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「ダーマッド?」
客間に移動する間、ダーマッドはわたくしの肩を歩きにくいほど抱き寄せて無言だった。
「ダーマッドったら」
「あ、あぁ何ですか?」
たまに敬語がないときもあるが、まだ基本は敬語だった。やめてほしいとやんわりと伝えてみたが照れくさそうに善処します、と言うばかり。客間に着いてもまだむっつりと不機嫌だった。
当たり前だが、わたくしとダーマッドは同室だ。続きの部屋にアリーと、タマル女帝の侍女のヤスミンが泊まる。ふたりでわたくしとダーマッドの世話をしてくれるとのこと。アリーだけでも大丈夫そうなのだが笑顔で申し入れされて断れなかった。
「今夜、国王陛下がささやかだけど歓迎会をしてくださるそうよ。少し仮眠をとった方がいいかもね」
まだ着いたばかりで、移動の疲れもあった。歓迎会まではまだかなり時間がある。
「そうしましょう。アリー、グィネヴィアの着替えを。私は自分でやるよ。それが終わったら君たちも少し休んでくれ」
「畏まりました若旦那様」
支度部屋に移動するとアリーがにんまりとしている。
「どうしたの?」
「ふっ…いえ、ダーマッド様おかんむりですね、ふっ、ふふ」
グィネヴィアも気になっていたが、笑うところなのだろうか?
「どうしてかしら」
「とてもわかりやすい嫉妬ですね……っ」
「えっ?」
扉をコンコンとノックする音が聞こえるとアリーは声を出さずに笑い崩おれていた。どうもダーマッドの行動はアリーのツボらしい。普段は完璧な侍女のアリーとしては珍しいが、誰にも弱点はあるものだ。
ドレスを脱いだだけだったのでガウンをさっと羽織って扉を開けるなりダーマッドがわたくしを横抱きにしてベッドへと直行する。
「ダーマッド、まだ部屋着を着ていないわ」
「昼寝するだけでまたドレスを着るのですから充分です」
そう言ってベッドにわたくしを乗せると寝具を寝やすく整えて自分もわたくしの隣に入ってきた。いつものように腕枕をしてくれるのかと思ったら上に覆い被さって、あちこちにキスを落とし始める。
いつもの軽い、微笑みながらのキスではない。
目を瞑ってキスをするダーマッドの顔には笑顔がなかったが、それが怖いくらいに美しい。
顎を掴んで、わたくしの唇を開けさせて自分の唇で塞いできた。
ダーマッドの舌が最初は軽く、だんだんと深くわたくしの口の中に押し入ってくる。
最近は落ち着いていた、弾けそうな心臓の高鳴り。ダーマッドに触れるだけで卒倒してしまいそうな、甘く蕩けるような痺れに身体が小さく震え始める。
唇を離して、頬や耳にそっとキスを数度するとダーマッドは深く呼吸をしてわたくしの首もとに顔を埋めた。
ダーマッドの胸と肩が呼吸で大きく上下する。とくとくと彼の心音が響いてきた。
落ち着くと、わたくしを腕枕するように抱きすくめ横に寝そべった。
歓迎会はささやかな舞踏会の様相だ。
いつもよりも華やかなドレスを着せてもらった。
落ち着いたベージュのエンパイアラインのドレスは胸元に華やかなレースがあしらわれている。
ヤスミンがダーマッドの支度をしてくれた。騎士服に似た、かっちりとした黒い上着は細かい銀色の模様が縁に沿って刺繍されている。腰回りがゆったりとした上着と同素材のパンツの上に膝下まである黒いブーツを履いていた。
髪は癖毛のような緩いカールを付けて前髪を横で分けて無造作に後ろへ流している。
もしかして結婚式の時の素敵な髪型もタマル女帝の侍女たちがしてくれたのだろうか?
あまりにも格好良くて赤面してわなわなと震えて固まってしまった。そんなわたくしをダーマッドが不思議そうにエスコートして会場まで連れて行ってくれる。
ダーマッドとわたくしが宴の間に入ると、その場の全員が振り返り驚いた表情を見せる。しんと場が静まり返る。
次に貴婦人たちが顔を両手で抑えて倒れこんだりキャーと悲鳴を上げたりと不審な行動をしだした。
何が起こったのかと訝ると彼女たちがどっと押し寄せてダーマッドを囲う。
え?なに?なになになに?どーしたの?
わたくしもダーマッドも困惑の極み。
貴婦人たちは瞳をうるうるとさせて顔を赤らめていた。




