19 勇者タケル・クウガ
「―――という訳でして、王宮にお呼ばれしてるみたいですよ」
俺はその日の晩、帰って来たマナちゃんさんにハルカさんの伝言を伝えた。
朝から出かけていて、すごく疲れてるところを申し訳ないと思ったが、これもマナちゃんさんの生活のためだ。早いうちに伝えておくべきだ。
マナちゃんさんは一言、「分かった」と素っ気なく言ったら、着替えもせずにベッドルームに直行して眠ってしまった。
汗をかいている年頃の女の子が風呂どころか、着替えもせずに眠るとか相当疲れてたんだな。
仕事の時にも一緒にいる俺を置いてきぼりにしていたし、一体なんの用事だったんだろう。解説さんはどう思う?
『相当に魔力と体力を消耗しているので、激しい戦闘か大規模な実験かなにかでしょうね』
彼女のようなチートの化身でも疲れるほどのことか。
無敵のマナちゃんさんの人間アピールを見られて良かったと取るべきか。
次の日の朝、マナちゃんさんが起きてくる前に朝食の用意を済ませておいた。
勇者召喚は今日の正午にあるので、気合いを入れて豪勢にした。
俺のように、出来る使い魔の朝は早いのだ。マナちゃんさんが万能過ぎて、家事・雑用くらいしか出来ることがないとか言っちゃいけない。
『あなたに出来るのはこれくらいですものね』
言ってはいけないことをあえて言う解説さんのスタイル、嫌いじゃない。
掃除も朝食を準備する前にしてしまったし、マナちゃんさんが起きてくるまで暇だな。
『ならば、彼女を起こしてくるべきです。朝食が冷めてしまえば、かえって気が利かない使い魔になりますよ』
解説さん、普段は絶体零度に冷たいのに、的確なアドバイスするよね。
解説さんのアドバイスに従い、マナちゃんさんを起こしに行った。
部屋に入ると、一晩の内に部屋に充満した女の子特有の甘い香りが俺の犬並みの嗅覚を刺激してくる。女の子の体でなければ、ものすごくお下品なことになっていただろう。この表現自体もギリギリな気がする。
『この程度ならセーフでしょうね。種を残す本能がない私には理解できない感覚ですが』
マナちゃんさんの寝顔は、とても安らかで幸せを噛み締めて、見てるこっちにまで幸せが感染しそうな、実に可愛い寝顔だった。もし、ここにカメラがあったら連写したいところだ。
あんまりにも幸せそうなので、頬を突っついたりとか、ちょっとしたイタズラをしてみたい誘惑をねじ伏せ、軽く揺すって起こそうとする。
「起きてください。朝ですよ」
うっすらと目を開けたが、また寝ようとしている。
まだ疲れているのかと思って、解説さんに解析してもらったが、十分に休めていて、昨日の疲れは取れているという結果が出た。
マナちゃんさんが朝弱いだけかな。
「あと5ヘイト(5分)だけ……」
あと5分っっ!
朝弱い人のテンプレ台詞きたよ!
「大事な用事がある日でしょ!起きてくださいよ!」
普段ならともかく、今日だけは早く起きて準備して貰わないと困る。
布団をはぎ取り、無理矢理叩き起こそうとするが、今度は布団の裏にトカゲみたいに張りついて寝ている。
「ええい!厄介な奴め!」
こうなったら気付け薬でも嗅がせるしか……!
俺が魔法薬のある書斎に、適当な薬を取りに行こうとすると、マナちゃんさんのお腹が大きく鳴り、マナちゃんさんは自分で起きてきた。
「良い匂いがするね!お腹減った!お風呂も入りたい!」
朝飯の匂いで眠気が吹っ飛んだようだった。豪勢にしておいて良かった。
「先に朝食を食べてください。その間に風呂を沸かします」
「じゃあ任せるね」
ステテテテーと部屋を出ていくマナちゃんさんの後ろ姿を見送る俺は、出来る使い魔ナナシのナナ。
『……これでは使い魔というよりも使用人ですがね』
そこ、うっさい!
その後、朝食中に「あーん」や、マナちゃんさんの生着替えなどの男子必見かイベントが多々ありましたが、ダイジェストでお届けします。
で、色々あって、王宮に来た訳ですが……。
「ライオネル様の使い魔は、こちらでお待ちください」
待合室に連れてかれて、待ってるように言われた件。
「ごめんね、魔物は王宮内には入れないからここで待ってて。すぐ戻るよ」
マナちゃんさんも、俺を連れていく気がないようで、「待て」を命じられる。指示には従うが、マナちゃんさんの右腕(自称)で、使い魔の俺が勇者召喚の儀式に同伴出来ないっていうことがね。笑うわこんなん。
「では、ライオネル様はこちらへどうぞ」
近衛兵の1人がマナちゃんさんを案内する。
俺も儀式に立ち会いたいが、しょうがないから我慢しよう。
それから、どれ程待っただろうか。こういう時、俺が愛読していた小説や漫画だったら、事件とかが起きたりするんだろうけど、別にそんなことは無かったよ。
何事もなく、儀式は終了したようで、マナちゃんさんが部屋に来た。男連れで。
その男は高校生くらいだろうか。服装はブレザー。黒髪で中肉中背で身長は低くもないが、高くもない。小柄な俺の顔が、彼の胸の高さにあるくらいだ。
顔もイケメンでもないが、とりわけブサイクでもない。
髪も服もきちんと整えているので、不潔な悪印象はわいてこない。
パット見の印象は失礼だが、THE・普通を絵にした平凡な少年といった感じの男だ。
「紹介するね。この方が勇者タケル・クウガだよ」
「タケルって呼んでくれ。呼び捨てでいいぜ」
勇者タケル。この人が魔王を倒すって訳か。




