17 ドラゴン狩り?そんなことより食欲だ! 後編
「う、う~ん」
暗闇に落ちた意識が戻ってきた。
頭が割れるように痛い。眩暈もする。脳が揺れた時に受けたダメージの影響なのか、体がやけに重い。
最近になってようやく見慣れてきた年季の入った天井と古い壁紙の部屋。
体にかかる暖かい毛布と柔らかい枕に、夢見心地の気分だ。どうやらここは、マナちゃんさんの寝室のベッドの上のようだ。
俺はその横で丸くなって寝てたからよく覚えてる。
おぼろげな意識がハッキリとしてくると、意識を失う前後のことをだんだん思い出してきた。
俺は、ご主人様のマナちゃんさんの薬で人間にしてもらって、それで、どうした?
そうだ、全裸でマナちゃんさんに駆け寄って、それから顎に一発プロボクサー顔負けの良い感じのパンチを貰ったんだっけな。
こう書くとなんか、変態が少女を襲って返り討ちにされたみたいだな。
や、俺は人間になった直後のメスのオオカミだし、マナちゃんさんも女の子だ。これは百合の花が咲き乱れる。薄い本も厚くなること間違い無しだ。
なんて、脳が間抜けなことを考えてないで、状況を把握しようや、俺。
今は上下に黒いインナーらしき服を着てることから、マナちゃんさんは俺を気絶させた後、服を着せてくれたようだ。
俺をどうやって気絶させたかは、真剣に思い出してもマナちゃんさんの動きが全く見えなかったから断言はできない。
もしかしたら、俺を気絶させたのは蹴りや魔法や魔術だったかもしれん。
まあ、なんにせよ、マナちゃんさんに一瞬で意識を刈り取られたことだけは確かなことだ。
まだ少し頭痛がする。これは結構ひどいダメージかもな。
魔物は回復力も高いし、少し休めば平気だな。うん。
寝室の扉が開いた。
「ナナちゃん、大丈夫?」
部屋に入って優しく声をかけてくれるのは、俺のご主人様のマナちゃんさん。
「気絶させちゃってごめんね」
「全然平気ですよ!これくらい!」
上腕二頭筋を見せつけて、アピールする。あ、この腕細い上にぷにっぷにだ。マシュマロみたいにすっげえ柔らかいわ。
マナちゃんさんの手には、水の入ったコップと料理を乗せた皿の乗ったお盆を持っている。
「はいこれ、食べてね。今なら味も感じるはずだよ」
差し出されたお盆をお礼を言って受けとると、ベッドの脇にある机に乗せる。
『彼女は戦闘も学者としての能力も超一流のようですね。流石はイレギュラーです』
解説さんがなにか言ってるが、今は無視だ、無視。
そんなことよりも腹が減った。
皿に乗った肉を切り分けて、一口頬張る。
口の中に広がるジューシーな肉汁と旨味が堪らない。今まで食ったことがない味がする。なんの肉だろう。
『この食肉は草食のドラゴンの幼体の肉ですね。
安価で手に入る食材として好まれており、その肉は他の家畜よりも美味です。
草食竜は肉食竜よりも比較的大人しくて小柄、調教も可能で食事量も少ないため、家畜に向いている竜です。ベテランの冒険者が引退した時に草食竜の養竜をするときもあります』
へー、この世界では草食竜の肉が俺の世界の牛肉や豚肉みたいなもんなのかー。
でも、俺の世界じゃ絶対に手に入らない珍味であることは確かだし、今のうちに味わっておこうっと。
残りの肉も一口サイズにして頬張っていく。
解説さんに成分分析してもらったけど、砂糖は使われていないのに、すき焼の肉みたいに甘味があって旨い。
食べきるまでに5分とかからなかった。
「ご馳走さまでした」
マナちゃんさんと食べ物への挨拶も欠かさない。
あ、頂きます言ってなかった。これは失敗した。
食事が済んだらマナちゃんさんは輝いた目で質問ラッシュを浴びせてくる。
「人間になって、体と心の感覚はどう変わった?」
「味覚の変化を詳しく聞かせて!」
「どうして私の使い魔になりたかったの?」
「私の使い魔になってから暮らした感想は?」
「ハルカと私、どったが好き?」
「犬派?猫派?」
「体を少し調べてもいい?」
「人間になって知能や理性は向上したのかな?」
「薬の副作用もあるかもしれないから経過観察もしないとね!」
etc.etc.etc.……。来るわ出るわ、質問の山。
流石にコミュ力以外に取り柄がない男(今は女)と言われた俺でもマナちゃんさんのオラオララッシュには着いていけなかったぜ。
稀代の魔法使いマナちゃんさんの知識欲と好奇心は半端じゃなかった。




