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四面楚歌

 平民の少女ミミは、自分が居るのが乙女ゲームの世界だと確信していた。

 絶世の美少女ではないものの、人から好かれるかわいらしい顔立ちと、性的に過度ではない程度に収まった良いスタイル。

 よくあるその辺に居そうな共感しやすいヒロインというやつで、しかしその中では最上級なため、『どこが普通?』と突っ込まれる系ヒロインだ。

 見た目以外にも名前、自分を取り巻く環境、その変化、全て知っているものだった。


 勝ち組シンデレラだ、なんて喜ぶ気概はミミにはなかった。

 ――ミミの目の前にいる神父が、感謝を表すように天に腕を上げた。


「おお、神よ!

 このような可愛らしい聖女を遣わして頂き、ありがとうございます」

「いえ、私、ただの平民で聖女なんて無理です」

「なんと控え目な……神よっ!」


 何を言ってもダメなヤツだ、ミミはそう直感した。

 今現在二人の目の前には血溜りと、それに見合わずピンピンした騎士たちが喜びあっている。


 魔獣被害が出た田舎、教会に祈りに来ていて、たまたま居合わせた少女ミミ。

 運び込まれる大怪我をした騎士たち、奇跡の力に目覚める少女、命をとりとめる重傷人達、聖女誕生への祝辞。

 物語では定番の流れだ。


 聖女は発見されると、教会に保護されて王都で学ぶ。

 一定の年齢を過ぎ、最低限のマナーが身に付くと学園へ通い、王族や貴族に顔見せと交流する。

 また冒険者ギルドを訪れて治癒などの支援で経験を積む。

 この国内の力関係の3本柱が、王家、教会、冒険者ギルドだからだ。


 これは田舎にすら伝わっている一般教養だが、本来はミミの年齢では流石に知る事ではなかった。

 ただしミミには世界(ゲーム)の知識があるため、今後の流れはわかっている。


 しかしミミはヒロインだと確定したゲームの内容に頭を痛めていた。


「私、私が聖女なんて――ない事にはできなさそう?

 なら、嫌っていっても、無理か。

 えっと、そう、聖女としてこのまま旅に出ます!」


 頭ぐちゃぐちゃのままミミは叫んで駆け出した。

 教会の床が血が滑っていたが、野生児ミミには関係ない。

 服の裾を跳ね返る血で赤く染めつつ教会を飛び出した。


ο ο ο


 攻防虚しく、ミミは可能な年齢になると、ゲームの舞台である貴族学園へと入学が決まった。

 グロが入った血塗(ちまみ)れの惨状からスタートするぐらい、例のゲームは恋愛メインとは言いがたかった。

 それは『普通の難易度に飽きた人へ』のキャッチフレーズと共に売り出された。

 力に目覚めるきっかけとなるプロローグですら、謎解きとミニゲームのチュートリアルが発生して死亡ルートがあった。

 血塗れの協会を飛び出した後、ミミは騎士達を重傷へ追い詰めた魔獣と、目覚めたばかりの力を駆使して戦闘となった。

 本来ならミニゲームの出来で騎士を回復するだけで、ミミは直接戦う事はなかった。

 あの時戦闘参加が無かっただけ、ゲームは優しかったのかもしれない。


 暗い顔で入学したミミは、女の子たちに取り囲まれた。


「あら、野猿聖女様とはあなたのことね」

「服に着られていて無様ね」

「美人とは言えない顔……殿方から人気というけれど、あなたのどこが良いというのかしら」

「入学する前の神殿でもう殿方に媚をふってたのね。

 いやらしい」

「聖女として迎えられるのは私のはずだったのに、それも不埒な行動で成り代わったのかしら」

「こんなに目立つなんて同じ平民として恥ずかしいです。

 力があるなんて嘘つかないで、退学して?」

「平民だからってあなたと同じに見られたくないの。

 入学後は絶対に声をかけないでね」

「皆あなたの事を思って注意してあげてるんだよ。

 そんな被害者っぽい顔してさぁ」


 ミミは悲しいよりげんなりとした。

 ずらりとミミを取り囲む、このゲームの悪役令嬢たち。

 難易度をあげるためという理由で、攻略対象以外の生徒は全て敵になっている。

 教師の中にも敵が潜んでいる。

 男子生徒は何かあっても助けてくれず、良くて中立。

 女子生徒はそれぞれが悪役令嬢としてミミを狙ってくる。


 仕掛けられた罠を避け、襲い来る刺客を返り討ち、身の潔白を証明しつつ、運命の相手と愛を少し深めて結婚を誓わなければいけない。

 負ければどれもバッドエンドへ繋がる。

 乙女ゲーム要素がおまけとレビューでは言われていた。


 ミミは自分を囲む女子生徒たちと、その奥で様子を伺っている男子生徒、教師たちを観察した。

 男子生徒に紛れて攻略対象者もちらほらいる。

 彼らはミミの行動次第で仲間になり助けてくれるが、裏を返せば行動を示せないこの最初の段階で味方は一人もいない。

 教師が助けてしまっては物語は進まないため、教師は良くて傍観、悪くて刺客、味方などいない。

 客観的に見て救いようがないほどミミは独りだった。


 この敵だらけの中でハッピーエンドを目指す、これは恋愛ゲームではなくデスゲームかサバイバルだ。


 ミミは覚悟を――決めたりはしなかった。


「やってられっかぁっ!!」


 前世で平和と平等が建前の国に生きていたミミ。

 そして平民としてのびのびと暮らした今世の子供時代。

 ミミは囲んでくる令嬢たちに啖呵を切った。


「どいつもこいつも、私は教会預かりで貴族じゃねーんだよ!

 聖女が王家と結婚する過去があったとかくそくらえ!

 デスゲーム(こうなるの)が嫌だから今まで一生懸命頑張ったのに。

 じゃあねぇっ!!」


 おおよそ聞いている貴族にはわからないスラング(おたけび)をあげ、ミミは学園を後にした。

 ミミはこの学園を逃れる方法を必死で考え、教会のお偉いさんと約束したのだ。

 流れ通り行かない可能性を淡く期待し、デスゲームが始まるなら早々に離脱できるように。

 

 約束とは貴族らが教会の聖女に敬意を表すことなく、無礼を極めれば辞めてもいいというものだった。

 教会も多少の嫌がらせが発生するのは分かっていたが、まさか女子生徒に取り囲まれ、男子生徒と教師が黙殺するとは考えていなかったのだ。

 考えていないならミミの出した賭けは、馬鹿げた内容の上に言うことを聞かせる都合のよい約束になる。

 想定出来るなら価値ある聖女をみすみす入学させる事はないだろう、ミミはそう願って、逆手に取った賭けを申し出た。

 これが入学当日、式の前である。

 神殿関係者の想定外にひどい事態だった。

 

 知識のあるミミが知っていた未来。

 ゲーム開始の入学式、ヒロインは並び立つ悪役令嬢から戦線布告を受けるのだ。


 隠れて見ていた教会関係者はぽかんと口を開いていた。

 普通これほどひどい事態はありえない。

 しかも入学初日である。

 多少の事なら言葉遊びで無理矢理にでも通わせる予定が、取り繕いようがないほど聖女は孤立していた。

 あり得ない、そう呟きながら監視者も学園を後にした。


ο ο ο


 デスゲームを回避するため、ミミは入学の年齢になるまで必死で自分を鍛えた。

 体を作り、武術を学び、聖女の術を磨いた。

 朝と夜は筋トレから始まる。

 昼は勉強、時間が開けば現地修行と言い冒険者ギルドへ通い、共に戦い、癒し、仲間を手に入れていた。

 神殿では金を積んだ貴族を、ギルドでは頼ってきた平民を聖女の術で癒した。


 令嬢たちからは男からと限定されたが、ミミはギルドで老若男女問わずに好かれている。


 入学式に出ずに学園を飛び出したミミは、その足で冒険者ギルドへ飛び込んだ。


「賭けは私の勝ち!

 ボロクロに詰られたの。

 文句言わせない、今日から冒険者よーっ!!」

「マジでっ!!

 ウチへ来いよ」

「ダメよ。

 ミミちゃんは女の子だけのパーティーに入るの」

「いやぁ、ミミちゃんにはギルドで待機してほしいなぁ。

 ほれ、出突っ張りでは何かあった時こまるし」


 取り合いの中心でミミは幸せを感じていた。

 ここには自分を親しく思い、大切にしてくれる人がもう居るのだ。

 ミミは結局神殿から離れる事は許されなかったが、貴族とは関わらぬ聖女として民間で活躍した。


 ギルドイベントで現れる攻略者もいたが、舞台が学園で脇道扱いのためか、クエストが死にゲーなだけで悪い人ではなかった。

 入学式の日、ゴロツキのように啖呵を切ったミミに恋に落ちて接触してきた攻略対象者もいたが、ミミはあっさりとふった。


 その頃ミミは既に、ギルドの憧れの人とめでたく交際していた。

 

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