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「はい、ストップ!……はぁっ……ディアンヌ、そこまでっ」



 ジェラルドが駆け寄ってくる。後ろにゾエ将軍も続く。二人ともゼイゼイと息を切らしていた。


 ゾエ将軍はいつもの微妙な表情。うへぇ化けもん、という呟きが聞こえる。ワインの貯蔵庫の扉から青揃隊の面々も続々と出てきた。



 慄き固まるジャスティン王子を眼で射殺さんばかりに鋭く睨み付けるとディアンヌは王子の喉に突き付けていた剣をポイっとジェラルドの方へ投げた。


 ディアンヌがこちらへ駆け寄る。


 え?わたくし?


 次の瞬間わたくしはディアンヌの腕の中にいた。ふわぁなになに?突然の美女の抱擁。

 びっくりしてるのに、なんだろうこの腕の中の安心感。


 強くぎゅうぅと抱き締めたあとわたくしの両頬を手で包み込む。


 あぁ、悲痛な……目の真ん前に今にも泣き出さんばかりの、瞳をうるうるとさせたディアンヌの表情。そうだ、この顔。







 唇が塞がれる。




 え?



 ディアンヌがわたくしにキス?


 んん……




 甘い、優しい匂い。


 ぷるんとした唇と熱い吐息。甘い舌が幾度もわたくしの唇を、舌を蕩かすように求める。


 頬を包み込む白くて滑らかな、優しい手。




「……ダーマッド?」


「グィネヴィア……」


 ぎゅう、とわたくしを抱き締めてあちこちにキスを落とす。



「グィネヴィア、グィネヴィア……」



 わたくしの首元に顔を埋めてダーマッドが震えている。泣いているのかも……。


「ダーマッド」


「グィネヴィア……」


「心配かけて、ごめんなさい」


 どれだけ心配させたのだろう?


 ダーマッドが顔を上げて切なそうにわたくしの顔をじっと見つめた。蜂蜜色の瞳が揺れる。深い切れ長の目尻に涙が滲んでいた。



「泣かないでグィネヴィア……怪我は?どこか痛いの?」


「大丈夫……ごめんなさいダーマッド……」


 わたくしの瞳から流れた涙を拭うように目元にちゅっとたくさんのキス。わたくしも泣いてたのか。



「無事で、良かった。待たせてごめん……怖かったろう?グィネヴィア」



 優しく頬を撫でると再び唇を塞がれた。


 熱い深いキス。




 いつもは震えるほど痺れちゃうのに、優しい。とても優しいキス。


 わたくしがここにいることを確かめるようにダーマッドの繊細な手が髪を、背中を、首筋を……あちこちを撫でる。ダーマッドの手が触れた所から温かな心地よい安堵が広がる。





 ダーマッドの腕の中にいることでこんなにも安心できるなんて。














 ごそごそという物音にふと我に帰る。



 ダーマッドもぱっと唇を放した。夢中でいっぱいキスをしていた……。





 青揃隊が倒れたジャスティン王子の手下に黙々と縄を掛けている。

 このぶっ飛んで倒れた人達、全部ダーマッドが……?

 強いのは知ってたけど……えぇ?


 わたくしの旦那様、すごい。


 …ゾエ将軍の微妙な顔も、わかる。



 第一王子ジャスティンはジェラルドに見守られながらゾエ将軍に拘束されていた。ジャスティンは、怖かったのだろうか?青ざめた、何が起こったのか理解してないような呆けた顔でされるがままになっている。




 視線を感じて横を向くとユージーン王子が口許を手で押さえて、頬を染めてこちらを見ている。




 …しまった。所構わずいちゃついちゃった。



「ユージーン」


 ジェラルドが歩み寄ると第二王子に抱きついた。



「ジェラルド。久しぶり……だな……」


 ジェラルドの背をぽんぽんと優しく叩くがその顔は気まずそうだ。



「ユージーンがグィネヴィアを助けてくれたんだね。ありがとう」


「ああ……」

 ユージーン王子の目が泳いでいる。本当に、申し訳ありません……。




「こちらは、あぁ、ダーマッド」


 ジェラルドがダーマッドの腕を掴んで第二王子の方へ向かせた。


「…はじめましてユージーン王子殿下。隣国から参りましたダーマッドと申します。妻を助けていただきありがとうございました」


 ダーマッドは恭しく手を胸に当ててユージーン王子に挨拶をした。優雅なはずのその動作が、ドレスに全くはまらない殿方の礼。妻、だって。ふふ。



「えっ?」


 ユージーン王子は、わたくしとダーマッドの顔を交互に見やると顔を手で覆いくるりと背を向けた。肩が小刻みに震えている。



「いや、ごめん、申し訳ない……」


 とんとんと胸を叩いて、呼吸を落ち着かせながらユージーンが振り返った。口許がまだふるふると震えている。


「急に現れた美女が…グィネヴィアと熱い抱擁を交わすものだから、これは見ても良いものなのかと……」



 今度はダーマッドが震えてる。え?


 見上げるとユージーンを凝視したまま真っ赤になっている。か、可愛い……


 そーっと、わたくしの方を見るとぷるぷるしながら座り込んでしまった。どうしたのかしら?




 ジェラルドが頭を抱えて下を向くダーマッドの頭をぽふぽふと撫でる。


「グィネヴィアが無事で、良かった。な?ディアンヌ」


「……もう、ひどいわジェラルド。どうして教えてくれなかったの?」


 辺境伯邸での皆のよそよそしい態度を思い出す。こういうことだったのか……。なんだ、良かった。



 とっても安心した。


「ダーマッドにぶっ飛ばされるの嫌だし」


「え?」




 女装が恥ずかしかったのかしら?むしろドヤ顔で自慢してもいいほどの美女なのに。


 だってダーマッドがディアンヌのことを好きなのではないかと勘違いしてたもの。それで皆がディアンヌのことを隠しているのかと。わたくし本当に嫉妬深いなぁ……。



「ダーマッド」


 しゃがみこむダーマッドを抱き締める。まだ震えてる。頭をふるふると振っている。耳が真っ赤だ。可愛い。


「とっても綺麗よダーマッド。わたくしその姿好き。とても好き。どんなダーマッドのことも愛してる。ねぇ、顔を見せて?」




 頭をゆっくりと撫でていると震えがおさまってきたようだ。


 うるうるとした涙目がわたくしをちらっと見上げる。


「……グィネヴィア、ごめん……ね?」


 ふわ、可愛い……! 涙目の上目遣い無理!可愛いすぎる!

 ぎゅうぅと抱きつく。








 ワインの貯蔵庫からまた人が出てきた。


 こちらに手で合図をするとユージーンがこくりと頷く。


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