけどぉ」
「何年生きてきたらこんな巨大化すんだよ………」
「嫌な予感がするな」
「どう見ても産卵期だよな……………」
徹含むC級6人がそれぞれにその異様さを感じ取っている。
それは周りのD級や俺達E級3人にも伝わったらしく、秀は先ほどまでの目の輝きが消え、無意識の内に歯軋りをし出した。もう一人のE級も不安そうな瞳でC級ハンター達を見つめている。
だが……俺にとっては最早そんなことはどうでもいい。秀とは別の原因で無意識に歯軋りしてしまう。今まで生きてきた中で感じたことの無い嘔気。人は空腹を通り越すと吐き気を覚えるようだ。
味なんて無くていい
食いたい
喰らいたい
噛み千切りたい
咀嚼したい
飲まれた
『飢餓』に抗えず欲望の波に飲まれた。
俺は気付いたら飛び出していた。パーティーの誰一人として動き出せない中。とち狂ったように一心不乱に走り出した。
あの日、急に筋肉がついたがあれ以来そのような不思議な事は起きていない。だがせっかくの機会だしと思いあれから筋トレをするようになった。あの事故から4日程ダンジョンに潜っていなくて久し振りの悪魔討伐だが、自分の身体がすごく軽く感じる。
あの日槍に貫かれて心臓ごと粉々になった片手剣から乗り換えて新しく購入した双剣で俺は舞う
「お、僕達もいくぞ!」
「よし!お前らもついてこい!」
「ま、まぁ何とかなるっしょ!」
訳が分からず取り敢えずC級に続くように残りのメンバーも走り出す。ここでようやく徹は自分自身が犯した罪に気付いた。対アンガンチュラ戦での鉄則。嫌というほど兄に叩き込まれたはずの注意。動揺が彼の意識を乱していた。だが気がついたときにはもう時既に遅し
「あぁ!!!皆さん!くれぐれも周りの蜘蛛の巣には触れなぁ……………」
「えっ……………………………………………ぃ嫌アァァァァ!!!」
踏み込んだ足に絡まった糸を振り払おうとブンブンと振り回す女。一瞬の静寂の後、洞窟内に響く足音。だがそれは人間のものではなく……………
「何よぉコイツらッ!!離れなさいよっ、嫌ぁ………やめっ……あっ………ぃぃやぁぁ……………」
振動が糸を伝い瞬く間に穴から大量のアンガンチュラが濁流のように群れを成して迫り来る。足の絡まった女はホラー映画のように蜘蛛に群がられ、ものの数秒で糸でくるまれ穴まで運び込まれようとしていた。
俺はひたすらに双剣を振るう。集団で群れて敵を補食するが個としてはそんなに固いわけではなく大剣の一撃で葬れる程度だ。だがこれだけの数ともなれば最早一匹一匹に構っている暇はない。
「僕と藤森で彼女の救出に向かいます!他の方々もクイーンは後回しにしてこの大群を先に狙ってください!!」
徹の指示のもとそれぞれが武器を振るう。魔術師は一塊になりガーディアンの盾の内から範囲攻撃を放つ。この局面においてもっとも有効なのは魔術師の範囲攻撃呪文である。
「藤森!今だ」
「了解!魔操盾術ガンレスガン」
合図と共に徹にバフがかけられた。
全ての役職において武器の物理攻撃の他に魔術を組み合わせて戦うことは可能である。それが剣で有ろうと、弓であろうと、盾であろう。そもそも魔力操作は難易度が高く魔術師という役職はどの等級帯でも重宝される。
しかしそんな魔力操作を武器を振るいながら行える者はかなりの上級者であろう。
魔操盾術ガンレスガン
魔操ガーディアン特有のバフ魔術により、発動者の任意で対象にバフをかけることが出来る。
その効果は『ヘイトの略奪』だ
女を巣穴に運び込もうとしていた蜘蛛達が一斉に徹に飛び掛かる。徹は真上に刀身を向け両手で剣を握る。その細く冷徹な刃は戦場を彷彿とさせた。
『血雨』
その瞬間、徹の周りの蜘蛛達が貫かれる。徹はその場から一歩たりとも動かず剣すら天にかざしたまま天命を待つ。まるで雨のように降り注ぐ剣にアンガンチュラの断末魔だけが残りやがて女に集る蜘蛛が全滅した。
『血雨』
魔操剣術の内の一つ
発動者から半径10mの円状に魔力で象られた剣が降る。
アンガンチュラクイーン
アンガンチュラのメス個体。腹の中で子育てを行う。自分の臓器を食べさせることで栄養を子供達に送る。その間身動きが取れないため、臓器を提供したクイーンはその後死ぬ。