冬の落とし物
12月半ばある日のこと、小学校から戻ったケンくんは同じマンションに住むリョウくんと一緒に公園に遊びにいきました。
吐く息は白く、むき出しの耳も赤くなるほど寒いのに二人とも外で遊ぶのが楽しくてしかたありません。
夏は夏で汗だくになりながらかくれんぼ、疲れたら木陰で涼み、お母さんが持たせてくれた水筒の麦茶で一息つきます。
冬は冬で休みの日には日の当たらない場所にある霜柱を踏んで足の裏で感じる氷の感触にはしゃぎ、日が落ちきるまでの短い間ほかの友達と一緒に追いかけっこをしたりサッカーをしたり楽しみます。
「クリスマスプレゼント、なに頼むの」
「うんとね、この前でたヒーローの武器とバイク!すごいんだよ、バイクがロボットに変型するの!」
ケンくんは目を輝かせていいます。
リョウくんはたくさんあるヒーローのおもちゃをよくは知りません。
でもヒーローになりきるケンくんをみるのはとても好きでした。
「リョウくんはなにを頼むの?」
「僕?僕は新しいお魚の図鑑がいいな。誕生日にもらったものは写真もいっぱいあったけれどもっといろんな種類の魚がみたいから」
「図鑑もらえたら俺にも見せて」
「いいよ、一緒に見よう」
二人で指切りをしてから公園を散策し出します。
公園の石の裏には丸まったダンゴムシ、はだかんぼの木を揺らしてみればわずかに残っていた枯れ葉が舞い落ちてきます。
冷たい空気の中で空はどこまでも高く見えました。
日が落ちてくると寒さは急激に増して二人は震えます。
そろそろ帰らねばなりません。
「明日は休みだね」
「そうだね」
「リョウくんは出かけるの?」
「うん。お正月のいろんなものを買いに行くんだって」
「そっか」
「ケンくんは?」
「母さんが明日お仕事入ったからお留守番してる」
「そっか」
手をつなぎマンションへの道を歩きながら二人はふぅーっと白い息を空に向かって吐き出しました。
白いそれは高く上るにつれて見えなくなります。
ふとケンくんは道端に白い石が落ちていることに気づきました。
リョウくんの手を放して近寄ればとても丸い丸い、なめらかな石です。
拾い上げればきらきらと光るようでケンくんはとても気に入りました。
「みてみて」
「わぁ、きれいな石」
「まっしろでつやつやだ…」
道端にしゃがみこみ石を宙にかざしてはその輝きを見つめます。
ケンくんはその石を持って帰ることにしました。
「母さんにあげるんだ」
「いいね。きっと喜ぶよ」
大事にポケットに石をいれるとそこだけひんやりとした感触があります。
ケンくんは再びリョウくんと手をつないでマンションへと戻りました。
その夜のごはんは暖かなお鍋でした。
ケンくんはお父さん、お母さんとともに鍋を囲んで笑顔です。
ですが先ほど拾った石をお母さんにあげるのをすっかり忘れて眠ってしまいました。
『私の、どこ』
眠るケンくんのそばで声がします。
女の子の声でした。
声に起こされケンくんは目をこすりながら起き上がります。
『私の、ない』
誰かが泣いているようです。
「だぁれ?」
『お母さんから預かった私の大事なものがないの』
「大事なもの?」
『あれがないと困るの』
暗闇で泣いているのは女の子でした。
白い着物を着て、髪も白く、そこだけ空気が冷たいのです。
保育園の先生に読んでもらった絵本の中に出てきた雪女のようでした。
「一緒に探してあげようか」
『本当?!』
眠たいケンくんでしたが泣いている女の子を放ってはおけません。
一緒に探すことを伝えると泣いていた女の子は顔をあげます。
不思議と青い目をしていました。
小さくくしゃみをしたケンくんは急いで上着を持ってきました。
それから手袋も。
厚手の上着はケンくんの冷えた体を温かくしてくれます。
「どこで落としたの」
『わからないの』
女の子は小さく鼻をすすって言いました。
聞けばお母さんと一緒にここへきて、気づいたらなくなっていたというのです。
彼女にとって大事な大事なそれをなくしてしまったことをお母さんには言えず、こうして一人で探しているのだといいます。
『あれがないとお母さんが困ってしまうの。お仕事できないから』
「どんな形をしているの」
『形…丸いの。大きくて、きらきらしていて』
「丸くて大きくてきらきらしていて」
うーんとケンくんは首をひねりました。
丸いものといえばボールが浮かびます。
ケンくんはリョウくんや小学校の友達とサッカーをするのが大好きですから、丸いものといえばサッカーボールが出てきます。
ですが、サッカーボールはきらきらしていません。
きらきらしているものといえば、12月に飾るクリスマスツリーの飾りにもありました。
あれは丸くてきらきらしています。
ですが大きくありません。
大きくて丸いもの、と考えてみました。
「あのテレビのビルには大きな丸いものがあるけれど、きらきらはしていないよね」
ケンくんはマンションの屋上から見ることができるビルを思い出しました。
あのビルには丸いものがありますが、キラキラはしていないのです。
女の子と捜し歩きながらケンくんは様々な場所を過ぎていきました。
学校も、商店街も、駅も、アミューズメントパークも。
女の子の探し物はなかなか見つかりません。
『どうしよう…お母さんに叱られてしまう…いけない子だって言われてしまう』
「大丈夫だよ、きっと見つかるよ」
女の子の手をそっと取りました。
とても冷たい女の子の手です。
驚いたケンくんは自分の手袋を外して女の子の手にはめてやりました。
リョウくんのお母さんが、リョウくんとおそろいで編んでくれた毛糸の手袋です。
女の子は毛糸の手袋を不思議そうに見つめました。
『あたたかい』
「うん。リョウくんとおそろいなんだ。これつけてるとすぐにあったかくなるよ」
初めて手袋を見たのでしょうか、女の子は目を丸くしています。
ケンくんの手はすぐに冷たくなってしまいますが、上着のポケットにいれてしまえばわかりません。
並んで歩いていればケンくんは少し寂しくなりました。
真っ暗な中で女の子の探し物を一緒に探してはいるのですがなかなか見つからないからです。
「リョウくんいたらなぁ」
『リョウくん?』
「俺のお友達。赤ちゃんの頃から一緒でとっても仲がいいんだ」
ケンくんの言葉を聞いて女の子はぱっと笑顔になりました。
『そのリョウくんもいたら私の探しているもの見つかるかな』
「きっと見つかるよ。リョウくんはすごく頭がいいんだ」
『どこにいるの?』
「僕の上の階に住んでるんだ。行ってみようか」
『うん』
女の子がうなずけばすぐに周りの景色が変わりました。
そこはリョウくんの部屋です。
何かを調べることが大好きなリョウくんの部屋にはたくさんの図鑑がありました。
何度も何度も読み返しているせいか、背表紙はぼろぼろで色あせているものも多くあります。
どんなに古いものでもリョウくんは大切にしていました。
「リョウくん、リョウくん」
「ん…え、ケンくん?なんでここにいるの?」
ベッドに近づいてそっと声をかければ少しうなってからリョウくんは目を覚まします。
目の前にいるケンくんにとても驚いた様子。
そして少し困った顔で立っている女の子を見れば誰だろうかと首をかしげます。
「あのね、あの子何かを探しているんだって。でもなかなか見つからなくて。リョウくんにも手伝ってもらえないかなって思ってきたんだけど、やっぱりいやだよね…」
「ううん、いやじゃないよ。驚いただけ。ケンくんはいつだって困ってる人を助けるんだもんね」
リョウくんは笑ってうなずけば自分も上着を羽織ります。
素足に靴下を履けばベッドから降りて女の子に近づきました。
少し腰をかがめて目線を合わせます。
「何を探しているの?」
『丸くて大きくてきらきらしてるもの』
「どこで落としたの」
『わからない。でもたくさん人がいたのは覚えてるの』
「たくさん人がいたかぁ」
リョウくんは考えました。
このマンションの近くで落としたとするならばたくさんの人がいる場所など限られています。
ケンくんとリョウくんが通っている小学校、駅前の商店街とそばにあるショッピングモール、それからこのマンションそばにある公園と幼稚園です。
一か所ずつ探してみるべきでしょうか。
「どのへんで落としたのかは覚えてないの?」
『お母さんにだっこされていたから覚えていないの…でも楽しそうな笑い声が聞こえた』
白い着物の女の子はぽろぽろと涙をこぼしました。
ケンくんもリョウくんも女の子の涙を止める方法なんて知りません。
リョウくんは自分の引き出しからタオルを出してきて女の子に差し出しました。
丸くて大きくてきらきらしているものはいったいどこに行ってしまったのでしょう。
このままでは女の子はお母さんに叱られてしまうのではないでしょうか。
困っている人には優しくしなさい、と二人ともお母さんによく言われていました。
二人は顔を見合わせてうなずきます。
「行こう」
「三人ならきっと見つかるよ」
二人の差し出した手を女の子はじっと見つめます。
手袋をした手で柔らかなタオルを握りうなずきました。
二人は女の子の手を握り外へ出ます。
まだ夜も明けきらない真夜中です。
まん丸のお月さまが高いところから三人を見守っています。
三人は車一台通らない道路を連れ立って歩きます。
まずは小学校へ行ってみることにしました。
真夜中の小学校はとても暗く、当然ながら人の気配はありません。
昼間は小学生たちの元気な声が響くその場所も夜となっては不気味な静けさに包まれていました。
リョウくんとケンくんはごくりとつばを飲み込みます。
こんな夜中にここへ来たことはもちろんありません。
「怖いね」
「すごく怖い」
二人は手をつなぐ女の子を見つめました。
怖さはもちろんありますが女の子の探しているものを見つけなければいけません。
意を決して校門を開けました。
静かなその場所に門がきしむ音が響きます。
女の子とつないだ手を強く強く握り、三人並んで校庭に向かいます。
遊具のある場所を探し、飼育小屋を探し校舎のそばの花壇を探しましたがやはり見つかりません。
「なかったね」
「ないね」
三人は学校を出て駅のほうへと向かいました。
もう電車は走っていません。
ですから駅員さんもいない駅構内も、やはり静かなものでした。
駅前に伸びる商店街も暗く物音ひとつしません。
三人は改札を探し、切符売り場を探します。
商店街は足元も暗くよく見えません。
一軒一軒店の前を探してみますがなかなか見つかりません。
ケンくんは寒さにかじかむ手に息を吹きかけました。
小学生の二人の足では疲れがたまる一方です。
リョウくんは小さくくしゃみをしました。
『…もう、いいよ。見つからないもの』
女の子はつぶやきました。
泣きそうになるのを堪え二人に笑顔を見せます。
『ありがとう、探してくれて。このままだと二人が倒れちゃうからここで終わりでいいよ』
「そんなのだめだよ。女の子が困ってるのに助けなかったらあとでお母さんが怒る」
「女の子には優しくすること、それが泣いている女の子ならなおさら」
二人は笑顔で言いました。
女の子は二人のやさしさにまたぽろぽろと涙をこぼします。
ありがとう、と口からこぼれました。
二人はその言葉が聞こえたのか笑顔を浮かべます。
残るは公園だけとなりました。
「見つかったら一緒にココア飲もうね」
『ココア?』
「うん、チョコレートの飲み物だよ。甘いんだけど君は知らないのかな?」
女の子はうなずきます。
三人は公園に着くまで何が好きか、どんなことで遊ぶのかという話をしていました。
楽しく歩いてきた三人でしたが公園に着けばやはりそこは真っ暗でした。
かろうじて街灯で周囲が確認できます。
三人は顔を見合わせうなずきあうとつないでいた手を放して各々公園の中を探し始めました。
ケンくんは遊具のそばを、リョウくんは花壇の周辺を、女の子は公園を囲む木々の間を、それぞれ手探りで探しました。
顔に土がつき、リョウくんの手袋は汚れてしまいます。
冷たくなった指先に息をふきかけてケンくんは遊具の隙間に入っていないか確認しました。
女の子はそんな二人の様子を見つめて少し泣きそうに顔をゆがめます。
もとはといえば自分がなくしてしまったからなのにどうして二人はあんなに一生懸命探してくれるのでしょうか。
泣いてしまったら彼らに心配をかけてしまうと思いごしごしと顔をこすります。
顔に柔らかな糸が触れると手にはまった手袋が視界に入りました。
ケンくんが貸してくれたものです。
『がんばらなきゃ…』
二人に聞こえないほどのつぶやきです。
女の子は必死に木々の隙間を探します。
「ねぇねぇ、ケンくん」
「なぁに」
一通り探し切りやはり見つからないとわかればどうしたものかと顔を見合わせるケンくんとリョウくんでしたが、リョウくんは思い出したことがありケンくんに近づきます。
「大きくはないけど白くて丸いやつなら拾ったよね」
「あ、拾ったー」
リョウくんに言われてケンくんは着ていた上着のポケットから昼間拾った白くて丸くてつやつやした石を取り出します。
二人できれいだな、と見ていれば近寄ってきた女の子が目を丸くして石を見つめていました。
その視線に気づいた二人は顔を見合わせて女の子に近づきます。
「これ?」
『そうかもしれない』
「もってみて」
女の子の手にそっと石を乗せます。
石は女の子の手の上で光ったかと思うとその姿を変えました。
丸かったはずの形は細く伸びて大きさもどんどん縮んでいくようです。
女の子は手の中で変わっていく形に驚いて口を開けたままです。
ケンくんもリョウくんもどんな形に変わるのだろうかと食い入るように見つめました。
丸かった石は細く小さくなり、やがて雪の結晶の飾りをつけた小さな髪留めへと変わりました。
その髪留めを見た女の子はついにぽろぽろと涙をこぼし始めました。
探していたのはこれで間違いないでしょうに、どうして泣くのか二人にはさっぱり見当もつきません。
『おかあさぁぁぁんっ』
女の子は大きな声で泣きじゃくります。
慌てふためくケンくんとリョウくんですが彼女を止めることはできません。
どうしたものかと困っていれば視界に入ったのは空から落ちてくる雪の結晶でした。
二人ともはじめてみるその輝きに目を奪われます。
『我が娘、ようやく珠を見つけたか』
女性の声が二人の後ろからしました。
それと同時に猛烈に雪が降りだします。
『おかあさん!』
女の子は二人の横を通り抜けて背後にいる誰かに抱き着きました。
雪でかすむ視界の中、ケンくんとリョウくんは後ろを振り向きました。
そこには女の子と同じ白い着物に白い髪の女性が立っていました。
青というよりも紫に近い瞳が腰に抱き着く女の子から目の前にいる男の子二人へと向けられます。
『なにゆえ共に人の子がおる?』
『お母さん、私お母さんから預かった珠を落としてしまって、二人が一緒に探してくれたの。だから怒らないで。私が悪いの』
『そうであったか。よい、お前の声を聞いて共に探してくれたのならば怒りはすまい』
そういったのと同時に雪が穏やかになりました。
リョウくんは昔おじいさんに読んでもらったお話を思い出しました。
年に一度日本には冬の女神がやってきて各地に自らの子供である雪の精霊たちを置いて日本中を冬にするのだと。
雪をそのまま人の形にしたかのような真っ白い姿で日本を冷たい空気で包み込むのだと聞いたのです。
では、まさしく雪でできたように白い女の子は雪の精霊で女性のほうはその母である冬の女神だというのでしょうか。
リョウくんはわずかに震えてケンくんの袖をつかみます。
『…人の子よ、わが娘の探し物を手伝ってくれたこと礼を言う。本来であれば我らの姿を見た人間は凍らせねばならぬが、娘に力を貸してくれたことに免じて今宵は何もせぬ』
『お母さん、お礼したいの』
『そうだな…何もせぬというのはあってはならぬ。神としての顔もなりたたぬ』
何がいいだろうかと話し合う二人を前にしてケンくんとリョウくんはほっと力を抜いてしゃがみこみました。
女の子の探し物が無事に見つかったのもお母さんに会えたのも喜ばしいことです。
二人とも寒さで鼻の頭を赤くして笑いあっています。
『お母さん、お空の上に二人を連れて行ってあげて』
『ふむ、物を渡すのはいささか気が重いがその程度であればよいだろう』
しゃがみこむ二人の前に白い手が差し出されます。
顔をあげた二人を無表情の女神が見つめていました。
おずおずと手を二人一緒に手を握ればふわり、と体が浮かび上がります。
ケンくんはリョウくんを引き寄せてしっかりと二人で抱き合います。
落ちてしまうのではないかと不安がっていた二人ですが落ちることなくだんだんと空へのぼっていくことに気づけば満面の笑みを浮かべます。
街の明かりも下になり雲の切れ間へと入っていきます。
「すごい!みてケンくん!僕たち雲の上にいるよ」
「雲って食べられるかな?触って平気?」
ケンくんは雲に触れて、冷たい!と手を引っ込め、リョウくんは何でできているのだろうかと興味津々で雲を見つめています。
女の子は二人のそばに立つと雲へ手を差し入れて冷やすと雪の塊を差し出しました。
雲が雪になったことに驚く二人でしたが溶けた雪が水になることを思い出せば納得します。
しばらく雲の上で女の子と遊んでいたが東側の空が白んでくる。
そろそろ夜が明けるのだ。
『人の子よ、時間がきた。お前たちは戻らねばならない』
「もう?」
「しょうがないよ、朝だもん」
残念そうな顔をするケンくんでしたが、朝になって部屋にいないことがお母さんに知れたら大騒ぎになるかもしれません。
リョウくんを連れてきてしまったこともあります。
本当はもっと遊びたかったのですがしぶしぶうなずきました。
『ほんとうにありがとう。髪留めがあれば私は雪を降らせられるの』
「君はこの町に雪を降らせるの」
『うん!』
「ケンくん、もしかしたらどこかで会えるかもしれないね」
「そうだな」
マンションの前まで連れてきてもらい、目の前に立つ女の子とそのお母さんを見つめます。
たった一晩のお友達でしたがケンくんはお別れするのが寂しくてなりません。
リョウくんはもちろんそんなケンくんの気持ちを察しています。
「ケンくん、また会えるよ。雪が降っていたらまた」
「うん…」
『会えるよ、絶対』
女の子も笑顔で言いました。
そしてはっと気づくと手袋を二つとも外してケンくんに差し出します。
『ありがとう、とっても暖かった』
「…これ、持っててよ」
『でもあなたが寒くないの?』
「僕はまたお母さんに編んでもらうから大丈夫」
リョウくんが言います。
女の子はリョウくんとケンくんの顔を交互に見て、それからもう一度手袋を見て笑いました。
『大事にするね』
「うん」
女の子はお母さんのそばに立つと再び空に上がっていきます。
ケンくんは女の子の髪に先ほどの髪留めがついていることに気づきました。
その髪留めからきらきらと雪が落ちていきます。
髪留めが雪を降らせるための道具だったのでしょうか。
白んできた空に溶けるように消えた二人に聞くことはもうできません。
二人は眠たい目をこすりながらマンションの中に入ります。
とても眠たいのです。
部屋まで戻ったところで鍵を開けられるはずもありません。
風の吹きこまない場所にしゃがみこんで身を寄せ合います。
「また、会いたいね」
「会いたいね」
二人は女の子の笑顔を瞼の裏に浮かべながら目を閉じました。
真っ暗になった世界の中でお母さんの声が聞こえます。
「ケンくん、朝よ。今日は雪が積もったから早く出ないと遅刻しちゃうわよ」
目を開いたケンくんは身を起こします。
ベッドで眠っていました。
ベッドを降りてカーテンを開けます。
目に突き刺さるような朝日がケンくんを迎えました。
まぶしさに目を慣らすように何度か瞬きをして外を見ればケンくんは顔を明るくします。
部屋を飛び出してリビングで朝食を並べるお母さんに抱き着きました。
「お母さん!雪!雪が降ってる!」
「昨日の夜降ったみたいね。今日は寒いからしっかり着ていきなさい」
「うん!」
ケンくんは着替えをするために急いで部屋に戻ります。
昨日のことが頭をよぎります。
部屋の中を探しても手袋はありませんでした。
あれは夢ではなかったのだと思いました。
窓を開ければ一面が真っ白な世界に様変わりしています。
吐き出す息もいつもより真っ白でした。
ふと見た窓の手すりに大きな雪の結晶がついていました。
あの女の子が残してくれたものでしょうか。
触れたらたやすく壊してしまうのではないだろうかと思うほど繊細で日の光に輝いています。
きっと学校から戻るころには溶けてしまっているでしょう。
それでもケンくんの心にはその雪の結晶と同時にたった一夜の友達とリョウくんと過ごした時間が色濃く残っていました。
「行ってきます!」
大きな声を出して家を出ます。
マンションの前でリョウくんと待ち合わせです。
二人は顔を見合わせると入口の花壇に積もった雪に触れました。
あの雲で女の子が作った雪を思い出します。
「また、会えたね」
「うん、会えた」
二人は嬉しそうに笑えば学校が終わったら何をして遊ぼうかと話しながら小学校へと向かっていきます。
その二人の後ろ姿を積もったばかりの雪が朝日に照らされて見守っていました。