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「ちゃんと話をしたいのに、そなたがこの父を避けているのだろう?ユージーン」
「……」
ユージーンは父から顔を背ける。
国王がソファの所まで歩いてくると、ダーマッドに目を留めた。
「……ユージェニー?」
ダーマッドの隣に腰かける。
まじまじと見つめたあとふふ、と微笑んだ。優しい笑みだ。
「ダーマッド殿か。やはり可愛いなぁ。君は予の最愛の妻、ユージェニーに雰囲気がよく似てる。ドレスを着ていると妻に見えるな。今度その姿でダンスのお相手をしてくれると嬉しい」
そういうとダーマッドの柔らかな頬をむに、と摘まんだ。これだこれ、というようにさらに顔が綻ぶ。眩い。
よくダーマッドだとわかりましたね。悔しい。あ、わたくしが膝に乗ってるからか。女装には突っ込みなしなんですね。
「グィネヴィアには愚息が迷惑を掛けたな。うちの息子たち全員が、かな?本当に申し訳ない」
「大丈夫です。ユージーン様には迷惑どころか助けていただきましたし」
「大方ユージーンもそなたに求婚したのだろう?三人とも似てないくせに女性への理想の高さはだけはそっくりでな。見合いを何度用意しても突っぱねおって。グィネヴィアほどの美姫を探すのは、骨が折れることだ」
国王がため息をつく。
ダーマッドがわたくしをぎゅっとする。
もしかして、さっきからずっとユージーンに嫉妬していたのかしら?えぇ?う、うれし……可愛い……っ。
「ジャスティンのこと、穏便にどうにかしようとしたら結局ダーマッドが力技で捩じ伏せちゃった。ごめんなさい父上」
ジェラルドがごめんなんて微塵も思ってないように小首を傾げて謝る。国王も眩く笑んで頷く。いや、ダーマッドのせいにしないで?これで赦して貰えると思ってるし実際にそうなる末っ子強い。
「強いとは聞いていたが予も見たかった。ダーマッド殿の立ち回り」
「畏れ多いことです」
きらきら笑顔の国王にほっぺをよしよしと撫でられてダーマッドが恥ずかしそうにしている。
わたくし、その立ち回り見てましたけど全く見えなかったですよ?速すぎて。訓練所での動きと全く違いましたわ。訓練所でも猿のようにすばしっこかったですけど。
なんか私まで誇らしくてダーマッドの胸に頭をすりすりとすると優しい手がわたくしの頬を撫でる。キスしようとして思い留まったダーマッドが、かわいい。今は国王の御前ですものね。
「それでだ、ユージーン。ちゃんと顔を見せてくれ?」
そっぽ向いてる第二王子の横へ座り直すと国王は息子を愛しそうに抱き締めた。
「……っ!父上……」
ユージーンは真っ赤な顔でされるがままになっている。国王よりも背の高いユージーンが、子供のように抱き締められているのが可愛らしい。
「大きくなったな。でかすぎだ。最愛の妻にそっくりなそなたを厭う訳がないのに。予の方こそ嫌われておるのかと。予が至らないせいでそなたの大好きな母を亡くしてしまったのだから」
「……小さな頃から父上には遠ざけられておりました。母上が亡くなってから、父上は私を見る度にお辛そうな顔を」
「そう見えておったのか。そなたの方こそ辛かっただろうに……もっとはやくこうして無理矢理にでも会いに来るのだった。ちゃんと伝えるべきだった。愛しているぞ、ユージーン」
ユージーンが、国王の腕の中で小さく震えている。顔は父親の首もとに埋まって見えないが。わたくしたちは席を外した方がよいのではなかろうか?
ジェラルドを見ると目と手でここにいて、と合図された。
ジェラルドはとてもご機嫌だ。嬉しそうににこにこしている。
ジェラルドたちのお母様のユージェニー王妃は低い身分の地方貴族の出自で、国王に望まれて王妃となったもののなかなか王宮に馴染めず心が弱っていた。
その当時からジャスティンは愚鈍な王子で、賢い第二王子のユージーンを次期国王に、と望む一派とジャスティンを掲げる一派との抗争にユージェニー王妃が板挟みとなり心労が祟って急逝された。
「私が母上に頼ってばかりだったせいで……」
「それは違うぞ、ユージーン。ユージェニーにそっくりなそなたばかりを可愛がる予は何度も妻に諌められた。それがジャスティンとその一派と、ユージーン派の両方を煽るのだと。だからユージェニーが予からそなたを遠ざけ保護していたのだ」
国王はユージーンのほっぺをぽふぽふと撫でた。ほっぺフェチなんですね。わかります。
「ジャスティンは、あんなだが予にとっては三人ともユージェニーが産んでくれた可愛い息子たちだ。ジャスティンが望むなら次期国王に、立太子してもよいと思っていた。ちゃんと王としての責務を果たすのであればだが」
今回のことで、それは無理となったのだろう。
「ジェラルドが次期国王となるのがいちばん良いのです、父上。廷臣たちから派閥を一掃できますし隣国や帝国からの後ろ楯もあります。ジェラルドを懐柔しようとする強欲な者もおいそれと出てはこないでしょう。ジャスティンと私、どちらが国王となっても派閥がのさばりしこりが残ります」
「僕は国王なんてならないよ。ずっとユージーンが国王になるべきだって言ってる」
ジェラルドは、ずっと呑気だと思ってたけど違った。愚鈍なふりをして懐柔も許さず、自分を担ぎ上げる者が出てこないように避けていたのだろう。
「ジェラルドは国王の座を望んでいない。もちろんユージーン、そなたにも無理強いはしない。望まない地位に苦労させたく……ないのだ。国王としては失格だが父親としての予の本音だ」
やはりユージーンに亡き妻の姿を重ねてしまうのだろうか。ユージーンの頬を両手で包み込んだ国王の眩い顏が翳る。
「苦労なんてさせない。隣国と帝国の後ろ楯がある僕がユージーンを支援する。それでもユージーンの宮廷を荒らす廷臣がいれば僕が上手く排除するよ。だから安心して国王になって?兄上」
にっこりと国王にそっくりなきらきら笑顔の第三王子が甘えるように告げる。わたくしとダーマッドにウインクしながら。今、後ろ楯になれと要求されているようだ。タマル女帝はすでに確定なのだろう。この、愛されてることに絶対の自信どこからくるのかすごいな末っ子強い。
深く呼吸をして、諦めたようにユージーンが国王にきちんと向き合った。
「父上が望んでくださるなら、私が跡を継ぎます」




