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重なりあった白い紗を掻き分けて進むとゆったりとした傾斜の白いアーチが幾つも連なった階段があるところに出る。昇ろうと進むとダーマッドの足が止まった。見上げると、少し緊張した面持ち。
どうしたのだろう?首を傾げているとダーマッドがわたくしを抱き上げる。
そういえば最近は階段などある度にわたくしを抱き上げていた。甘やかしすぎだと思う……。抱き上げて必ず戯れのようにキスをしていた。先程は国王がいたからそうしなかったのだろう。
しかし今は、ダーマッドは落ち着きなく周りをきょろきょろと見渡しながらゆっくりと階段を昇る。
階段を昇りきると眼前に白と銀の、月明かりで照らされた幻想的な部屋が見えた。
上から紗のベールが掛けられた、大きな白いベッドが中央にある。
国王の、親密な逢瀬という言葉を不意に思い出し顔が熱くなる。
ダーマッドをそっと見上げるとやはり頬を染めて、気まずそうに目を泳がせながらわたくしを見ていた。
部屋の中が良い香りで満たされている。
覚えのある香り。部屋の中を探すとテーブルの上に軽い食事が用意されていた。
ダーマッドがそちらのソファにわたくしを下ろす。
テーブルの中央には銀の盆に桃が盛られている。
「白桃だわ。とても美味しいのよ」
ダーマッドがこれか、と呟く。
添えられたカードには『大切なふたりへ、素敵な夜を』と優美な書体で書かれていた。名はないが見たことのある字。
「あいつだな……」
ダーマッドがやはり気恥ずかしそうに、白桃を手に取ると匂いをかぐ。
「うん、良い匂い……。お好きなんでしょう?召し上がりますか?」
添えられていたナイフですいすいとふたつに割って種を取り出し皮を手で剥いた。器用に動く白くて滑らかな手に果汁が垂れる。いちいち色っぽくてつい目で追ってしまう。
食べやすい大きさにカットして硝子の器に盛り付けてわたくしの前に置いてくれる。
この果物の美味しさを思い出して前のめりになっているわたくしを見ながらダーマッドはテーブル横のワゴンからグラスとワインを持ってきた。
これまた器用に栓を音もなく外しグラスに注ぐと淡い黄金色のワインからは泡が昇る。
「わぁ……綺麗」
「この国の、西のほうの特殊なワインだそうですね。少し甘口で、グィネヴィアでも飲みやすいかもと……いえ」
他にもチーズや生ハムなどのつまみを取りやすい位置に置き直すとダーマッドはわたくしを当たり前のように膝に乗せてやっとソファに腰を落ち着ける。
どこまでも洗練されたスマートな美男子だ。田舎騎士とか言ったのは誰なの?
膝に乗るのは慣れたと思ったのに、この部屋の雰囲気のせいかどぎまぎとしてしまう。
「はい、グィネヴィア」
グラスをわたくしに渡す。
「乾杯」
「か、乾杯」
綺麗な液体を少し飲むと気分がふわりと高揚するのがわかる。
幻想的な部屋に、月から降りてきたみたいな美しいひとがほんのりと口の端だけ微笑んでグラスを掲げる様子にうっとりと見惚れた。
このひとがわたくしの夫だなんて。
部屋には花もたくさん飾られている。
国王はジャスティン王子や騒がしい貴族たちのお詫び、といっていたが部屋の様子や軽食から、わたくしとダーマッドのために予め用意されていたのだろう。ジェラルドが、だろうか?
本当をいうと、まだ貴婦人たちの反応にもやもやしている。これは、あれだ、嫉妬なのだろう。ダーマッドがさっき、ジャスティン王子に嫉妬してたの?それはなんだか嬉しかったのに。不思議……。
ダーマッドが白桃をひとつ優美な指で摘まむと、わたくしの口に持ってきた。
「グィネヴィア、あーん」
え、このあーん超恥ずかしい。ダーマッドの手が、指が……
桃を口に入れ込んでくれる。美味しい、のだがダーマッドの指が口の中まで入っている。瑞々しい果肉を噛む。ダーマッドの指が唇を撫でるせいで溢れた果汁が口からたらりと顎へ垂れる。あれ、という表情でダーマッドが唇を寄せてその果汁を舐めとる。
「あっ……ダーマッド……やめ」
ちょ、それめちゃくちゃエロい……!わたくしの強めの煩悩が、また暴れだすから、あぁ……
ダーマッドはまたひときれ桃をわたくしの口に入れ込む。やはり口から溢れる果汁を吸うように唇を寄せるとそのままわたくしの唇に口付けた。まだ桃が口の中にあるのに、ダーマッドの舌が奥深くまで入ってくる。甘くて、痺れて、蕩けそう……。




