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宮廷式部官長のラムラ伯がダーマッドの部屋に来ている。それをダーマッドとわたくしとふたりで迎える。
ダーマッドはここのところ、いや、拐われる前もだったがずっと王宮に詰めている。
お母様が見かねてわたくしの部屋からすぐ近くにダーマッドの部屋を用意した。
急誂えなので王宮の、賓客向けの桃花心木と金色を多用した豪奢な調度で彩られた部屋にダーマッドは落ち着かなさそうだ。
彼は王女付きの護衛隊長のように、日に何度もわたくしの部屋周辺の警備を確認しに来る。底無し体力とはいえ心配で、お母様の配慮にはとても感謝している。
ラムラ伯が来たのは結婚式の進行と段取りの確認のためだった。
王族の結婚というのは、大抵は国同士の政略結婚なので、結婚式というよりは調印式といった趣だ。結婚式でいちばん大事なのは署名である。それは王族と高位貴族との結婚であってもだいたい同じだ。
しかしリュシラ伯母に聞いて驚いたことだがわたくしの父と母は恋愛結婚だった。
ラムラ伯が告げたのは両親と同じように、通常の聖堂での挙式のような進行も出来ますが如何なされますか?というものだった。
つまり、愛を確かめ合う宣誓を交わし誓いのキスをする。そういった愛し合った恋人のような結婚式の方が良いのでは?と提言されている。
ダーマッドが暫し真顔でわたくしを見つめる。
「特に調印するような文書があるわけではないので、仰々しくはせずに通常の挙式の段取りのほうが良いかもしれませんね。グィネヴィア王女殿下、如何ですか?」
「ダーマッドがそれで良いのならわたくしは構いませんわ」
恋人のような、挙式!
「でも、聖典通りの誓いの言葉を交わすのはいいですがキスはやめておきましょう。国外からもたくさんの有力者がお祝いに来てくれてますので余りにカジュアルなのも、どうかと」
正式な結婚式の段取りなのだから誓いのキスは、別にカジュアルではないと思うけれど。王族の厳かな式典と比べて、ということだろう。
「畏まりました。ダーマッド様の仰る通りに。王女殿下もそれで宜しいですかな?」
宜しいわけがない。なんて言えない。小さく頷く。
他の細かな段取りの確認をしてラムラ伯が部屋を辞す。
ダーマッドはすぐ近くなのに、わたくしの部屋まで送ってくれる。
わたくしが椅子から立ち上がる時には必ず手を差し出してくれる。歩く時も手を繋いでくれる。こんなすぐ近くに移動する時でも。
いつもなら嬉しくて、口許がゆるゆるになるところ。顔が真っ赤のでれでれになるのはさすがに抑えられるようになってきた。
もしかしたら今は真顔かもしれない……。
アリーが扉を開けてくれてダーマッドも招き入れた。タイミングを見計らってお茶の準備をしてくれていたようだ。
わたくしが部屋のソファに腰掛けると、ダーマッドは隣に座った。これも最近はずっとそうだ。嬉しい。嬉しいことなのに。
ダーマッドがわたくしの顔を、心配そうに覗き込む。
「大丈夫ですか?気分が優れないので?」
「大丈夫よ。気遣いありがとう」
伏し目がちにそう答えるとダーマッドははにかんだ笑顔で、そっとわたくしの手を取ってまるで愛しくてたまらない、とでもいうような様子で優しく撫でてくれる。これも最近はしょっちゅうしてくれる。
うん、嬉しい。わたくしは幸せだ。いつもならわたくしもうるうるとダーマッドを見つめているところ。
でも気分が悪いのではなくて、拗ねてるのだ。何故理由がわからないのだろう……。
アリーが邪魔にならないよう、そっとお茶とお菓子を置いて隣の控えの間に引っ込む。
アリーがいなくなったのを確認して、ダーマッドは懐から花紺青色の天鵞絨張りの小箱を取り出した。
「グィネヴィア王女殿下にお似合いかと。開けてみてくださいますか?」
そういえば今朝、宝石商が来ていたようだ。もしかしてわたくしに?
それでなくても帰還してからは、お菓子やお花など、贈り物をたくさんくれる。嬉しいけど、どうして?
中には小振りの耳飾りが入っていた。黄玉だろうか。少し深い、濃い蜂蜜のような色合い。窓からの光に透かして見るとキラキラと、綺麗なカットが施されていて小さくともよく煌めく。
黄玉の縁取りには、複雑な金の装飾が施されてシードパールが埋め込まれている。凝った技法だ。しかも軽い。
一見シンプルな、小さな丸い耳飾りだが、その実とても高価なものだろう。お値段はさておき、わたくしの好みのど真ん中だ。
そういえばダーマッドは新米騎士ではあるがこの王国の筆頭貴族の嫡男でもあったのだと思い出す。彼の父のガラン侯爵は微塵もケチではなかった。
「こんな、綺麗な耳飾りをわたくしに?」
「ええ、グィネヴィア王女殿下。着けてくださいますか?」
さすがにこれはずるい。
ダーマッドへの緊張が、やっと解けてきたところだというのに。
またもやみっともない真っ赤な顔を大好きなダーマッドに晒しているのだろう。顔が熱い。
わたくしが固まってるのを見てダーマッドが耳飾りを取ってわたくしの耳に触れる。着けてくれているようだ。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。痛くはありませんか?」
「ええ、大丈夫……」
とても丁寧に。大切なものにそっと触れるように。
きっと耳も真っ赤だ。恥ずかしいけど、嬉しい。
すぐ近くで、わたくしの耳を嬉しそうにじっと見るダーマッドの瞳。そうだ、この耳飾りのトパーズと同じ色……。
最近は大人しくなってくれていた心臓が、またも激しく動き出す。
結婚式のキスは拒否するくせにどうしてこんな、恋人のようなことをするのだろう?
恥ずかしいのと嬉しいのと、悲しみとで胸の中がぐちゃぐちゃだ。
ダーマッドは、ここのところわたくしに優しく触れてくれる。なのにキスをするのが嫌なのはどうして?
花嫁に、体裁だけでも繕うようにと誰かに言われているのかしら……。そう勘繰ってしまう。
それくらいにこれまでのダーマッドとは全然違う行動をどう解したらいいのだろう。




