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文字数増えた版

 由緒正しき公爵家の娘に生まれたルメイアは、学園の門の前で覚悟するように静かに息を吐いた。

 今日は13歳を迎える貴族の子供らが集まる学園の入学式だからだ。


 ルメイアはおぼろげに自身に前世があることを知っていた。

 幼い頃は夢想だと思い、物心がつく頃は現実逃避の妄想だと思った。

 しかし知っている物語と自身の一致は年々増えるばかりで、いつしか乙女ゲームとやらと同じ世界にいるのだと受け入れていた。

 ルメイアの容姿や生立ちは、前世らしき所で見た乙女ゲームの悪役令嬢の特徴そのものだったのだ。


 前世の記憶といっても、何か四角い物の中で動くデフォルメされた人間たちの恋愛模様を見ているのが主だった。

 友達や姉妹らしき人達と、ある乙女ゲームを一緒にやりこんでいた。

 内容で楽しんだり、感動したり、不満をいったり。

 意見の相違で喧嘩して、叱られて、仲直りして。

 ゲームの内容やそれをプレイした時の感情はハッキリと覚えていた。

 けれどその前世の人生がどんな風だったかまではよく分からないままだった。

 

 自身の運命に関わることだから、必要に迫られて要る部分だけ思い出したのかもしれない。


ο ο ο


 ルメイアは頭を垂れて見送る侍女や護衛たちと別れ、運命の集約点、学園の門を通過した。

 学園内は王家の力や学園の名誉をもって外敵から全力で守ることを約束されている。

 生徒は寮生活になり、親の権威から離れて自身の能力で他者と交流する事になる。

 つまりルメイアはここからは一人で運命と戦わなくてはいけないのだ。


ο ο ο

 

 門のすぐ内側には生徒の身元の確認をする職員や警備員が目を光らせ、部屋まで案内する学園付きの使用人が控えていた。

 ルメイアの戦いはもう始まっている。


「あれ……何で割り込まれないの?」


 ルメイアの耳に小さな声が届き、内心震えが走った。

 しかしルメイアは平然を装い反応しなかった。

 ルメイアの前方では一人の少女が身元確認されている最中だった。

 学園が入学前に事前準備していることもあって、身元確認は本来時間がかかるものではない。

 一度に来られて渋滞するとまずいため、家毎に時間をずらしていると伝えられている。

 ルメイアの前の少女は余程時間がかかり、ずれこんでいるという事だ。

 そして親の権威から離れるという言葉に従い、家格でなく家名の音の順で案内されている。


 少女は本来、『公爵家の自分をなぜ待たせるのか』とルメイアから割り込まれる予定だった。

 しかしルメイアはシナリオを理解しているし、調節されて案内されているので待たされる事もないと分かっている。

 勿論学校側で不測の事態はが無いように組まれている。


 ルメイアが足を止めて静かに立つと、1分も立たない内に一人の職員がルメイアの方へ歩いてきた。

 ――つまりゲームでの『悪役令嬢ルメイア』は、待たされることなどないと思いもせず、足を止めずに割り込んだのだ。

 心の狭さと、知識や考えの足りなさを見せるはずの場面だった。


 職員は手元の資料を確認しながらルメイアに学生証の提示を促した。


「お願いします」


 照合のために少しの時間があった。

 ルメイアは少女へ視線を向けぬように待った。


「間違いありませんね。

 ルメイアさん、こちらへ」

「ありがとうございます」


 資料には顔写真から身長体格までの情報が、学生証には偽造できない標が刻まれている。

 ルメイアが門を通る前に車の確認もされているし、本人の照合は前年の家に居る段階から始まっている。

 この学園の入学時の身元確認は本来時間がかからないようになっていた。


「え、なんで?

 はやすぎ。

 まだ何も起こってないのに」

「よそ見しないで。

 貴女は一度拘束させてもらいます」


 寮へと案内されるルメイアの背後で少女がわめいている声が響いていた。

 少女が探しているものは、中身を最近入れ換えたばかりの可愛らしいポーチに入っているとルメイアは知っている。

 どじっ子ヒロインがうっかりと手づくりポーチの可愛さを見せつける場面だ。

 ルメイアは展開が変わってるのだからもう少し早く出せば良かったのに、と哀れに思った。


「なんで?!

 隠しキャラのフラグなのに、なんで?!

 ちょっと!イベント変えないで戻ってこいこの野郎!」

「暴れないでください。

 ここを通すには疑わしい事があります。

 誰か一人通報へ」

「なっ!!

 こんなルート無いのよぅっ!」


 ルメイアは振り返らずに、黙って案内人についていった。

 少女のわめく声が小さくなった所で、普段は貴族令嬢として隠す内心を見せながら、小声で案内人に尋ねた。


「はしたない質問かと思いますが、彼女に何があったのです?」

「気になって当然かと。

 学生証を忘れたそうで、荷物や衣服を調べるために時間が過ぎてしまいました。

 見送りや供の者も着くまでに帰したそうなんです。

 町を一人で歩いてみたいと。

 だから着いた時点で遅刻だったのですが……」

「まぁ……」


 困惑したように口元に手をやるルメイアに、案内人は苦い笑みを向けた。

 恐らく自己申告の令嬢に間違いなかろうが、成り済ましでない確証が1つもない。

 大事を取ったのと、入学が不適切だと判断して、『身元不明』の少女を捕獲したという形だ。

 その方が入学拒否をしやすくなる。


 二人はお互いに感想を言葉にすることはしなかった。

 案内人は一度足を止めて頭を下げた。


「遅れましたがルメイア様の時間でしたのに、先の受付が終わっておらず申し訳ありません」

「いいえ、丁寧にありがとうございます。

 大変でしたね」

「そう言って頂けると」


 案内人は頭を下げ、ほっとしたような笑みを浮かべた。


ο ο ο


 学園では専属の使用人がいない生活になる。

 服は制服と、事前に選べる支給の私服、一人で着られる簡単な作りのものになっている。

 持ち込みは五着まで、何を選ぶかは『自己責任』とされる。

 この『自己責任』、親と上手く交流できていないのか、理解せぬまま入学する生徒がやはり何人か出てくる。


 寮生活は清貧を体験する目的で、使用人の有り難さを知ることと、危険に晒された時の心構えを作るのが目的とされている。

 オブラートを捨てれば誘拐や没落の時に、平民に寄り添えると見せなければいけない時、耐えられるよう体験しておくということだ。

 それが受け入れられるのもゲーム設定だからかと、ルメイアは家族の事を思い浮かべた。


 入学式の前、本来は療で『ルメイア』はまた問題をおこすことになっていた。


 ルメイアが部屋の中で支給された私服に着替え、のんびりと寛いでいると、部屋の外から扉を叩く音と話し声が聞こえてきた。


「誰か居ますかぁ?」

「何か有ったのです?」

「あれぇ……違う」

「……誰か探しているの?」

「おかしいな……悪役令嬢いないの?」

「……ご用が無いようなので閉めますね」


 会話になっていない事にルメイアは恐怖した。

 扉を叩いた少女は門で出会った少女同様、真っ当に教育を受けてきたルメイアにはまともには思えなかった。

 ルメイアが様子を伺っていると、扉を叩いた少女は他の部屋にも同じことを繰り返しているようだった。

 ドンドンと扉を叩く音と意味不明な会話。

 3回目には扉を開ける者は居なくなり、ただ扉を叩き回る音が響いた。

 ルメイアは自身の部屋の扉が叩かれた時、びくりと肩を震わせた。

 音をたてないよう息を潜めて静かに嵐が去るのを待った。

 扉を叩く音が別の部屋に移っていき、しばらくすると外から揉めているような騒ぎが聞こえてきた。

 ルメイアはそっと扉に近づいた。


「私何もしてない!

 ただ――えっと、人を、探してただけです!」

「十分にしています。

 不審な行動と支離滅裂な発言、家である程度の教育を終えていると認められませんね。

 入学の許可の要項の再確認を」

「そっちこそ失礼です!

 教育をうけてないなんて、そんなバカにして!」

「事実を認識できず、静かに会話が出来る余地がないとなると……」

「な、何?!

 離してよ!」


 扉の向こうの事でルメイアには見えないが、少女はどうも拘束されて連れていかれたらしい。

 学園は外敵から守るだけでなく、内部の不安因子にも厳しく目を光らせる。

 そうでなければ貴族の親が子供たちを単身で寮に入れさせるはずがないのだ。


 物音が聞こえなくなるとルメイアはそっと扉から顔を出した。

 すると同じように不安そうに顔を覗かせた女の子たちが何人かいた。

 みんなで顔を見合わせると、気が抜けたように微笑みあった。


「貴女が通報してくれたの?」

「私は怖くて震えてただけ」

「貴女はさっき話に答えてた人ね?

 怖かったでしょう」

「ええ、そちらの方もですよね?

 でもすぐ対応してくれて安心しました」

「怖かったけどあの子のおかげでたくさんの友達がすぐできそうね」

「まぁ」


 顔を覗かせた少女たちはくすくすと笑いあった。

 理解できないものへの恐怖はまだ残っていて、安全を確かめるための笑い合いでもあった。

 

 一人の少女がルメイアに目を止めて、恥ずかしそうに話しかけた。


「貴女はもう着替えていますのね。

 迷惑でなければ手伝って貰えません?

 気が付かなくてお気に入りの――複雑な服を着てきてしまったの」


 ルメイアはにっこりと微笑んで了解した。


「もちろん。

 持ち込みの服の自己責任というのはこういうことだそうですよ」

「ご、ごめんなさい」

「あ、違います。

 責めているのではないの。

 着られる服を見極めることも大事ですが、好きな服を選ぶなら人の手が必要になります。

 友達と助け合って好きな服を着るのですって。

 そうやって親しくなっていくそうなの。

 難しいからと我慢するのでなくて、助け合うことを学んで行くの」

「そうなのですね」


 少女たちは一気に距離を縮めた。

 先程の恐怖で仲間意識が沸いた事も大きく影響したのかもしれない。

 ルメイアが話したのはゲーム設定で、これに限らず無理がある部分は幾つかあった。

 違和感を持つ方が異質だと、ルメイアはちゃんと自覚していた。


 ――本来は『ルメイア』が着てきた服が脱げないと廊下を歩いていた一人の少女を捕まえる。

 八つ当たりして叩き、無理矢理に着替えを手伝わせて、友達でなく使用人のように扱う。

 それが後の隠しキャラのフラグになるのだ。

 出てこない悪役を探しに来たと察っしたルメイアは、他の少女たちよりも強く恐怖していた。


ο ο ο


 入学式の開始前に、一人の少女が講堂の裏手で倒れた。

 そこに現れるのは隠しキャラのはずだった。


「大丈夫ですか?」

「だ……だれ?」


 倒れた割りに平気そうな少女は助けに来た二人組を見て、礼よりも先に誰かと尋ねた。

 二人は揃いの制服を着て名札を着けていた。


「医務員です。

 知らないと言うことは新入生ですか?」

「家に資料が渡されているから入学前に知っていてもおかしくないのですが。

 そこで体調が悪そうな生徒がいると連絡があったんですよ。

 医務室へ行きますよ」

「誰かが邪魔をした……?

 ここもポイントが高いイベントだし。

 私以外に転生者がいるってことなの?

 入学式に医務室に行くルートなんてない。

 私はどこも悪くないの、講堂へ行くから」


 医務員の二人は顔を見合わせて確認しあったあと、訴えを退けた。


「……貴女の健康のためにも、無理矢理にでも医務室へ連れていきます」

「なんで?

 どこも悪くないってば」

「いえ、倒れた時に頭をうったのかと」


 少女は嫌だと暴れたが医務室で検査を受けることになった。

 

 ――本来は気分が悪くなりうずくまる少女を、通りがかった『ルメイア』がみっともないと貶す事になっていた。

 それに隠しキャラが気付いて助けに入り、『嫌な女に目をつけられた少女』がいるという印象を残すことになるのだ。


 ルメイアはまた頭のおかしい少女に出会うかもと恐れ、その場所に行くことをやめたのだ。

 しかし本当に何も知らない少女がそこで倒れたらと思うと不安だったため、医務員へ声をかけた。

 ルメイアが行って騒がなければ、もしかして倒れている少女に気付くものがいなくなるかもしれないからだ。

 善意である。


ο ο ο


 クラスの顔合わせにて。


「どういうことなの?

 貴女が喧嘩を売ってこないと話が進まないのに」

「え……」


 ルメイアは隣の席の少女に文句を言われた。


「え、じゃなくて、ちゃんと私をバカにしてよ!」

「きゃっ!!」


 腕を捕まれるルメイアを、寮の事件で仲良くなった女の子達が助けに入った。


「何よ、取り巻きはいるんじゃない」

「取り巻きだなんて……」

「撤回してください!」


 顔合わせは騒然となった。


ο ο ο


 ある日の食堂にて。


「なんで、文句を言ってこないの?

 もう半年たってるのに。

 待ってたのに」

「文句、ですか?」


 ルメイアは給仕係りとして働く少女に捕まった。


「ほら、似たような年なのに学んでいないのかって、学ぶ金のない貧乏人の作る食事なんて気持ち悪いって、思ってるんでしょ?」

「思っていません。

 やめてください」

「あはっ、ここをやめろって?

 それはイベントを半年飛ばしてるよ」

「そんなこと思っていません。

 離して」


 一緒に来ていた友達や近くにいた男子生徒が間に入り、給仕係の少女は取り押さえられた。


ο ο ο


 隣のクラスから。


「一年たって何もしてこないなんて、貴女も転生者ね!

 私の話が始まらないじゃないの!」


ο ο ο


 上級生から。


「この一年半、貴女を観察していたわ。

 裏で色々仕組んでいるんでしょう。

 自分が不幸になりたくないからって人の幸せを潰さないで!」


ο ο ο


 転校生から 。


「あと一年なのに何にも動いてないなんておかしいと思いません~?

 踏み台になるべき人が何あがいてるんですかぁ?」


ο ο ο

 

 下級生から。


「あと半年なのに証拠が全くないとか意味わかんないです。

 貴女ですよね?

 話をかき乱してるの。

 はやく惨めに負けなさいよ」


ο ο ο


(――ようやく、ようやく卒業できる)

 

 ルメイアは在校生からの祝辞を聞きながら、安堵で目を潤ませていた。

 ルメイアにとって、それはひどく長い3年だった。


 この世界と同じ世界である乙女ゲーム、実はヒロインも選択式だった。

 ルメイアはどのヒロインを選んでも見下して邪魔をしてくる固定の悪役令嬢だが、ヒロインの見た目や生い立ち、スペックは選択肢の中から選び作れたのだ。

 難易度調整や自由度として入れられたもので、プレイヤーは個性豊かな様々なヒロインを作って楽しんだ。

 

 結果、ここは主役(ヒロイン)だらけの世界になった。


 気を抜く暇も与えられぬほどルメイアはヒロインに絡まれた。

 怪しまれ、邪推され、罵倒され。

 イベントを起こす役割を果たしていないと責められた。

 ヒロインが大量にいると気付いたある人からは、悪役令嬢が苛めた相手がヒロインなれるはずだと責められ求められた。

 ルメイアは成る程と思ったが、だからといって誰かを苛めたり、責めた相手と仲良くすることは出来なかった。


 罪深く傲慢に育つはずだった所を逃れた業だとでも思う事にして、ルメイアは卒業まで耐えた。

 実際には耐えたとは言い切れなかった。

 ルメイアの心も評判もかなり傷つけられていた。


 祝辞の間も数人の男子生徒がルメイアをみて小声で何かを話していた。

 聞こえなくとも何の話かは分かっていた。

 彼らはルメイアの周りに、今また変な人間が来ないか危惧しているのだ。

 三年の間、ルメイアが呼んだかのように厄介事や変人が集まってきていた。

 徐々にルメイア本人がおかしいからではないかとまで疑われるのようになった。

 ルメイアが在学中の退学者・停学者・辞職者は、女子生徒を中心に、過去に類がないほど多いという。


ο ο ο


 祝辞が終わり、立食パーティーが始まる。ルメイアは友達たちとデザートのテーブルにいた。

 人数が少なくて広々とした卒業パーティーだ。

 ルメイアはぼんやりとこの先の事を考えていた。


 この国では貴族の子供たちは15歳まで婚約を禁じらている。

 伝統や思惑が絡んでの事で、ゲーム設定だからとルメイアは深く考えるのは放棄している。

 この世界はこういうものなのだ。

 理由はさておき、学園内で子供らの相手をすりあわせる家は多い。

 正式な婚約が結べないだけで、こっそり家同士で口約束をしている所もままある。

 ルメイアの友達たちも家からめぼしい子息を何人か聞いていて、その中で気が合うものと距離を縮めていった。


 実はルメイアの友達たちの中にも二人ヒロインがいた。

 一人は途中で自分から正体を告白し、ルメイアを守ろうとまでしてくれた。

 一人は気が付いていないふりをしながら、それでも庇ってくれた。

 失ったものの多い学園生活で、ルメイアは得難い親友たちを手に入れることができた。

 二人は『ルメイア』が起こすイベントに期待する事なく、無事に想う相手と婚約できた。


 一方ルメイアの婚約状況はというと、厄介事の中心に見えたため、近づいてくる異性はあまりいなかった。

 ルメイアの家柄が高すぎることもあって男子生徒から婚約に繋がる話はしづらいし、家からも何か言われているのかもしれない。


 ルメイア自身も相手を探す気にはならなかった。

 それはこの卒業パーティーの間でもだ。

 物語はまだおわっていないのだ。


 パーティーの間に騒ぎだす者はもう残っていなかった。

 今まだ在学しているゲーム関係者は、空気を読める者かゲームに囚われない者かだ。

 パーティーでは悪役令嬢『ルメイア』がなにかしでかさない限り騒ぎが起きない。

 では何故ゲームの『ルメイア』が卒業まで残れたかと言えば、単純に外面が良いからだ。

 先生のような上から評価してくる立場の相手や、結婚相手に関わってくる異性、身分の高い女生徒には完璧な淑女の顔を見せていた。

 しかしそんなものが通じるのは最初だけで、3年も同じ学園で暮らせば内面は知れ渡る。

 ゲームの『ルメイア』は表面上は持ち上げられていたが、裏では皆でバカにしていた。

 見目よく異性には可愛い姿をみせるため、男子生徒は対面では『ルメイア』をちやほやする。

 女子生徒もぶつからないように、1歩下がって『ルメイア』のいうことを聞いた。


 結果は卒業後に現れる。

 『ルメイア』にハッキリとした断罪はほとんど発生しない。

 代わりに友達がいないとか、まともな結婚が出来なかったとか、社会的に惨めにハブられていく様子がナレーションに入る。


 そして卒業式が終わるこの時、そのほとんどない断罪イベントが現実のルメイアに近づいていた。

 式が終わり、ルメイアは女友達と挨拶をしている所だった。


「ルメイア嬢」


 一言で表すならイケメンという言葉がふさわしい、金髪碧眼の美青年がルメイアを引き留めた。

 話したいことがあるという。

 ルメイアの周りの友達らは喜ばしそうにルメイアの背中を押した。

 彼は学園では有名で、良い家柄の四男で後継ではなく、運動神経も良ければ学問もできるという女子生徒のヒーローだった。

 控えめで矢面に立たない所がさらに好感がもてると言われていた。

 ヒロインである二人の親友は心配そうにルメイアを見ていたが、ルメイアは大丈夫だと頷いて見せた。


 喧騒を離れた廊下の隅で、ルメイアは美青年と向き合った。

 ちらちらと視線を向けてくる者たちもいるが、二人の間にやましい行為はなかったと証明になるので、ルメイアはありがたいと思っていた。

 青年が口を開いた。


「ずっと君を見ていた」

「そうでしたか」


 ルメイアの気のない返事に、青年は小さく笑んで首を傾げた。

 そんなことされても青年と付き合いはないため、ルメイアは彼が何を感じたのかはさっぱりわからなかった。


「入学の受付の時、門を通った君に一目惚れをした。

 それから君から目が離せなかった」


 この青年、隠しキャラである。

 入学式の受付で学生証を置いてきた少女は、彼が現れるのを待っていた。

 町を散策していた青年は少女を見つけ、見送りの者たちを返して楽しそうに学校まで歩く姿に釣られ、そのまま門まで付いていった。

 そこに現れた『ルメイア』に、青年は目を奪われるのだ。

 青年は少女を押し退けようとする『ルメイア』を見て思わず口を挟み、美青年を見た『ルメイア』は外面良く身を引いてみせるのだ。

 これが一番最初に起こせる青年とのイベントだ。

 外面は良い『ルメイア』に最初は騙される青年だが、『ルメイア』の周りでトラブルが続く。

 『ルメイア』の評判は下がっていき、他の者たち同様に青年も『ルメイア』の本性に気付いて幻滅する。

 そうして起きるのが自業自得エンドだ。


 視界によく入ってくる美青年を『ルメイア』は気にかけていた。

 卒業パーティーの終わったあと、青年と仲良くなったヒロインに『ルメイア』は絡み、助けに入った青年から嫌悪感をぶつけられ、皆から侮蔑されている事を突きつけられる。

 精神的に何もかも無くして、孤独なのだとズタボロにされるのだ。


 しかしルメイアは批難されるような悪事、嫌がらせをするような性格には育っておらず、実際に何もしていない。

 青年は熱い眼差しをルメイアへと向けている。


「君は見た目通り、可愛らしく美しい人だと思う。

 どうか私と結婚を前提の付き合いしてくれないだろうか」

「ごめんなさい。

 お断りさせていただきます」

「え……」


 ルメイアはぺこりと頭を下げると背中を向けて足早に去った。

 親友たちが離れた所で待ってくれている、その場所まで。


「良かったの?

 彼、すごく人気だったのに」

「そうね」


 先程の心配はルメイアがゲームのように詰られる事を危惧してのものだった。

 話が聞こえる位置ではなかったが、表情や雰囲気から交際の申込みだとは傍目にも察せられた。

 彼を断る理由が二人には分からなかった。

 ルメイアは俯いた。


「ずっと、見ていたのですって。

 入学の時に一目惚れをして」

「一途で良いと思うけれど」

「好きだというなら彼は何故寄り添ってくれなかったのかしら」「あ……」


 ヒロインである二人は、それぞれ思う所が出てきたのか口をつぐんだ。

 ルメイアは笑んで見せた。


「こんな卒業で区切りのついたタイミングで言われても、どこまで本気か分からないもの。

 貴女たちのように在学中に隣に居てくれたなら、素敵だと思えたかもしれないけれど。

 私を助けるために出てきてはくれないの」


 ヒロインを助けるためには出てくるのに、とは口にしなかった。

 僻みのようにも聞こえるし、一人はゲームや転生について話をしていないからだ。


 ルメイアは雰囲気を吹き飛ばすように声を出して笑った。


「隠してたけど私、領地に戻ったら駆け落ちするの」

「え?!」

「なっ!!」


 二人の驚いた顔に申し訳なく感じながら、ルメイアは詳しい説明を口にした。


「父がそろそろ妹を跡継ぎにするために動きだすみたいなの。

 私の婚約者を選ぶ気なんてないし、良い話がくれば無理矢理にでも妹の婿にしてしまうでしょうね」


 ゲームでの『ルメイア』が悪くなるのは家庭環境が根本にあった。

 家族から疎まれ、叱って育ててくれる人もなく、人を思いやる事も学べなかった。

 ルメイアは『ルメイア(じぶん)』の置かれた環境を可哀想だと、どこか他人事のように感じていた。


「もう振り回されるのは嫌なの。

 名前を変えて別人になるけどまた会えるとは思うわ。

 落ち着いたら詳しい手紙を送るからね」

「そんな……」

「本当に会えるの?」

「ええ。

 私の恋人はステキな人だから」


 それはルメイアが学園で見せた中で一番美しい微笑みだった。


ο ο ο


 ゲームには続編というものがよく作られる。

 ルメイアは『ルメイア』のまま貴族社会にいると、続編での悪役に再登場してしまうのだ。

 それも惨めに自爆することで嘲笑される役に。

 ルメイアがそれを危惧していた事を、ヒロインながら親友となった少女は理解していた。

 少女達は思う人の妻となり、幸せの中でもルメイアの事は忘れられなかった。

 不意に親友の事を思いだして遠くへ視線を向けた貴族夫人に、呼び出されていた商人が声をかけた。


「奥さま、こちらが私どもが自信をもって薦める1品にございます」


 夫人は我に帰って持ち込まれたスカーフへ目を向けた。


「まぁ、美しいわ。

 この色……とても好きな色なの」


 夫人は美しい色合いに友の瞳を思い出した。

 死んだことにされている、駆け落ちしたらしい親友の事を。

 商人は優しげな笑みで夫人を見つめた。


「実は私の妻の瞳と同じ色でして。

 奥さまには気に入って頂けるかと」

「それは……」


 そうして、親友たちは再会を果たした。 

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