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 私はグィネヴィアに嫌われていた。




 戦勝の褒美として王女を貰い受けることを許された。




 彼女にとっては災難だったろう。


 もとは輝くばかりの美貌の王子と婚約していたのだ。たかだか侯爵子息の地味で冴えない私などと結婚とは考えてもいなかったに違いない。


 それでも責任感の強い王女が私に歩み寄ろうとしてくれているのはわかった。嬉しかった。


 私が女性の扱いに慣れていれば、せめて婚約期間がもう少しあれば、こんなにも怯えさせないくらいには打ち解けられたのだろうか。







 泣いている彼女を置いていくのは気が引けるが私がいては辛いだろう。ベッドから立ち上がろうとするとグィネヴィアの震える指が私のガウンを掴んでいる。


 見るとさっきよりも更にぼろぼろと泣き崩れている。





 そんなに泣くほど辛いのに、初夜の務めを果たそうとするのか。


 政略結婚ではないのだ。その必要はないのに。


 美しい王女に懸想している私が最も喜ぶだろうと、王から賜った宝物。愛しいグィネヴィア。ずっと恋い焦がれた大切なひと。



 彼女が心を開いてくれるまで待つつもりでいる。




 それはそれでグィネヴィアが可哀想だとジェラルドが言っていたが、彼女の王女としての矜持の為か?


 誰よりも笑顔でいてほしいのに、辛い思いをさせて、泣かせてしまうのは、悲しい。私がここにいると彼女は必死に頑張ってしまうだろう。


 彼女を一晩中抱き締めていたかった…。抱くことはできなくても、せめて傍にいたかった。……自室に戻ることにしよう。


 踏ん切りをつけて部屋を出る。去りがたくてため息がでた。


 二、三歩進んだところで大きな音がした。戻るとグィネヴィアが床に伏して倒れている。なんで……


 私を追おうとして、ベッドから落ちた?私が勝手に部屋を飛び出してしまったために……意識はある。彼女をベッドに横たえながらへこむ。私がよかれと思ってする事も彼女を傷付けてしまう。



 どうしたらいいんだ。





「そばにいてほしいの」



 え?



 先ほどよりは震えも、嗚咽も落ち着いている。よかった、今、なんて?


「すき、すきなのダーマッド。行かないで、そばにいて」


 すき……?



 グィネヴィアの目はまだ涙で潤んでいる。その瞳に嫌悪感は、ない。不意に目頭が熱くなる。やばい。


 すき、って好き?私を?


 鼻の奥がつんとする。駄目だ、泣いてしまいそう。咄嗟にグィネヴィアを抱き締めた。泣き顔なんて見られたくない……。


 好きってなんだ。グィネヴィアが私のことを好き?私が思っていた以上に心を開いてくれていたのか?アリーやジェラルドが言っていた、意味不明のあれこれが思考を掠める。あれ、符号がはまっていく?なんか、私は勘違いしていたのだろうか……。だめだ頭がぐるぐるする。


 グィネヴィアの首もとに顔を埋めている、しまった。いつも衝動的に彼女に触れてしまう…でも、なんて心地良いんだ。離したくない。え?彼女の腕が私を包み込む……


 ぎゅっと、グィネヴィアが私を抱き締めてくれている。






 心にじんわりと温かさが広がる。



 余裕がなくて、ぎちぎちに凝り固まっていた何かがふっと解れるような気がした。



 傍にいてほしい……、いて、いいのか?私も、傍にいたい。






 彼女を抱き締めていた腕をほどくと、私の顔を見たグィネヴィアはふっと嬉しそうに微笑んだ。なんて可愛い……。


 ちょっと恥ずかしくなって、目を逸らすと、水差しがある。そうだ、喉が渇いただろうな。



 水を注いだグラスを口許に持っていくとはにかみながら飲んでくれた。可愛い。前に彼女にしてもらった時も、照れくさかったな。


 彼女が眠りやすいよう横にして、枕や掛け布団を整える。きょとんとこちらを見上げる様子が、可愛い。思わずにんまりとして彼女の横に潜り込む。


 傍にいてほしい。



 そのままの言葉通り受け止めよう。私は自分で思っていた以上にひねくれているのだな。なんか笑えてくる。


 グィネヴィアを抱き締めて、腕枕をする。柔らかくていい匂い。あったかい。受け入れてもらえてる。なんだかすでに夢を見ているような心地。


「傍にいます、ずっといます」


 ちゅっと唇にキスをしておやすみなさいを言うと、彼女もちゅっと返してくれた。うーわ、可愛い!彼女からしてくれるなんて、幸せだ。



「おやすみなさいダーマッド」


 もう、とても落ち着いた様子。よかった。


 私の胸にすり寄ってくる。愛しくてたまらない。冷たくなった彼女の足を温めようとすると、私の足をすりすりしてくる。くすぐったい。なんて可愛い悪戯をするんだ。キスをあちこちにするとふふっと笑ってる声が、また可愛い……。











 朝方、いつものように鍛練をする。庭にいると侯爵邸の護衛や青揃隊も加わって打ち稽古になる。


 ジェラルドとエセルレッド王子がやって来た。後から辺境伯夫妻やタマル女帝もくるだろう。新婚なのだからもう少しそっとしてほしいが、隣国へ乗り込む算段をせねばならない。結婚の準備で忙しく隣国の件はまだ何も決まっていない。


 王子が来ていることに気づいたのか、シャルロッテがわざわざ庭に出て来て挨拶をする。彼女も大変そうだな。そんなことは微塵も態度に出さず、笑顔で馬車へ乗り込んで登城する。



「ダーマッド、ずっとにやにやしてるよ」


「え?」


 そうか?しょうがない。朝起きてグィネヴィアが私の隣にいるなんて、幸せすぎて仕方ない。口許だって緩む。



「いいなぁグィネヴィア。俺だってダーマッドの傍にいたい。ダーマッド、いつまで騎士団の仕事を休むつもりだ?寂しくてたまらん」


「僕も。あっ僕も青揃隊みたいに帰るまでここにいようかな?部屋を用意してもらおう。毎日来るよりその方が楽だし」


 毎日来るつもりだったのか?暇なんだなジェラルド。


「なんだそれずるいぞジェラルド」


 なんかこの二人の会話、おかしいんだよなぁ。二人とも、汗かいてるからそんなにくっつくな。



「もう、風呂に入ってくるから、二人ともサロンで待っててください。グィネヴィアもそろそろ来るでしょうから」


「「え、一緒に風呂に入る」」


「やめろ!ついてくるな気色悪い」




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