24 旅の準備ですってよ、奥様! タケル編
ナナがマナによる特訓を受けて虫型魔物たちを蹴散らし、ハルカが故郷に帰って姉と再開して食事をしていた頃、王宮では異世界から召喚された勇者が近衛兵たちから代わる代わる、激しい訓練を受けていた。
「ぐはぁ!!」
「立て!もう一度だ!」
近衛兵の男がタケルに渇を入れる。
タケルが立ち上がるのを待ち、剣を構え直した瞬間、二撃目の攻撃がタケルを襲う!
「クソッ!」
そして、タケルは再び地を舐めることになる。
タケルは元の世界では、小学校と中学で空手をやっていて、その腕前は全国大会で優勝を飾ったこともあるほどのものだった。
彼はハードなトレーニングをこなし、肉体を常人以上に鍛えてはいたものの、現代っ子であるタケルには、異世界の兵たちの訓練にはついてはいけなかった。
この世界では、空手の全国大会準優勝程度など雑魚もいいとこだった。
だから、倒れる。倒される。何度でも倒れて立ち上がる。
そして、今日も倒れて泥をなめることになった。
「今日はここまでだ。体を休ませておけ」
近衛兵は仕事に戻っていった。
「……はい」
その背中に、息を切らし、仰向けになったまま返事をする。姿勢を正すほどの体力など既に使いきっていた。
体中が土と汗にまみれ、付着した土屑が汗と混じって泥に変化しているのがなんとも気分が悪い。早く風呂にでも入って汗を流したいところだ。服はこちらの世界の戦闘服を着ていて幸いだった。学校の制服が汗と泥で汚れていたら、最悪の気分を味わっていただろう。
しばし横になって休息でも取ろうかと目を閉じると……。
「大丈夫ですか?勇者さま」
上から覗きこむように、女の子の顔がタケルの顔の上に現れる。
桃色髪と三角帽子からはみ出るハートマークのアホ毛がなんともキュートな彼女は魔法使いのマナ。
タケルと共に魔王退治の旅をする予定の少女だ。
王宮の者たちに聞けば、彼女は王国始まって以来の魔法魔術の天才で、国立魔法魔術学校を飛び級主席で卒業しただとか、新しい魔法魔術をいくつも開発しただとか、そんな噂が後を経たない少女だ。
平凡な人生を歩んできた自分よりも、彼女のような人間の方が勇者に相応しいのではないか?とも思う。が、魔王は自分のような、女神からの加護を受けた勇者にしか倒せないとも聞いた。
女神は明らかに人選を間違えているような気がするが、それがこの世界なので、気にしたら負けだ。
「勇者さま。私が部屋まで運ぶので、少しお休みになられては?」
「いやいやいや!大丈夫!元気一杯だぜ!」
女の子に、俗に言うガチコイ距離から顔を覗きこまれては、女慣れしていないタケルは思わず心拍数が上がってしまうのを押さえられない。
脳内ではアドレナリン諸々の脳内麻薬が分泌され、疲れた体を活性化させてくれる。
それに、かわいい女の子に心配されて、そこで強がりの一つでも言いたくなるのが男の子というものだ。
慌てて立ち上がり、佇まいを直し、体力が有り余っていることをアピールする。実際のところ、アドレナリンの魔法で体を動かしているだけで、体力はほとんど残っちゃいないが。
「元気ですね。さすがです勇者さま」
「任せてくれ!俺が魔王を倒します!」
かなり頼りがいのありそうなセリフだが、その実、タケルは不安で満腹状態だった。
「(俺なんかが魔王倒せんのかよ……)」
勇者として期待されている手前、誰にも言えないが、自信が無かった。
そのタケルの心を読んでいるかのように、マナはタケルに励ますように語りかける。
「そんな不安になるのも仕方ないですよ。だって勇者様は今まで平和に生きてきたんだから」
「その平和って言うのも平和ボケって言うのかな、ハルカさ……ロマネスク様にも言われちゃいましたし……」
うっかりハルカのことを名前で呼びそうになり、慌てて訂正する。
タケルはなんだかんだ、気を使える男だったのだ。
「でも訓練を始めたばかりの頃よりも、ずっと強くなってますよ」
「そうかな?自分じゃ感じ取れないんだけど……」
「私は戦闘力をステータスという形で数値化できる魔術道具を持ってます。それで測ってみましょう」
「いや、やめとく」
「遠慮なさらずに!」
強くなっている自信が無かったタケルは、数字という目に見える形で自分の弱さを指摘されたら立ち直れなくなる。具体的には一年くらい引きこもりたくなる。
断っても遠慮していると解釈したマナは、タケルの心情などまるでお構い無しに、水晶を取り出し、水晶にかけられた魔術を発動する。
「水晶くん、勇者さまのステータスを見せて!えい!」
「ちょ、おまっ!」
名前/空牙武
種族/人間
性別/男
年齢/17
職業/勇者
体力/100/200
パワー/120/200
スピード/130/190
タフネス/160/250
魔力/300/300
経験値/650
レベル/5/95
スキル
剣術 レベル3
魔導防壁 レベル2
「うわあああああ、やめろぉぉぉお!!……って、あれ?強くなってる?」
「強くなってますね」
水晶に写し出された数字は以外と高かった。強くはなっている……らしい。少しだけ自信が甦る。
「俺、魔王倒せるかも……」
「その生きですよ!勇者さま!」
彼らを陰で見ていたナナシのナナと解説さんは、後にこう語る。
「マナちゃんさん、完全に勇者くんの取り巻きになってて草生えるわ」
『魔王を倒せる、正確には止めを刺せるのは勇者である彼だけだとはいえ、過剰な持ち上げですね』




