23 旅の準備ですってよ、奥様! ハルカ編
緑色の長髪を風にたなびかせ、筋肉質な長身の少女の旅路を歩く。彼女の名前はハルカ・R・ウォーリアー。
王都ではコロシアムの不敗のチャンプとして名を馳せている彼女だが、故郷ではありふれた1人の女の子として暮らしていた時期もある。そんな少女がなぜ、王都に飛び出して戦士となったのか?
故郷の者ならば誰でも知っていることだが、今はその話は置いておこう。
昔は見慣れた、今となっては懐かしい景色が近づいてくることに、嬉しさと望郷の念が溢れて、強くなっていく。
やがて峠を越えて、故郷の村が見えてきた。
ふるさとを見下ろせる場所に着き、人心地ついたと言わんばかりにその場に生えている名も知らぬ短めな草にどかっと腰を下ろし、人目も気にせず豪快にあぐらをかく。
彼女はまだ年若い少女だが、その動きは良い歳した中年親父のような動作だった。しかも、禿げ上がった酒飲みタイプのオヤジだ。親友の桃色髪の頭お花畑に見えて意外と冷淡な所がある少女がいたら、「女の子がそんなはしたない真似しないの」とか、説教の一つでもかましてくることだろう。
だが、一つ言い訳をするなら、どうせこの様子を見ている者などいない。いたとしてもこの辺りの者なら見られても問題ない。
そんなわけで彼女を咎める者はいないので、思いっきり羽根を伸ばして5日間の走りっぱなしの旅で疲れた体を休ませることができた。
故郷の建物も道もレンガだらけの田舎町を見下ろせるこの場所は、家族でピクニックに来た思い出があって好きな場所だった。
幼い日の思い出と暖かい陽光と小鳥と虫のさえずりに浸りながらしばしの間、体に溜まった疲れを解すと、彼女は立ち上がり、また歩き出す。
両親に会うことに、後ろめたさと罪悪感も心の片隅にあったが、あの日、家出同然に飛び出した実家に帰るだけのことに、なんの躊躇いがあるだろうか。
否、彼女にはある!
現に、彼女は実家の前にて右往左往し、扉のノックも出来ずにいる。
両親は昼間は仕事で出掛けているが、病弱な姉が家にいたはずだ。
漁業の町であるこの町では、病気がちな姉はいつもクソガ……悪ガキたちに小突かれていた。当時お姉ちゃん子だったハルカはその度にぶちギレて悪ガキたちを追い払うわ、喧嘩するわ、ぶちのめすわと獅子奮迅の無双を見せつけていた。
思い返せば、当時から喧嘩は無敗だったな、と普通に女の子らしくない生活を苦笑いする。
思い出に逃避するのは止めにして、実家に帰るだけの勇気を振り絞り、扉を叩く。
コンコン。
分厚くて硬い材質の木材を叩く音は家の中にも良く響いただろう。
「どちら様~?」
人の気配がどんどん近づいてくるのを感じる。
やがて、静かに扉が開くと会いたい人――――優しい姉が顔を見せる。
「………ハルカ?」
「や、やあ、……久しぶりだね……姉さん……」
成長したハルカと姉は、互いに目を合わせた瞬間、互いが誰なのか察した。
数年分の姉妹の再開。片や家出した不良妹、片や優等生な病弱姉。正反対ながらも互いを大切に想っていた姉妹だったが、この数年分の再開に、なにを話せばいいのか分からなかった。
どうする?なにを話す?マナのことか?仕事のことか?
それとも、勇者一行に選ばれたことか?
ハルカの脳内で思考が高速回転し、グルグルとループしていく。
「ま、取り敢えず入りなさい。ちょうどご飯できたところだから食べていきな」
「……うん、そうする」
姉は不出来な妹が感じる気まずさを察したのか、とりあえず中に入れと促す。
ハルカもそれに逆らわず、流れに身を任せた。
数年振りに2人で摂る昼食。
大好きなはずのシチューが、今は鉄錆びの味がする。
あの日、なにも家族にも誰にも言わずに勝手に町を出ていき手紙の一つも出さなかった気まずさが、姉との会話を拒んでいた。
「ハルカ」
「…………なに?」
突然姉に話しかけられて驚き、ビクッとしつつも、平静を装おうことに成功する。
戦士として鍛えられた精神力は伊達ではなかった。尚、家族には無効の模様。
「私さ、ハルカが帰ってくるの、ずっと待ってたんだ。帰って来なくてもさ、手紙くらいくれると思って、ずっと待ってたんだよ?」
「……うん」
姉の一言一言が胸に刺さるような思いだったが、「心配させてごめんね」の一言が出て来ないのは、ハルカの意地だ。
戦士になると言って飛び出した以上、非があるのは自分でも、自分からはそう簡単には折れられないという、端から見ればしょうもない、しかし、本人にとってはかけがえのない大切な意地があった。その意地で大成出来たのだから、易々とバカにはできない。
姉は食事の手を止めると、顔を上げて優しい声色でハルカに問う。
「どうして手紙もくれなかったの?」
ハルカは口のなかの料理をわざとゆっくりと咀嚼し、その間になんと答えるかを考える。たっぷりと時間を稼ぎ、シチューを飲みこむと、重い口を開く。
「……手紙も出さなかったのはな、書こうとすると無性に帰りたくなるからだったんだ……帰りたくって仕方なくなるから」
「いいじゃない、帰ってくれば」
「帰ってきたら、父ちゃんは2度あたしを自由にしてくれないだろう?」
ハルカの父はのどかな田舎町には似つかわしくない厳のように厳格な男だった。
そして、戦士だとか、冒険者だとか、その日暮らしで常に危険がつきまとう職業を大変嫌っていたし、愛娘のハルカがそんな仕事に憧れいたことも面白く思っていなかった。
そして、喧嘩が自慢のハルカのことも、面白く思っていなかった。
当然、父はハルカが王都で働くことを反対した。
ハルカは父とは何度も対立し、口論や大喧嘩を重ねてきた。
負けん気が強く、喧嘩っ早く、行動力があった当時のハルカは、「父ちゃんなんかに負けるか!」と言って家を飛び出した。
父に自分を認めさせたい一心で。
そして、身一つで町を飛び出した幼い少女に、王都に着くまでの旅路は厳しかった。
野生の動物や魔物は容赦なく襲いかかってくるし、野盗に襲われたこともあった。
それでも、ハルカは無事に生きて王都にまでたどり着き、冒険者として名を馳せた。
そしてコロッセオの戦士となり、チャンプになった。
そこに至るまで、何度となく倒されたが、その度に立ち上がった。
今の姿を見て、父はハルカを認めて誉めてくれるだろうか。
それとも、娘に呆れてハルカを勘当するだろうか。
その事は気になるが、ハルカは父に会うつもりは無かった。
きっと、父の中でハルカは死んだことになっているだろうから。
それからハルカは色々と話をした。
親友のこと、親友の使い魔のこと、闘技場で不敗のチャンプになっていること、勇者一行に選ばれたこと。
特に、闘技場のチャンプになったことと、勇者パーティーに選ばれたことを話した時の姉の食いつきは凄かった。
ずっと暇だった姉は、刺激的な話に飢えていたのだろう。
それが大切な妹のことなら尚更だった。
食事が終わると、話も終わった。
「飯、ごちそうさま。もう帰るよ。姉さんの顔見れて良かったよ」
「泊まっていかないの?お父さんもハルカに会いたがってるよ」
「……父さんのことはもういいよ」
吐き捨てるように言うと、逃げるようにハルカは家を飛び出した。
「……ハァ。来るんじゃなかったかもな」
いつの間にか曇天になった空は、ハルカの心証を物語っているようだった。
なんか無駄にシリアス(シリアル?)な展開を入れてしまった。




