9 狩人VS俺とあの人 前編
昨日は解説さんから魔力の属性の説明を聞いてからずっと火属性の魔法の練習をしてた。
魔力も体力もすっからかんになるまで修行してもうクタクタで、夜になったらすぐに寝てしまった。
時刻はもう昼だが、俺はまだ疲れも眠気も取れていないので未だに眠り続けている。
正確には朝に起きたけど二度寝した。
平日の昼間まで眠るという、社会人には許されない快楽を味わっていると、いつもは冷たい解説さんがなぜか俺を起こそうとしてくる。
『起きてください。一体いつまで寝ているつもりなんですか?もう日が傾きますよ。前世は本当に社会人だったんですか?』
前世って、ここでは転生したって設定なのね。
また1つこの世界のことに詳しくなってしまった。
それでも解説さんのコーヒーゼリーのように冷たく、ほろ苦い愛のこもったモーニングコールを無視して再び眠りにつく。
夢の中のはずなのにまだ眠いからな。
許せ、解説さん。また今度だ。
『はいはいどこの忍者ですか、とでも突っ込んで欲しいのですか』
左様です。ていうかよく知ってるな解説さん。
『気が変わりました。今すぐ永眠なさってください』
解説さんは今日も元気に絶対零度だ。
本当に永眠したいくらい眠いです。
『ならば丁度良いですね。すぐそこまで来てますよ』
え、なにが?
『あなたを永遠の眠りに誘うお方です』
解説さんが言い終わった瞬間、洞窟の出入口が凍りついた。
ひんやりとした冷気が寝起きの頭にいい眠気覚ましになる。
だんだん思考がはっきりしてきたぞ。
さては……これは氷属性の魔法だな!俺は詳しいんだ!
『氷属性ではなく水属性です。二度と間違えないでください』
あっ、はい。
俺が渾身のボケをかまして(※素で間違えました)解説さんの突っ込みが終わると、洞窟の出入り口を固めた犯人を見る。
年季の入った白い髪と西部劇のような髭、年齢に対しては浅い皺が無数に入った彫りの深い顔つき、ハンティングの装備と服の上からでも分かる鍛え抜かれた屈強な肉体。
この男は……。
「よう、オオカミ野郎。元気してたか?」
そいつはオオカミになったばかりの俺を狩ろうとした、あの狩人だった。
俺の魔力光線も元はこいつの技だ。
ステータスの表記を逃げるのに必死でチラッとしか見てなかったが、名前は確か……。
『オーガスタです』
そうそう!オーガスタ!
何しに来たかとかは、もう分かりきってるな!
『1度逃がした獲物を再び仕留めに来たようですね』
そう、俺を狩ることだ!
解説さん!ステータスを見せてくれ!
名前/オーガスタ
種族/人間
性別/男
年齢/41才
体力/200
パワー/116
スピード/169
タフネス/91
魔力/255
レベル/45
経験値/542
スキル
魔力光線 レベル34
水魔法 レベル46
解説
森の狩人として暮らしている男性。
ハンターとしての腕は一流で、今までどんな獲物も仕留めてきた。
水属性魔法と魔力光線を使いこなして狩りをする。
やっべえなこいつ。
前の時は地面を凍らされて動きづらくされて魔力光線を撃たれけど、今回はいきなり逃げ道を塞がれた。
戦うしかなくなった訳だけど基礎スペックはともかく、こいつの魔力は俺の4倍近くある。
魔法で撃ち合いになったら、まず負けるのは俺だ。
前みたいに逃げるのは無理。魔法で挑むのは無謀。
ならやることは1つ。
「オオオオーーン!!(肉弾戦あるのみ!!)」
強く勇んだ遠吠えをしながら狩人……オーガスタに飛びかかる。
魔法などくだらん!!オオカミ族自慢の顎で喰い千切ってくれるわ!!
しかし、俺のインテリジェンスな考えは奴には筒抜けだったようで……。
「そうくると思ったぜぇ」
オーガスタが右手を前に突き出すと、一瞬のうちに氷の障壁が展開された。
勢いが止まらず、俺は牙を向いた体勢で、頭からぶつかった。
純粋に痛いんだが。
『これは水属性の基礎魔法の1つ、アイスシールドです。基本中の基本ですが、癖もなく魔力の消費も少なく鋼の剣も防ぐ頑丈な盾です。後、動きが単純過ぎます。それと、もう少し相手の出方を考察するべきでは?』
「単純バカだな。さすが魔物だ」
『全くです』
解説さんとオーガスタの流れるようなコンビネーション罵倒に俺の心は既にノックアウト寸前なんだが?
て言うか!解説さんはどっちの味方なんだよ!
一緒になって俺を罵って!
泣くぞ?良いのか?泣くぞ!
社会人1年生の元3ヶ月のかわいいメスのオオカミが泣くぞ!
『泣きたいなら泣けばよろしいのでは?』
酷い!なんて言い種だ!
泣いてやる!うえーん!
『ふざけてる場合ではありませんよ。攻撃、来ます』
解説さんに指摘されて、目の前にある氷の盾がなにやらひび割れるような音を立てているのに気づいた。
なんか不味そうだと思い、急いで距離を取ろうとしたが回避行動に入るのは既に遅かった。
氷の盾が変形し、無数の氷の槍が俺に向かって飛び出す。
槍は物凄く鋭く、容赦なく全身に刺さってくる。
俺の白い毛並みが鮮血に染まった。
直前にバックステップを取っていたのが幸いして致命傷は避けられたが、これはきつい。
全身に刺さった氷の槍は冷たく感じるのに、傷口は熱い。
熱くて冷たい。
それに、出血が多過ぎてめまいがする。
足どりもおぼつかない。
不味いぞ…これ。
「惜しかったな……。後少しで串刺しにできたんだが」
オーガスタが呟いた言葉は、はっきり聞こえる。
その手には魔力光線のチャージが完了している。
解説さんが焦った様子で俺に警告してくる。
『速く逃げなさい!このノロマ!!』
その声には明らかに焦燥と少しのデレが感じられた。
解説さんやい、俺だって逃げたいところだが、足が傷ついてて動けない。
そもそも逃げる場所もない。
その手を俺に向けて、そして……。
「くたばれ。オオカミ野郎」
軽く俺を罵る言葉と共に、その光線を放ってくる。
この距離じゃ避けられないな。
観念して覚悟を決めた俺は、ゆっくりと目を閉じる。
この世界の思い出に浸りながらな。
ああ、最後にマナちゃんさんに会いたかった。
せめて、最後はその慎ましい胸の中で……。
使い魔になりたかったし、彼女と一緒にこの世界を冒険とかしてみたかった。
さようなら俺の夢の世界。
こんにちは現実。
…………。
…………………。
……………………………。
あれ?いつまで経っても止めの攻撃が来ないぞ?
もしかして、もう夢から覚めた?
やけにいい匂いがする。
1度嗅いだことがある優しい匂いだ。
恐る恐る目を開けると、そこにはあのマナちゃんさんの背中があった。




