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グィネヴィア王女と街にでる。
毎日のように呼びつけてはあっちに行きたい、あの人に会いたい、等とわがままを言ってくる。
嫌がらせのつもりなのだろう。
私としてはまだ結婚前なのに毎日王女に会えるんだから何のご褒美?という気持ちなのだが。
王女の顔を見ると仕事の疲れが癒される。なんて可愛いんだ。幸せ。
私が喜んでいるのを知ったら気持ち悪がられるだろうから心の内を洩らさないよう気を付ける。
城下町の、商店の並ぶ大通り。人は多いが城壁の中は安全で王女でも護衛を付ければ歩き回ることができる。
「ダーマッド、あれはなに?」
「肉屋ですよ。店先でハムを削ってパンに挟んで売っているのです。忙しなく歩きながらでも食べやすいように」
「まぁ食べてみたいわ!」
「全然忙しくもないのに?女性はケーキとか飴とか甘いものが好きだと思ってましたが」
「…それも好きよ。ケーキなら王宮でも食べれるけど、ほら、ああいうのはないでしょう?」
「………」
ちょっと待って。ハム挟んだパンくらいで瞳を潤ませておねだりするのはやめてくれ。買ってくるしかないじゃないか。
どうせなら指輪とか首飾りとか、そういったものを買ってあげたいのだが。私から恋人に貰うような贈り物はきっといらないのだろう。
カウンターに小銭を置くといつもはしかめ面の肉屋のオヤジが顔面ゆるゆるでハム盛り盛りのパンを渡してくれる。うんうん、てなんだ。
「ありがとうダーマッド。これはとても大きいわね。半分こしましょうよ」
「…残して大丈夫ですよ」
「せっかくだから一緒に食べましょうよ。ね?」
割いた半分を渡してくる。少し手が、触れる……。小首を傾げて目をきゅるりとされたら一緒に食べるしかないじゃないか。
グィネヴィア王女は気がついてないのだろうけど今の、並んで半分こずつのパンを食べながら歩いている私たちは周りから見たら完全にデートしてるカップルだ。護衛がいるけど。
街の人々が温かい視線で優しく見守ってくれている。婚約者同士と知れ渡っているのだろうが気恥ずかしい。
それに今日はグィネヴィア王女が全く全然嫌味を言って来ない。物言いもいちいち素直だ。どうしたんだろう。
可愛いすぎて私はいったいどうしたらいいんだ。
ありがとう、とか…。可愛い。笑顔でありがとうって……今ここで腑抜ける訳にはいかないのだが。気持ちをしっかり持たねば。
グィネヴィア王女は、ジェラルド王子の件は私の勘違いだと何度も言ってきた。王子が勝手に言っているだけで駈け落ちではない。本当に突然拐われたのだと。
たしかに打ち合わせてるのならグィネヴィア王女を簀巻きになんてしないかもしれない。合意のもとならそんな無茶は必要ないはずだ。
この儚げで華奢な女神に乱暴狼藉を働くなど許せない。私がその場に居合わせてたら美形の王子を人の原型を留めないくらいめった打ちにしてただろう。今からだってしたい。身代金待ちなので国王に叱られるが。
でも王女が今日のように素直だったりするともしかしたらジェラルド王子を脱出させる企みでもあるのではと疑ってしまう。
だってこんな、デートしてる恋人同士のような、王女の楽しそうな様子は夢じゃないのか?
現実ならばなにか裏があるのが妥当だろう。王女の笑顔は私を油断させるためのもの?
そう考えだすと毎日のように私を呼びつけるのももしかしたら…
「ダーマッド様!!!」
王宮の守備隊の馬が駆けてくる。嫌な予感しかしない。的中してくれるな。
私の側に来ると耳元で、小声で報告を受ける。
「申し訳ございません、ダーマッド様。ジェラルド王子殿下が…」