その10:エジンバラでの夜
「さあ、婿どの、世界一勇敢で、世界一奇特な婿どの、答えて――」
エジンバラでの夜が想い出される。
お父さんが、いつものクイズを――下世話なジョークの入ったいつものクイズを、ヘンリーに出している。
ヘンリーは、まさか恋人の――婚約者の父親からそんな下世話なクイズを出されるとは思ってもいなかったのだろう、返答に困っている。
「さあ、どうした?」
耳まで赤くなったヘンリーを見ながら、お父さんは楽しんでいるようだ。頭の上にあげていた両手をゆっくり横に広げながら、『さあ、答えて』という恰好を取ろうとしている。
お父さんの嬉しそうな笑顔とヘンリーの心底困った顔を見て、私とお母さんが同時に、
「二階にいたのが、奥さんだから!!」
と、答えた。
お父さんのいつものネタだから、私たちに答えられないはずがない。
「俺は、婿どのに、世界一勇敢で、世界一奇特な婿どのに、答えてもらおうとしたんだ――」
と、お父さんは言っているけれど、結局ヘンリーは困ったまま静かに笑っている。
「じゃあ、次は私の番ね」と、ここで、お母さんの助け舟が入る。
「どうぞどうぞ、よしなに」三分の一ほど残っていたグラスのワインを飲み干しながら、悔しそうにお父さんが言う。
「神は男と女を創りたもうた――」と、これもいつものクイズだけれど、途中まで言い掛けたお母さんは、ハッとしたようにヘンリーの方を向いて、
「……ここは認めてよね?話の前提なんだから」と言った。『全ての科学者は無神論者である』と、お母さんは、多分、今でも思っている。
これまた、お父さんの時とは違う意味で、返答に困った顔を彼はしたが、それには構わずに、お母さんが続ける。
「では、なぜ、神は女を美しく、そして愚かにお創りになられたのか?」私とお父さんが答えを言わないよう目配せをしながら、お母さんが言う。
「さあ、ヘンリー、答えて」
天井に気になる模様でも見付けたのだろうか、しばらく目を上に向けたままで、彼が答えた。
「美しく創られたのは――男に恋して貰うため?」
「流石!!正解よ」壊れんばかりの勢いでお母さんがテーブルを叩く。
「では、愚かなのは何故?」
今度は、目の前のカップに気になる染みでも見付けたのだろうか、しばらく手前の空間に目を向けたままで、
「本当は――、女性は愚かではない?」
と答えた。
私とお父さんはたまらず笑い出したそうになったが、お母さんはそれを止めると、
「なかなか良い答えよ」と言いながら、お父さんを抱き寄せた。「でも、ちょっと違うわね」そうして軽く微笑んでから、「答えは――、『男に恋をするため』」と言って、お父さんの広くなり過ぎた額にキスをした。
ヘンリーは、またもや困った顔をしているが、それは嬉しそうな困り顔だったし、それになにより、私の方を見ながらの困り顔だった。
「じゃあ今度は、あなたの番よ」と、お父さんを解放しながら、お母さんが言った。「でもね、ヘンリー。難しい科学の話はやめてね、答えられなくなるから――」
「なければ良いのよ、やらなくても」と、私は言ったけど、彼は、今度は私の後ろの壁の方をジッと見詰めながら、こんな《昔起きたはずの話》を始めた。




