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 初夜、と言えば。




 ほんの百年前までは政略結婚の初夜って廷臣たちが見てるなかでしたって閨の勉強で教わったわ。そんな時代の生まれじゃなくて良かった。だって、ダーマッドとわたくしはそういう結婚のひとつだもの。恋愛結婚じゃないことは百も承知。







 でも今日、結婚式でほっぺにキスしてもらったわ。



 あと、最近は毎日のように一緒にいてくれたし、手も握ってくれた。酔っ払ってたけどわたくしのこと好きみたいなこと言ってた。何度も美しいって。可愛いって。





 だから多分、大丈夫。






「何度も言いますけど、若奥様、そんな新婚の初夜に夫が来ない、とか貴婦人方の持ってくるロマンス小説の中だけですからね?ちゃんとダーマッド様はいらっしゃいますし、抱いてもらえるとでも思ったか?なんて絶対言うわけありませんからね?」


 心臓がとくんと跳ねる。


「読んでないわよ、だって、あれ、とても」


「夫が来なくて、愛人の所に行ってるのを主人公が泣いてるところまで読んで、そのあとはえっち過ぎて結末まで読めなかったんでしょう?最初に思いっきり落としてる話の結末はだいたいハッピーエンドですからご安心ください」


「そ、そうなの?」


 こくり、とアリーが頷く。本当にちゃんと来てくれるのかしら……。



 あれ?なんか大事なこと聞き流したような……。


「若奥様?」


「それ!それだわ!もっかい言って!」


「わかおくさま!」


 きゃーっ!若奥様!ダーマッドの奥様!


「なんて、素敵な響きなんでしょう!アリーもっかい!」


「若奥様、もう寝室のほうに若旦那様がおいでですよ?」


「若旦那様?」


「ダーマッド様、ずいぶんとお待ちかねのようですよ?」


 え?部屋の扉は大きい。開けば音に気が付くはず。


「だから、そのための隠し扉でしょう?」











 浴室のある支度部屋は侍女の控えの間に続いているのでアリーたちがそちらから出ていった後、そっと寝室側へ出る。


 本当に、ダーマッドがいる。リネンのガウンを着てベッドに腰掛けていた。すぐにわたくしに気づいて顔を向けてくれる。


 いつもの穏やかなようで、少し緊張している様子が見てとれた。侯爵邸に戻った時もそうだったが、酔いは全く残ってないらしい。


「グィネヴィア」


 わたくしが扉の前で固まってしまったのに気付いて、迎えに来てくれた。


「抱き上げてもいいですか?」


 少し屈むとガウンの前が、ふわんと開いて胸元が見える。足がすくんでなければ走って逃げ出したい衝動に駆られるのを我慢してコクリと頷く。


 ダーマッドがひょいと、猫のように軽々と姫抱っこしてくれる。結構慣れたつもりだったが夜着が薄くて、恥ずかしい。ダーマッドの甘い匂いが、腕の感触が、体温が、いつもよりも生々しく伝わってくる。


 本当に逃げたいのではない。男の胸元にこんなにもときめいてしまう自分の煩悩が情けなくて隠れてしまいたいだけ。悲鳴を上げなかっただけでも頑張ったと思う。


 わたくしやっぱりむっつりスケベなんだわ。好きだからドキドキしていたのだと思っていたけど。殿方に免疫がなくて動揺しているのだと思いたかったけど。



 ダーマッドが色っぽくて、困る……



 ベッドにわたくしをそっと下ろす。鼓動はずっと早駆けている。ダーマッドが、上から被さるような姿勢で、じっと見つめる。熱い。


 手をわたくしのほうへ伸ばしかけて、ふと思い出したように部屋の明かりを消しに行った。


 ベッドサイドのランプだけが仄かに灯っている。



「グィネヴィア」


 いつもよりもかなり甘めのまろやかな声がわたくしを呼んでくれる。わたくしだって、ずっと、名前で呼んで欲しかった……。敬語もやめてほしいのに、もうなんて話したらいいのかわからない。


 戻ってきて、わたくしの横に腰掛けたダーマッドの手がわたくしの頬を撫でる。ランプに照らされて彼の綺麗な顔立ちがくっきりと浮かび上がるのに見惚れる。


 ダーマッドもベッドに乗ってきた。身体を半分被せるよう姿勢で、やはりわたくしの頬や髪を撫でる。ダーマッドの色気にあてられて、身体がじんじんしてくる。横たわってるのでなければ倒れてたかも……



 ダーマッドの顔が近づいて、頬にキスをした。結婚式の時と同じ、そっと唇が触れるだけのキス。


 顔を離して、わたくしをじっと見つめるともう一度頬にキス。さらにキス。逆の頬に、キス。


「グィネヴィア、愛してます。大切に、大切にします」


「あ…ダーマ…っ…わ」


 耳許で囁かれると身体の芯が燃えるように熱い。頭が痺れる。愛してる、わたくしも、愛してますと伝えたいのに、息が乱れて声がうまく出ない。



 頬にまた、何度もキス。


 こんな触れるだけのキスなのに、気持ち良すぎて全身の痺れが小さな震えに変わる。


 ダーマッドの両手がわたくしの頬を優しく包みこむ。唇を重ねてきた。


「グィネヴィア……」


 触れるように何度も優しく重ねる。わたくしの顔をじっと見つめて、今度は少ししっかりと唇を、吸うように。

 ダーマッドの身体がわたくしの上に覆い被さっている。あちこちが密着して、その全部の肌が熱くざわめく。彼の身体がのし掛かってるその重さにも昂ってしまう。


 ダーマッド、好き。ずっと、ずっと触れたくてたまらなかった人とこうしてこんな側にいる……。愛してる…愛してるって、本当に?嬉しい……。小さかった震えがだんだん激しくなってくる。


「グィネヴィア……?」


 心配そうな、その眉をひそめた顔が、切ないほど色っぽい。目を瞑るとまた唇に優しくキスをする。ダーマッドが頬を撫でる。何度か慰めるように撫でられて、震えが嗚咽に変わっていたことに気づく。涙がぽろぽろと溢れていた。


「グィネヴィア、嫌、ですか……?」


 嫌じゃない、違うの。


 そんな、哀しそうな顔しないで。

 ふるふると顔を横に振って、残る力でダーマッドのガウンを握る。


「グィネヴィア、愛してます」


 わたくしも、愛してる……

 言葉に出なくて、頷く。


 ダーマッドが背中に手を回して、ぎゅっとわたくしを抱き締める。




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