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ユージーン王子がわたくしを抱いたまま地下水路脇の通路を進む。
彼はなんでもないように迷わず進むがまるで迷路。知らずに迷い込んだら二度と出れない気がする。彼に会えて良かった……。
ジェラルドがきっと心配しているにちがいない。
ダーマッドは今どこにいるのだろうか?ヘケザ侯爵邸にはいなかった。今頃はわたくしがいなくなった知らせを受けているだろうか……?
時折ユージーン王子が優しく話し掛けてくれたが相槌を打つのが精一杯。ダーマッドを心配させてるかも、と思うと落ち着かない。
あと滅多にいない好みの殿方の登場にすっかり照れてしまっていた。やっぱり男性に免疫がなさすぎる。
子供の頃から知っているダーマッドへの照れとは全く違う。あれだ、新鮮な感じ。違う、浮気じゃない。大好きなダーマッドに近い、かなりドンピシャのど真ん中なだけ。
ど真ん中が初対面からストレートに愛情表現してくれるって初体験だ。凄い攻撃力。
ユージーン王子はヘケザ侯爵の夜会で第一王子ジャスティンの裏取引があるとの情報に部下と地下に潜んでいたところわたくしが落ちて来たとのこと。
地下通路を抜けてワインの貯蔵庫へ出る。さらに階段を昇ると貴族の館のような絨毯の敷かれた豪華な装飾の通路に出た。
そのままわたくしを抱えて寝室に入るとベッドに下ろす。
「身体の方は大丈夫そうだな。一応怪我がないか、使用人に確認させて必要なら医師を呼ぼう。ジェラルドの方に連絡しておくよ。きっと心配しているだろうから」
「はい、あ、あのユージーン様」
「何?」
「ジェラルドは、あなたのこともとても心配していました」
はっと目を瞠るとまた柔らかくふふ、と笑った。
「そうだね。私の無事も伝えておこう。あいつは普段この国にいないからすっかり抜けていたよ。可哀想なことをした」
ベッドに手をついて、わたくしを見つめるように覗き込む。
「教えてくれてありがとうグィネヴィア。ジェラルドのことを安心して忘れてしまえるのも君のおかげだ。君に、君のご家族にも心から感謝している」
見つめたまま、う、上目遣い……でわたくしの手を取って甲にキスをした。振りじゃなくて、ちゅって。一瞬伏せた睫毛がとても綺麗。
ひぇ、このひとなんなの格好いい!王子様ってすごいのね!そしてわたくしが知らないことまでご存知のよう。王子様、すごい!
ちょっと待って。これ、ときめいて、る?
うわぁぁぁぁぁ!いや違う、ちょっと、かなり好みなだけ!わたくしはダーマッド一筋!
でも、もしもジェラルドじゃなくてユージーン王子が婚約者だったらかなり…揺らいだかも……という気が……面食いなのかわたくし!うわーんダーマッドが今頃心配してるかもなのに何考えてるのわたくしのばかばかばか……。
ユージーン王子が部屋から出て行くと壁際に待ち構えていた女性の使用人が二人すささと近付く。わたくしの汚れたドレスを丁寧に脱がして身体を拭いてくれ、着心地のよい部屋着を着せてもらった。
「特にお怪我はありませんが腰に打ち身のあざと足に少し擦り傷がありますね。お美しい肌がもったいないことです」
切なそうに使用人が薬を塗りながら告げてくれたがダーマッドのキスマークをばっちり見られたはず。恥ずかしい。えーと、
「……ここはどこかしら?今は何時?」
「二十一時前です。あまり詳しくは話せませんが殿下が懇意にしている方のお屋敷の離れです。殿下はご立派な方ですのでご安心ください」
使用人はわたくしを安心させるように柔らかく微笑んだがそれは廊下から響く乱雑な足音に掻き消された。
明らかに狼藉者の侵入した気配。屋敷の護衛が応戦しているのだろう、剣を打ち合う音が聞こえる。
扉が開いて失礼する!とユージーン王子が抜き身の剣を片手に戻って来た。
「申し訳ないグィネヴィア。君のことは私が必ず守る」
「わたくしのせいでしょう!剣を貸してください、戦います!」
ユージーンは驚いて少しわたくしを見つめるともう一本腰に差している剣を渡してくれた。
「君のせいではないよ。巻き込んだのはこちらだ。剣は貸すがこれはもしもの時に自分の身を守るだけ、そんな事はないようにする。この部屋から出ては駄目だ。いいね?グィネヴィア」
優しく頬を撫でて微笑むと走って部屋から出て行ってしまった。なにあの王子様格好いい……。
ユージーン王子は出るなと言ってくれたがわたくしは自分の身は積極的に守りたい。止める使用人を落ち着かせてわたくしも部屋を出る。
わたくしが下手にジャスティン王子を追ってしまったのがいけないのだ。ジャスティン王子の手の者が地下に落としたはずのわたくしがいなくて必死に探したはず。きっとユージーン王子とわたくしを見つけて屋敷まで後をつけ、仲間を呼んで来たのだろう。
通路に出るとかなりの人数がユージーン王子目掛けて押し寄せていた。数人の護衛が必死に通路を守っている。ワインの貯蔵庫の扉からどんどんと湧くように敵方が増えていく。ユージーン王子がわたくしに気付いて悲痛な顔をした。
なんか誰かにもそんな顔をされたな。誰だったっけ?
「守られるのは性に合いません!戦います!」
通路はそう広くない。ユージーン王子の後ろで補佐に回る。ユージーンの立ち回りが美しいのはジェラルドとそっくりだ。ジェラルドよりも無駄な動きがなくユージーンの剣が動くのと違う方向の敵への攻撃は容易い。
「グィネヴィア、……これが落ち着いたら結婚を申し込んでも?」
へっ?
敵方の前面にいるためこちらを見てはいないがユージーンの横顔の、口許が綻んでいる。
「こんなにも女性に心惹かれたのは初めてだ」
ええぇぇぇぇ、今!?今それ言います?
余裕だな、さすが恋愛に情熱的な国。
いや、わたくし大好きなダーマッドと結婚したばかりなのですけど。
でもジャスティンのように気持ち悪くないのはやっぱり好みの男性だからだろうか?こんなおてんば姿を見てもそんな事言ってくれるなんて、正直嬉しい。
剣を奮っている姿なんて、絶対にダーマッドには見せられない。
彼の前では、可憐な姫でいたいもの。こんな姿なんて呆られちゃう……。
などと考えているうちにも敵方が増えて圧されぎみになっている。こちらはわたくしを足しても七名。敵方はかなり倒してもまだ三十名を超えているだろうか……。
「ユージーン!いるのだろう?出てこい臆病者めが!」
地下室から第一王子御大のお出ましだ。さらに二十名ほどの下郎を引き連れて。
いるし、出てるし。こんなにたくさん下郎連れて来といてユージーン王子の方が臆病者って。
あらら困った王子だな。ユージーンと顔を見合わせる。
どうしたものか……ジャスティン王子の方を振り返ると、え?
敵があちらこちらへと飛ぶ。何が……起きてるの!?
人間ってこんなにも軽く吹っ飛ぶものだっけ??
ほんの何十秒か、敵が全て飛ばされ倒れ廊下が鎮まる。
聴こえるのは踞り、意識が辛うじてある男たちの小さな呻き声だけ。
その真ん中で麗しのご令嬢がジャスティン王子の喉元に、鞘に納まったままの剣を突き付けていた。




