その17:A Nightingale Sang In Berkeley Square
ヘンリーは落ち続けていた。迫り来る台地には繁栄を極めた都市が見え、その至る所から火の手が上がっている。住民たちの叫び声が聞こえ、彼はその渦に巻き込まれて行く。
――違う、ここじゃない。
隣の席のセールスマン氏を見る。彼は祈るのを(歌うのを?)止め、鱗模様のマスクの代わりに酸素マスクを着けている。酸素マスクの中は黄色のドロリとした液体で満たされていて、彼は「いつまでも、ここにいたい」とつぶやいている。
――違う、ここじゃない。
席を立ち室内を見渡す。酸素マスクの乗客たちはセールスマン氏と同じ目つきをしているが、その他の乗客たちの目は絶望で満たされている。
突然、セールスマン氏が、「ついに!あの予言が!!」「おれの身にも!起こったのだ!!」と叫び出したが、彼の右目には鱗模様の眼帯が着けられている。
――違う、ここじゃない。
真っ白な大地に叩きつけられる。目を覚ますと、そこには見知らぬ天井が拡がっていて、全身には軽い痛みが付きまとっている。六人の看護師と六人の医師が彼を取り囲み、「よくぞ!ご生還されました!!」と言って大宴会を始める。
――パッパラ、パッパラ。
飛行機事故の記憶が遠い過去のものになっていく。「それでは、ご自宅までお送り致します」と医師の一人が言い、真っ黒なタクシーに乗せられる。ロンドン・アイの大きな目が見えてきたところで東からの突風が吹き始め、真っ黒なタクシーは郊外へと押し戻されて行く。
――パッパラ、パッパラ。
風に紛れていくつもの岩が飛んでくる。真っ黒なタクシーの真っ黒な運転手はつぶされ、残された彼は一軒のアパートに迎え入れられる。大きなネコと長い舌の犬が足元にすり寄って来て、部屋の奥からキレイな女性の歌い声が聞こえる。
――パッパラ、パッパラ。
「エディス?!」叫びながら扉を開く。白いドレスを身にまとった金髪の女性がブラック・プディングを持って近付いてきて、食べるようにとせがむ。窓の外では飛行機事故の後始末がはじまり、屋根に上った痩せぎすの男が地面へと落ちて行く。
――違う、ここじゃない。
壊れはじめたアパートから飛び出す。公園広場の向こうにはベントレーとロールスロイスの販売店が見え、いつかの夜にいつかのエディスと歩いた場所だと気付く。頭のうえでは三羽のナイチンゲールが弧を描き、正確なイギリス英語で歌を歌っている。
――パッパラ、パッパラ。
耳をふさぐ。走り出した彼を公園の草花たちが罵って、そのツタやツルで彼をからめ取ろうとする。池の水が急に増え、水の奥には彼の顔が映っている。
――パッパラ、パッパラ。
――違う、ここじゃない。
――パッパラ、パッパラ。
――パッパラ、パッパラ。――




