◆年越しというお祭り行事
いつもなんとなくで流していたテレビ番組の様子がめっきり変わってしまった。所謂年末ということで、大晦日に向けて特別番組が編成されているようだった。
海たちの通う東高等学校も年明けまでは冬休み。海も涼子もこたつの中から動かない生活を続けている。
「どうしてでしょうね。暑さや寒さなんて問題にならないはずなのに、こたつに関しては愛着が湧いてしまうのは」
「同意。あーさむ」
「日本人って、年末年始だけは休みたがりますよね。……もちろん働いている方がいるから休めるんですけど。……生徒会も冬休みは活動しないって言うんですのよ。暇ですわ」
「いーじゃん。暇で。何百年と忙しい生活していたらおばあちゃんになっちゃうよ」
「人間から見たら、私たちは十分おばあちゃんですわ」
「言うな」
長く生きていることを後ろめたく思うこともない。長く生きているからこそ、楽に生きているようなもの。それでもしばらく人間と一緒に過ごすと、自分たちの生き方はもったいないのだと感じる節がある。
「日本人って一般的に年末年始に何するの?」
「そうですわねぇ……。ご実家に帰って親戚同士で年を越す方たちも多いですし、子供にいたってはお正月におこづかい――お年玉をもらえる子が多いと思います。あとは美味しいものを食べたりですかね。……そうだ、せっかくですから私が何か作りましょうか!」
「いい! いらん! おそば買ったんだろ!」
「おそばだけでは寂しくありません? 何か華やかなものでも」
「お腹空いてないからいい! そばも私が茹でる!」
年号に一が足されるだけの日。それでもテーブルの上が赤く染まったり、キャンパスと錯覚するようなカラフルさを出されても困る。
こたつの温かさは名残惜しかったが、一時的にでも腹を下したくなかったため、仕方なく台所に立つ。床暖房が効いているため足元がひんやりすることはない。それでも寒く感じてしまうのは、気持ちの問題かもしれない。
「えーっと……冷凍になっているのか。茹でて天ぷらも入れると……。衣取れるだろ」
年越しそばと書かれた袋の中には凍ったそばとエビの天ぷら、つゆが入っている。そばと天ぷらを茹でればいいと書いてはあるが、おそらくエビは丸裸になってしまう。
「冷凍だし……しょうがないか」
一度揚げ物作りにチャレンジした。熱い、痛い、面倒くさい、後片付けが地獄、を味わってから、海は二度と揚げ物を自宅ではしないと誓った。
「あーいい匂いですわ。ついでにワインも取ってくださる?」
「それくらい自分で取れよ。あと日本のおそばにワインは合わないだろ」
「白ワインなら全然いけますわ」
「あぁ、そう」
どんぶりをテーブルに置き、酒のことは無視してこたつに戻る。
「カイは飲みませんの?」
「一応高校生やってますんでね」
また、アルコールの摂取は飽きた。お酒自体は好きであるが、どうしても飲みたいと思うほど飲みたくはない。
「仕方ないですわね」
見た目に反してルーズな涼子は、魔法を使ってワインボトルとグラスを手元に用意する。
「くだらんことに魔法使うよな」
「発散のために使っていいと言うならば、遠慮なく使わせていただきますが」
「私の前でやりたいならどうぞ」
「冷たいですわね。テレビ何見ます? 周りと話をあわせるならガ●使とか見ている方多いと思いますけど」
「なんでもいいよ。普段からテレビの話なんてしないし」
侑希がいつもどんな番組を見ているのか知らない。流行っているドラマの話もしたことがない。
「おそば伸びてません?」
「お前がのんびりワインを飲んでるからだろ」
実際、茹で過ぎてしまったことには変わりない。ただムカついたので責任転嫁しているだけだ。
「どうでした、えーっと九か月間、久しぶりに人間界で過ごして。女子高校生にまでなっちゃって」
「なっちゃって、って。お前がさせたんだろ」
「でも、ちょうどよかったでしょう。あなたはズルズルと何百年前のことを引きずっているんですから、ここいらできちんとしていただかないと」
「私があんな小娘一人に振り回されているわけないだろ」
「どうですかね。……過去はともかく、侑希と仲良くやっているみたいで安心しましたけど。人間ガチャ運がよくてなによりです」
海自身もクラス運、座席運には恵まれたと思っている。
「うちのクラスで席替えがないのって、シルヴィアたちのせい?」
「私はなにもお伝えしてませんよ。担任の方で気を利かせたんじゃありませんか?」
「あの先生、妙に気を使ってくるからやりづらいんだよ」
「あなたより、私よりも、ずっと魔女らしい魔女だと思いますよ」
「まぁね……。自己保身と自己利益第一ってところはそうだな」
「私もそこは優先しますけど。……カイの場合は座っているだけで、周りが避けてくれるんだから便利じゃありませんか」
「どうだか」
年が明けるよりも早くどんぶりが空になる。少し甘いものが恋しくなる後味であるが、チョコを食べたい気分でもないし、買い物にも行きたくない。
グラスを煽り、涼子がテレビの中の人間と会話をし始めた頃、海のスマートフォンが鳴る。通学する時はマナーモードのままにしているけれど、長期休み中は家の中で放置することも多く、デフォルトの着信音が鳴るようにしてある。
わざわざ海へ電話をかけてくる人物は一人。
通知されている名前もその通り。
「もしもし」
『うみちゃん? こんばんは』
「うん、こんばんは。侑希ちゃん」
『遅くにごめんね。時間大丈夫だった?』
「大丈夫だよ。涼子しかいないし」
からかわれるのも絡まれるのも嫌で、逃げるように自室へ戻った。寒い。エアコンのリモコンを探しても見つからず、仕方なく布団にもぐりこんだ。
「どうしたの、こんな遅くに。それにおばあちゃん家行くとか言ってなかった?」
『そうだよ。おばあちゃん家にいるんだけど、親戚のおじさんたちもみんなお酒飲んでわいわいしているから……誰もわたしのこと気づいてないと思うな」
――うちと似たようなものだな。
涼子の声が壁の向こうから聞こえてくる。
『せっかくの年越しだし、うみちゃんと電話できてよかったー』
「……日本では友達と電話するものなの?」
『うーん、どうかなぁ。初詣行く人たちもいるし、一昔前はメールで連絡取り合うのが流行っていたみたいだけど……。電話したら迷惑だった?』
電話先の声が申し訳なさそうに下がる。
「ううん、暇だったから。クリスマス……イブ以降侑希ちゃんと会ってなかったし、私も嬉しいよ」
『あはは、カップルみたいだね、わたしたち』
何と返すべきか悩んでいると、更に侑希が笑ってから「今年ありがとうね」と感謝を述べた。海からすれば侑希にしてもらったことは多々あれど、相手にしてあげたことが思い当たらずなお困惑してしまう。
「こちらこそ、ありがとう。分からないことだらけだったから助かったよ」
『分からないことだらけのうみちゃん面白かったから大丈夫だよ』
「どうゆう意味だよ」
『来年また同じクラスになれたらいいね。なれなくても一緒に遊ぼうね』
「なれるよ。……きっと」
運命ではなく、必然。ズルだ。
『ぁ、日付変わっちゃった。あけましておめでとう、うみちゃん』
「あー、うん。おめでとう」
『今年もよろしくね』
今まで生きてきた中で、時間の区切りはあまり意識をしてこなかったが、年に一度こういった場面が用意されてもいいかもしれない、と海は温かい感情を感じる。
……もちろん、これを何千回と繰り返すのは苦行。
暇つぶし程度の、気晴らしの催しにしかならないだろう。
「あと二年ちょっとよろしくね」
『えー大学生になったらよろしくしてくれないの? うみちゃんは人でなしだな~』
笑う彼女の声が痛い。
――忘れるのは君の方なのに。




