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「ダーマッドを呼んで、街に行きたいの」


 侍従が小走りで部屋を出ていく。



「姫様、ダーマッド様だってお忙しくてらっしゃるのですよ…」


「無理ならそう言ってくるでしょ?だってダーマッドが自分を呼べって言ったのよ?」


 誘拐事件から半月、わがまま姫様モード全開で毎日のようにダーマッドを呼びつける。


 だって来てくれるんだもの。なんて贅沢な日々。




 わたくしはひとつ気が付いたことがある。




 ダーマッドと結婚できるのだ。


 素直に気持ちを伝えてもよいのではなかろうか、と。


 昔とは状況が違う。ダーマッドは今ではわたくしときちんと向き合って会話(口喧嘩)をしてくれる。


 今は嫌がられても、これから愛を育むことはできるかもしれない。せめてその努力をこれからはしたい。







 わたくしはしたくて彼に意地悪をしていたのではないのだから。











 彼とは10歳の時に、わたくしの誕生日のお祝いの会場で初めて会った。






 両親と一緒に挨拶に来たわたくしと同い年の男の子。




 丸く柔らかな頬と優しそうな眼に、一目惚れだった。






 こんな男の子が好きだなぁと漠然と思っていたイメージが突然具現化したのか?好みの姿そのものだった。






 挨拶が一通り終わるとこどもたちだけで中庭に集まって遊んでいるのに混じった。それとなく彼の側へ行ってみる。






 どぎまぎしながらも勇気を出して話かけた。挨拶の時もそうだったが緊張した面持ちで、それでもなんとか笑顔を作ってくれた。




「あなたのおうちはどんなところ?」


「ここからはとても遠くて周りは山ばかりです。湖もあって釣りができます」



 そんなたわいのない話を二、三すると愛らしい少女が彼の腕に絡んできておやつのテーブルのほうへ連れ去ってしまった。


 彼は失礼します、とかなんとか言っていたが正直ほっとした。もちろん残念でもあったがわたくしの心臓が限界だったのだ。






 さらさらのミルクティー色の髪も透き通るような明るい琥珀の瞳も近くで見るととても綺麗で胸が高鳴った。




 まろやかな声色とほんわりと優しそうな話し方は見た目以上に好感が持てた。







 しかし彼にはシャルロッテという婚約者がいた。




 彼に近づくと度々間に入ってくる失礼な令嬢だと思っていたが実はわたくしの方がお邪魔モノだったという。彼とは幼馴染の伯爵令嬢だ。






 婚約者のことがなくても、わたくしの初恋は諦めるしかなさそうだった。




 諦める、というのは気持ちの問題で、現実に彼と結ばれるというのは夢想でしかないことは初めて会ったときから理解していた。



 わたくしは王女なのだ。


 あのケチ…抜け目のないお父様は惚れているからといって娘を臣下にやるような国王ではない。わたくしは他国の王や王子と結婚させられるに決まってる。



 それでも好きな殿方と手が触れあってどぎまぎしたり、バルコニーから中庭にいる彼と時を忘れて見つめ合ったり。そんなちょっとしたときめきを夢見させてくれたっていいと思うの。


 なにも騎士道ロマンスにあるような悲恋をしたい訳じゃない。ダーマッドがわたくしに笑顔を向けてくれたわ、きゃ!くらいでいいのに。


 そんな思い出を胸に秘めて置けばどんな境遇も頑張れるような気がするし。わたくしだって乙女なのだ。





 しかしダーマッドはわたくしが潤んだ瞳で見つめるとそっぽを向き、近寄るとあからさまに避ける。


 できるだけ愛らしく話掛けても剣技や物知りなところを誉めてみても貼り付けたような笑顔で表面的な返事しかもらえない。


 見つめ合うなど夢のまた夢だ。



 婚約者に勘違いさせない為?そんなにシャルロッテを愛しているのだろうか?


 たしかにシャルロッテはふんわりと愛らしい美少女だ。明るくて愛嬌があっていつもきらきらと笑顔を振り撒いている。



 彼女と比べるとわたくしなどは根が暗そうで陰湿な感じがするかもしれない。頑張って愛らしく振る舞ったところで痛いと思われるだけだろう。




 周辺諸国に知れ渡るくらいには美姫として褒めそやされていたのは単なる国王の娘への世辞?


 男性というのは年齢を問わずちやほやとしてくれたり潤んだ熱い眼差しをくれるものだと思っていたのは相当な勘違いちゃんだったのか。恥ずかしい。




 このダーマッドの反応のなさにはこれまで積み上げてきた女性としてのささやかな自信が見事に木端微塵だ。


 照れているにちがいないとか王女相手に緊張しているのだとか言い訳を考えてみても彼がわたくしには無関心だという事実が日に日に顕になるばかり。



 そんなわけで政略結婚させられるまでの、ちょっとしたときめき。それを少しずつ頑張り少しずつ心が折れて、幾年も掛けて諦めたのだ。





 可愛さあまってなんとやら…ではなく。


 憎いなんて全く思わないがわたくしに無関心な彼がそれなりに腹立たしく、冷たい態度を取ったり時には意地悪を言うようになった。



 不思議なことに、諦めた途端ダーマッドはわたくしの方を見てくれるようになった。


 そんなにわたくしの気持ちが重かったのだろうか?見つめられていっぱい話掛けられてウザかったのだろうか…。



 意地悪を言うと彼も軽口で返してくれるので会話が成り立つ。


 恋愛感情を微塵も感じさせない態度なら受け入れてもらえるようだ。


 16歳になって、騎士として活躍する彼を田舎者の山ザルと罵ったりもした。それからは山ザル呼びで振り返ってくれる。


 本当はその、重力の感じられない身軽な剣技に惚れ惚れとしていたのだがたまのミスや隙をここぞとばかりに貶めると律儀に嫌味を返してくれる。


 黒い騎士服を着込んだダーマッドが眩暈がするほどかっこよかったので訓練場には熱心に意地悪を言いに通った。



 意外なことに貴族のご令嬢方には彼は人気がなかった。わたくしの好みってそんなに片寄っているのかしら?ちょっと心配になる。


 そういえばジェラルド王子は大変な人気だった。派手な分かりやすい美形だからか。王子が通るところはご令嬢や侍女達までキャーキャーととても騒がしかった。


 ダーマッドには「顔は整ってるんだけど、地味」とか「華やかさがなさすぎ」「スタイルだけは無駄にいい」などのご令嬢方の辛辣な陰口をそのまま彼に伝えた。


 彼を誉めてた頃にはスルーされまくったが悪口にはいちいち返事をしてくれる。「その通りですね」ってわたくしはそんなことちっとも思ってないのに。




 彼が反応してくれる、ただその為にずっと意地悪し続けてきたのだ。





 この結婚が国王の命令だからっていう理由だとしても、恋愛とかじゃなくても構わないから。


 愛してほしいなんて言わないから。



 気の向くときだけでもいいから側にいさせて。


 たまにはわたくしのこと女性扱いしてよ。


 その優しい笑顔を見せてほしいの。


 まろやかな優しい声を聴きたいの。








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