42
「ダーマッド?寝ているの?」
グィネヴィア王女の声……。
「ねぇ?ダーマッドったら」
小鳥の囀りのような愛らしさにどこかしっとりとした艶かしさ。
「ダーマッド……ねぇ」
私の名を呼んでくれるなんて、それだけで胸の上らへんがくすぐったいような。切なくて愛しくて……もっと聴きたい。
「ダーマッド」
うたた寝してしまったようだ。王女が起こそうとして私の名を繰り返し呼ぶ。
それがなんとも心地良くて、浅く意識が浮上したままの微睡みを愉しむ。
不意に、頬にさらさらと柔らかいものが掛かる。
……髪?
「……!」
反射的に身体をガードしてしまった。
驚き目を開けると、私と同じぐらいには驚き目を見開いたグィネヴィア王女の美しい相貌が目の前にある。
私は前腕で王女の肩をがっしりと押し返すような体勢。
今、何が……?
寝惚けが一気に飛ぶ。
と同時に王女がぱっと身を翻して部屋を出ていった。なんと身軽で俊敏な動きだ……
なんて感心している場合ではない。
今、もしかして私の、頬に……嘘だろう?
ふにっと柔らかな感触
唇?
グィネヴィア王女が、私にキス?
王女と一緒に、結婚式を行う大聖堂へ打ち合わせに行くべく彼女が支度を終えるのをソファに掛けて待っていた。
寝不足は自覚していたがまさか寝てしまうなんて。しかも王女の部屋で。
「なんだ……今の」
王女の出ていった扉は、浴室や鏡台のある身支度の部屋のほうだ。扉を軽く叩いて声を掛ける。
「うたた寝してしまって申し訳ありません。グィネヴィア王女殿下。さぁ、聖堂へ行きましょう?」
なんとお声掛けすべきか。
王女が私にキスしてくれた。
頭が、理解が追い付かない。心臓が早鐘を打つ。何が起こった?いやだから……
扉がそっと開いて、アリーに促されるように背中を擦られながら王女が出てきた。
目が少し赤い。少し紅潮して拗ねたような表情がなんとも色っぽい。アリーから託され私が肩を優しく抱くと少しビクッと身体を強ばらせた。
あぁ大切な王女に、また私が怖い思いをさせている……。
アリーが私を半目で見ている。違う、何もしてない!言い訳したいのをぐっと堪える。王女には私は凶暴な狼なのだ。するとかしないとか関係ないらしい。
こういう時は、無理に何かしては駄目なんだったな。落ち着くまで待たないと。
か細い肩を抱いてソファへと戻る。王女を座らせて、そっと手を取る。手を触れることには全く抵抗することはない。だが次の段階への進み方がわからない。
身体を抱き締めたり、キスしたり……どうやったら受け入れてもらえるのだろう?
そう悩んでいたのに、王女から私にキスしてくれるなんて。
私が思っているほど私のことが嫌いではないらしい。それはアリーや辺境伯の奥方たちの花婿修行のおかげで、少しずつ認識を改めてきている。
贈り物は喜んでくれるし、手を触れたり、側にいたりすることにも慣れてくれたようだ。王女としての立場がそうさせているのだとも思ってはいた。彼女なりに私に歩み寄る努力をしてくれているのだと。
でも頬を染めて、瞳をうるうると揺らして私を見つめる彼女はまるで恋人のようだ。愛されているのだと自惚れそうになる。
さっきのが、私の勘違いでなければキスくらいは、受け入れてもらえるのだろうか。むしろ、王女も求めてくれている……?
結婚式を、王族用の式典ではなくて通常のものにしてもらった。普通に恋人同士で挙げるような段取りに。
でも先日のように、私の唇が触れただけでぐったりと意識を失ってしまう彼女を思うと公衆の面前でのキスは躊躇われた。
それに……私にとっては初めてのキスになる。
どうして貴族たち、廷臣一同や各国の有力者、両親や親族など大勢の見守る中で初めての王女とのキスをせねばならないのだ。
ふたりきりで、大切なひとときを、愛しい王女の唇を堪能したいと思うのは当然だろう?




