27 魔王との戦い
俺たちの目の前にいるのはバルログ帝国皇帝のバルログ六世だ。
俺は彼がなにか悪さをした話は聞いていないが、とにかく、彼は今から倒す相手だ。
温厚なマナちゃんさんも、好戦的なロマネスク様も殺る気を満々だ。
皇帝バルログも全身から炎の柱を立たせている。周囲の窓に張ってあるカーテンに火が着き、金細工の椅子が加熱されて自重でひしゃげている。
降りかかってくる火の粉と熱波のせいで、少し遠くにいるだけで火傷しそうなほどに熱い。
こちらのバルログさんも殺る気を漲らせている。
顔も悪魔の形相だ。正気度が削られそうなほど、すごく怖い。
SAN値チェック入りまーす。
「……熱い、怖い、帰りたい」
ボソッと呟く俺。
解説さん、彼のステータスみせて。
『魔王以上の相手はバグが生じるため数値化できません』
マジか。
「常にバーニングモードとか、こんなのどうやって倒すんだ……」
先ほどまでの自信はどこへやら、根っこはへたれで小市民なタケルくんもバルログの猛威の前に、彼を特撮怪獣に例えて戦意を失いかけている。
これだけの熱気と殺気を浴びせられてもなお微動だにしないのは女の子組二人だけ……俺も今は女の子だったわ。
訂正、チート級の超人二人だけだ。
「熱いなー。水魔法で空気冷やすね!」
「あたしは全然平気だよ。鍛え方がなってないんじゃない?」
なお、俺と勇者タケルくんの常人組は置いてかれてる。
「俺はバルログ。我が帝国のため、お前たち人間を滅ぼすことにしたのは知っているな」
地の底から這いずるようなくぐもった声。
バルログの声を聞いているだけで冷や汗かいてきた。
ただでさえ熱いのに、これ以上汗をかかせるなよ。戦う前に死ぬだろ。
「うん、知ってる。だから私たちが来たのよ」
「あんたを倒してレギオン共和国とアルフ王国を解放するためにな」
「あれらの国は、既に我が領土だ。手放すことはない」
「それも知ってるよ。悪魔は強欲。一度手に入れたものは絶対に手放さないからね」
「己が国を解放せんと、何人もの勇者が俺に挑んだが、全てを葬ってきた。お前たちも死ぬといい!」
そう言ってバルログが魔力を解放する。
すると、バルログが纏う業火がさらに激しく燃え上がる。
天井と床も壁も、熱で赤く発光して溶け始めている。
おいおい、普通、自分の家に火をつけるかい?
俺たちも、スーパーヒーロー並みの肉体強度があるロマネスク様以外は、マナちゃんさんが水属性魔法を使ってひんやり空間の結界を張ってなければ炭になって即死できたレベルの熱量だ。
魔力を解放しただけでこれかよ。
『これは……』
知っているのか、解放さん!
『今代のバルログは、火属性の魔法を伝説クラスほどの実力でマスターしているようです。あなたでは荷が重い相手でしょう。逃亡をおすすめしますよ』
俺もさっきから狼の本能がガンガン警告を鳴らしていて、逃げたいのは山々だけど、ご主人様のマナちゃんさんやその親友のロマネスク様が立ち向かおうとしてるんだよ?
使い魔として、男として、逃げるわけにはいかない。
「お、俺も、俺も戦うぞ!!」
ビビり全快ながらも、俺より年下のタケルくんも立ち向かう気概を見せている。なおさら逃げるわけにはいかないな。
「行くよ!ハルカ、私に合わせて!」
「応よ!!」
「灰にしてくれるわ小娘が!!」
マナちゃんさんの、俺とは次元が違う威力の魔力光線が、ロマネスク様が戦斧を降った衝撃波が床や柱を破壊しながらバルログに迫り、バルログが魔力のこもった魔炎を放つ。
三人の攻撃が交差し、とてつもないエネルギーの爆発が起こる。
「うわぁぁぁぁ!!」
「くっ!くっそ!!」
容赦なく目を焼いてくる眩しさと、内臓をパンチされているような衝撃に、俺とタケルくんは踏ん張りきれずに無様に吹っ飛ばされる。
マナちゃんさんは結界を張り、ロマネスク様は普通に耐えていた。焦燥にも似た表情からして、俺たちを助ける余裕などないらしい。
爆煙の向こうから、バルログが姿を見せる。
ダメージを受けているようには見えず、ピンピンしている。
今の爆発を最も近くで爆発を浴びていたはずなのに、全く気にも留めていない。炎の巨人の力は伊達じゃないのか。
「お前、想像以上に強いな」
「でも倒しがいがあるよね!」
それを見て、ロマネスク様とマナちゃんさんはますます張り切っている。
「まだ全力ではないとはいえ、 俺の攻撃を凌ぐ人間がいるとはな、面白い…」
バルログもまた、今までにない強い人間を相手に興奮している。
「まだまだ楽しませてやるよ」
ロマネスク様が斧を構えてバルログに突進する。
上段の構え。頭から股まで真っ二つにしようとしているのだ。
両腕の筋肉が膨張し、力む余り、血管さえ浮かんでいる。
明らかに戦いを終わらせにかかっている本気の一撃だ。
ロマネスク様の本気だ……。勝ったな風呂入ってくる。
だが、バルログは魔炎の剣を取り出して、ロマネスク様の攻撃を片手で軽く受け止めてしまった。
そんなバカな!
ロマネスク様は解説さん曰く、山を動かす怪力の持ち主なんだぞ!その攻撃を受け止めるなんて、なんて怪力してんだ!
「消えろ」
バルログの業火がロマネスク様を包みこむ。
「ぐあぁぁぁぁあ!!」
「! 空間転移!!」
マナちゃんさんが間一髪のところで空間魔法を作動。
なんとか、ロマネスク様は助かった。
『常人なら一瞬で骨まで灰になっている程の熱量の直撃を受けて、軽い火傷で済むとは……。恐ろしい肉体強度です』
解説さんの驚愕と称賛の声。俺以外の人にはわりかし素直だよね。
「次はお前だ」
「私は、一日中だって戦えるよ!」
マナちゃんさんがバルログと一騎討ちの形で戦いだした。
二人の姿が消え、破壊音と空気を切り裂く音だけが聞こえる。
俺とタケルくんは、ロマネスク様を守りつつも、どうにかマナちゃんさんの援護をしようとしてはいるが、なにが起きているのかすら分からないほどの高速戦闘に全く着いていけない。
水流カッターと魔力光線の構えはしている。
バルログが一瞬だけ姿を表した瞬間、彼を狙い撃ちにする。
魔力水のカッターは魔炎で蒸発し、魔力光線だけは直撃した、
直撃したが……。
「毛玉よ、今、なにかしたか?」
やはりと言うべきか、全く効いていなかった。




