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ダーマッドと街歩き。
ふふっ。
彼は気が付いてないだろうけどこれはデートだ。
呼べば来るからもしかして、と思ったが街歩きまで傍にぴったりとついて来てくれる。
とはいえ、普通に男性と出歩くことなどないからどうして良いのかわからない。男性はなにかねだられると喜ぶ、とアリーが言っていた。
我が儘だと思われないかな?
なにかねだるもの……
パンか。ハム挟んだパン。あのくらいなら我が儘でははないかな?
宝飾品を取り扱う店も並んではいるがさすがに今のふたりの距離感でねだる勇気はない。
ご令嬢方がよくおねだりのときに殿方にやっている上目遣いというのをやってみる。
う……ダーマッドが固まった。わたくしでは気持ち悪いのかな……
パンは買ってくれたけど、嬉しそうな顔はしてない。おねだりではなく命令と捉えているようだ。
さすがにちょっと大きいパンなので半分こというのをやってみよう。これもデートしてる恋人っぽい。抑えようと思ってもにやにやしてしまう。
受け取って食べてはくれてるけど、嫌々なのかな?難しい顔して周りを気にしている。侯爵令息や王女として食べ歩きは駄目だったかな。
楽しいのはわたくしだけのよう。
いやいやいや、これから!これから仲良くなってもらうのだ。
石畳の大通りに馬の蹄の音が騒々しく鳴り響く。城の守備隊だ。
慌ただしく近寄りダーマッドに耳打ちをしている。王城でなにかあったのだろうか?
報告を聞き終えたダーマッドがにっこりと笑顔になった。さっきまであんなに嫌そうだったのに。
でも、その笑顔なんかこわい。
「グィネヴィア王女殿下、今日のお出掛けはここまでです」
え?
身体がふわりと持ち上がる。
ダーマッドがわたくしを抱き上げている。お姫様抱っこだ。
「え?なななな、なに?」
ちょっと待って、急にどうした…
「帰りますよ」
「どどどどーしたの?なにかあったの」
顔から火が出そうなほど熱い。ダーマッドは守備隊の馬にわたくしを乗せた。ダーマッドも乗ってわたくしを横抱きにする。
「しっかりと掴まってください」
王城に戻るなら徒歩でもすぐ、と思ったがどうやら逆方向に馬を走らせている。
ダーマッドの顔には先ほどの笑顔はなくどことなく苛々と機嫌が悪そうな……機嫌が悪いなんて初めて見たかも。いつも笑顔ではなくともおっとり、ぽんやりしてるのに。
ダーマッドの態度に最初のときめきも鎮まり、それでも抱かれている事実が恥ずかしくて赤面は治らずずっと下を向いていた。
腕はしっかりとダーマッドの腰に回しているが、見た目は細いのに逞しくてなんとも言えない気持ちが込み上げてくる。あれだ、役得とかそういう…。
ダーマッドの匂いとか体温とか……でもそういうのを噛み締めて浮かれている事態ではないようで申し訳ない気持ちになる。
普段穏やかな彼の機嫌が悪くなるような何かが起こったのだろう。後でちゃんと説明してもらうことにしよう。
城下町の城門を出てさらに進む。王都の外れに近い辺りに一際堅牢な城壁が現れる。たしかここはガラン侯爵邸だ。
将軍家らしく普通の貴族の町屋敷とは違い一世紀は前に建てられた城塞を住みやすく今風の屋敷に改築してあるものだと以前ガラン侯爵が言っていた。
丈夫そうな石造りの高い城壁の周りには濠があり馬で抜けると今時珍しい跳ね橋が上がり格子状の鎧戸が落ちる。分厚い城門が閉じられた。
王宮のように近年の絢爛華美な住居としての城ではなく英雄譚に出てくるような、もしも敵軍に囲まれても当分は持ちこたえそうな要塞だ。
小高い所にある王城からは見えていたが実際に来るのは初めてだ。
城の入口で馬を降りると侯爵家の侍従が馬を連れていく。
ダーマッドは無言でわたくしの手を引いて足早に進む。
中へ入るとやはり古風で重厚な内装に圧倒された。
王宮も重厚だと思っていたがここと比べると明るくて華美に感じる。改装されたのは居住する部分で城の入口などは昔のままなのだろう。
古めかしい鎧の飾られた暗い廊下を抜け、タペストリーさえ飾られていない寒々しい石壁剥き出しの細い通路を抜けると更に暗い古そうなガタガタの石の螺旋階段が見える。これを昇るようだ。
「ダーマッド、どこに行くの?ねぇ、帰るのではなかったの?」
本来ならダーマッドの家に来れるというのは嬉しいことなのだがさすがにこんな場所は恐い。
ダーマッドが怒っているような様子に涙がでそうだ。
わたくしの声にはっとしたように少し身体をこちらに向け、掴んでいた手を優しく握りなおす。わたくしの顔を無表情でちらりと見やるとダーマッドは歩く速度を緩めた。