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ドキッ☆○○だらけの乙女ゲーム

 公爵家令嬢、ルメイアは静かに立ち止まった。

 目の前には可愛らしい少女。

 入学式を控えた入寮の受付でまごつき、ルメイアの順番の時間にずれこんでいる。


 本来ならルメイアが絡んでトラブルが発生する場面だが、この流れをあらかじめ知っているルメイアは、そんな愚はおかさない。


「学生証、あるはずなんだけどなぁ」


 可愛らしい少女は落ち着きなく視線をさまよわせ、ルメイアが到着したのに気付くと、わざとらしく手元に集中した。

 歩いてくるルメイアを意識したかのように、オーバーに荷物をひっくり返し始めた。


「おかしいな、忘れてきちゃったのかな」


 どこか棒読みな言葉を聞きながらルメイアは立ち止まった。

 そんなに時間が過ぎない内に、学園関係者が走ってきた。

 学生証の提示と関係者の持つ資料で身分確認はすぐに済み、ルメイアは寮まで案内がついた。

 荷物をひっくり返す少女を構うことなく、ルメイアは案内についてその場を後にした。


「何これイベント起きないじゃない!!

 ゲームじゃないの!?」


 ルメイアの背後で醜い罵倒が響き渡った。

 ルメイアは振り返ることなく、案内人に連れられて寮まで歩いた。


ο ο ο


 ここはとある乙女ゲームの世界。

 ルメイアはこの世界の悪役令嬢だと自覚している。

 それはしっかりとした世界(ゲーム)の知識と、ほのかな前世の記憶があるからだ。


ο ο ο

 

 入学式より前、ルメイアが寮の部屋で荷物を確認して休んでいると、廊下で騒ぎが起こった。

 最初に聞こえたのは扉を叩く音。

 それから開く音。


「何でしょうか」

「あれぇ、違うなぁ。

 まだいないのかな」

「用が無いのでしたら失礼しますね」


 意味の分からない会話だった。

 しかしルメイアは事態を察していた。


 ルメイアがしばらく様子を伺っていると、少女はドアを順に叩いて回っていた。

 また会話になってない言葉の応酬をし、その次からは扉を開く者はなかった。

 ルメイアは入学前に生徒達に渡される資料の内容を思い出していた。

 そこには防犯のためにあえて完璧な防音はしていないと明記されていた。


 やがて学園関係者が事態を確認しに集り、少女は彼らにも訳の分からない事を喚き、不審人物として捕まったようだった。

 入学の条件には行動や態度も含まれていて、不適合、虚偽があった疑いで連れていかれた。


 騒ぎが収まり、各部屋の中にいた少女たちは廊下へと顔を見せた。


「すぐに対処してくれて良かったわ」

「怖かったけれど彼女のおかげで友達がすぐ作れそうね」


 少女たちの輪の中でルメイアも微笑んで見せた。


 ゲームではルメイアが使用人のいない不便さをヒロインにあたりちらし、下僕のように扱うことがフラグになる。

 騒ぎを起こした少女はヒロインで、目的は自分だったとルメイアは察していた。

 恐らく廊下でルメイアと鉢合わせすら出来ない事に焦れて、イベントを起こそうとルメイアを探していたのだろう。

 ルメイアは入学前のイベントも回避した。


ο ο ο


 入学式、ルメイアは雰囲気に疲れて静かな場所に行こうかと思い、そこで起こるイベントを思い出した。

 気分を悪くしたヒロインが、通りがかったルメイアからみっともないと罵られるイベントだ。

 ルメイアは息抜きを諦めて、医務室の人間に体調の悪そうな人がいるから見てきてほしいとイベントの起こる場所を伝えた。


 入学の式が終わり解散となった後、ルメイアは、医務室の者たちが「モブの癖に、離して!」と叫ぶ少女を連れていったと言う話を聞いた。

 ルメイアは行かなくて良かったと安堵の息をはいた。


ο ο ο


「貴女が喧嘩を売ってこないと話が進まないのに。

 ちゃんと私をバカにしてよ!」


「なんで、文句を言ってこないの?

 貧乏人の作る食事なんて気持ち悪いって、思ってるんでしょ?」


「一年たって何もしてこないなんて、貴女も転生者ね!

 私の話が始まらないじゃないの!」


「この一年半、貴女を観察していたわ。

 自分が不幸になりたくないからって人の幸せを潰さないで」


「あと一年なのに何にも動いてないなんておかしいと思いません~?

 踏み台になるべき人が何あがいてるんですかぁ?」


「あと半年なのに、話をかき乱してるのあなたですよね。

 はやく惨めに負けてください」


 隣の席のクラスメイトから、給仕係として働く少女から、隣のクラスの女子生徒から、上級生から、転校生から、下級生から。


 ルメイアは在学中、散々に絡まれた。

 在校生からの卒業の祝辞を聞きながら、走馬灯のように様々な事件が蘇った。

 ルメイアにとって、それはひどく長い3年だった。


ο ο ο


 例の乙女ゲームはヒロインも選択式だった。

 ヒロインの見た目や生い立ち、スペックは選択肢の中から選べたのだ。

 難易度調整や自由度として入れられた機能だった。

 結果、ここは主役(ヒロイン)だらけの世界になってしまった。


 選択可能なヒロインが、しかも転生してきた状態で溢れていた。


 ただしルメイアは固定で悪役令嬢だ。

 ヒロインをどう選んでも見下して邪魔をする。

 つまり沢山いるヒロインの共通の敵がルメイアだった。


 気を抜く暇も与えられぬほど、ルメイアはヒロインに絡まれた。

 怪しまれ、邪推され、罵倒され。

 イベントを起こす役割を果たしていないと責められた。


 最初からゲームだと突っ走ったヒロインは周りを気にせずルメイアに詰め寄り、慎重だったヒロインもやがてルメイアへと不満をぶつけた。

 大きなイベントが起きないため、狙った相手の新密度を大きく上げられないのだ。


 ヒロインたちと攻略対象者の新密度の上昇において、まさにルメイアは邪魔となる悪役になっていた。

 起きるはずのイベントを、我身可愛さに起こさない令嬢として。

 しかしそれはヒロインも同罪である。


 好む相手を落とすために、ルメイアに悪役を強いようとしているのだから。


ο ο ο


 時がたち、ルメイアたちが卒業する年となった。

 ルメイアが沢山のヒロインと共に軟禁される学園生活はもうすぐ終わる。


 ゲームのラストでも『ルメイア』にハッキリとした断罪はほとんど発生しない。

 しかし卒業式が終わるこの時、そのほとんどない断罪イベントが発生しようとしていた。

 式が終わり、ルメイアは女友達と挨拶をしている所だった。


「ルメイア嬢」


 金髪碧眼の美青年がルメイアを引き留めた。

 良い家柄の四男で運動神経も良ければ学問もできる、顔の知られた青年だ。

 喧騒を離れた廊下の隅で、ルメイアは美青年と向き合った。


「ずっと君を見ていた。

 入学の受付の時、門を通った君に一目惚れをした。

 それから君から目が離せなかった」


 この青年、ゲームの隠しキャラである。


 ルメイアに一目惚れして目で追うことで、虐げられるヒロインと出会い、守り、ルメイアに幻滅していく。

 青年がヒロインとひっつくと、このタイミングで断罪と言えるイベントが起きる。

 ルメイアは今までの事をイケメンに盛大に罵られ、ヒロインとイチャつく所を見せつけられることになる。


 しかしルメイアは悪事も嫌がらせも何もしていない。

 何度も絡まれ、何度も嫌な思いをしたが、それをしたヒロイン達は社会のルール通りに退場していった。

 だから青年には、ルメイアをダシにしたヒロインイベントは起きていないし、ルメイアに幻滅もしていない。

 イベントの発生条件が潰れたせいで、彼の恋心は反転せず高まったようだった。


 青年は熱い眼差しをルメイアへと向けている。


「君は見た目通り、可愛らしく美しい人だと思う。

 どうか私と結婚を前提の付き合いしてくれないだろうか」


 ルメイアは申込みを断ると背中を向けて足早に去った。


 青年はヒロインを助けるためには前へ出てくる人だ。

 ルメイアのためには卒業式が終わってからでないと出てこなかった彼に、ルメイアは興味が持てなかった。


ο ο ο

 

 ゲームには続編というものがよく作られる。

 ルメイアは学園を卒業したが、このままだとまた続編で悪役に再登場してしまう。

 それも悪事がばれて自爆することで惨めに嘲笑される役に。

 そうでなくとも学園で失敗して逆恨みしたヒロインたちがどう動くかわからない。

 何しろこの世界はヒロインだらけだ。


ο ο ο


 ルメイアは卒業後、ゲーム世界の自分が歪んだ原因である家には帰らなかった。

 ルメイアには令嬢でない前世の感覚が何となくある。

 そのためにルメイアは籠の鳥にもなれず、家が自分にとって毒だとも分かった。

 楽しく幸せだった感覚のために、境遇をただ憎み墜ちていくことはルメイアには出来なかった。


 卒業後の家に帰るタイミングは、一番自分への関心が弱まる時だとルメイアは推測していた。

 入学前の子供では、入学するはずの子が来ないことで他家の目も厳しくなる。

 けれど卒業後は大人扱いで、居なくなっても家の事情で誤魔化せる部分がある。

 しかもルメイアは元々大事にされていなかったが、自業自得エンドでは、卒業後に家族から完全に切り捨てられる結末が用意されている。

 これはルメイアの行動に関係なく、『家族』という名の他人たちの感情が原因でどうにもならなかった。


 家を出たルメイアの耳を優しい声が撫でた。


「後悔してない?

 身分も、名前も捨てて、友達とも離れて」


 駆け落ちした夫の問いに、ルメイアは笑顔で答えた。


「幸せよ。

 それに友達にはまた会わせてくれるんでしょ?

 あなたが出世して」

「約束したもんなぁ。

 貴族の家に出入りするくらいには成功しないとな」


 大袈裟に溜め息をついておどけて見せる夫を、ルメイアは優しく抱き締めた。

 平凡な容姿で、目立つ特技もない彼。

 でも努力家でしっかりとした信念を持つ堅実な人だ。

 何よりルメイアを愛して支えてくれる。


「無理はしないでね。

 今でももう充分幸せだから」

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