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「あれは本当に、無意識で困る」
改めて名乗ってくれたタマル女帝がぽそりと呟く。なんのことだろうかと小首を傾げるとジェラルドもうんうんと頷いている。
「天然だろうね。僕もやられたよ」
二人ともわたくしの後ろに視線を向けるとなんでもないと言わんばかりに咳払いをした。うん?アリーなにかした?
ローンファル伯父も確かに、とか呟いてるの聞こえてるんだけど。
教えてくれなさそうなので、話を進めることにする。夕食をそれぞれ簡単に済ませてサロンへ集まっている。議題は今朝方の襲撃に関して。
「第一王子が王太子ではないの?」
「基本的にはそうなんだけど、まだ決定はしていないんだ。なんにせよ王位継承権一位なのは第一王子。僕は三位」
「……なんか隠しても伯母に聞けばわかるのよ?ジェラルド」
「そうじゃジェラルド、水くさいぞ。もっと妾を頼るのじゃ」
はぁ~とわざとらしい溜息をついてジェラルドはソファの背もたれに身体を預けた。そんな姿も無駄に美々しい。
「第一王子は愚鈍。あと疑り深くて陰湿」
もったいぶったわりにきっぱりと言い切る。
「……あぁ御愁傷様」
場の全員が残念そうに下を向いた。
「二番目の兄はちゃんとしてる。次兄が国王になるのが国のためだと思う。でも、長兄がね……」
「あぁ、宰相があれね。第一王子派閥ってことね?」
宰相が国境戦を大袈裟にしたのは第一王子の為だったのか。ということは盗賊も商隊(実は軍人)も宰相の差し金らしい。
「そう、仕方ないと思う。傀儡の才能の片鱗を見せる長兄は宰相のような欲深い人間には堪らないだろうからね」
「宰相といえば、あれじゃのう。妾の国に大砲を貸せと言うて来たのう。代わりにジェラルドを貰おうと思ったら負けおって。腹立たしい。仕方ないから直々にやって来たのじゃ」
タマル女帝があっけらかんとばらす。
「待って?僕大砲と等価交換?」
「ジェラルド今はそこじゃない」
このひとたちやっぱり基本的にのんきすぎる。
「僕としてはね、国にいても役には立たないし別にどうでもいいんだけどね」
「ていう人のことを、わざわざあんなに執拗に付け狙うなんて不思議なんだけど」
「それはグィネヴィアと婚約してたからだよ。この国が僕の後ろ楯になると厄介だろう?」
「もう破談してるのに?」
「婚約した時点でそういう考えを僕が持ってる、と認識されてしまってる。でもねぇ、グィネヴィアみたいな可愛い娘どうですか?て言われて僕が断れるわけないでしょう?一目惚れだったんだから」
「だからそうやって貴方まで愚鈍なふりをしているのですか?そうしないと危険だから?」
サロンの扉が開いて、リュシラ伯母が入って来るなりジェラルドに笑顔で言い放った。
「僕はもともとこういう輩ですよ奥方。取り柄は顔がいいことだけです」
ジェラルドが冗談めかしてウインクすると伯母は首を振った。
「いいえ。ディアンヌ様の件、勘違いがあったようで謝りますわジェラルド様。彼女を守ってくださってありがとうございました」
「……僕にとっても大切な女神様ですから。猛獣を飼っていると思われたらさらに厄介だし」
ジェラルドも笑顔で返している。
女神様?猛獣?何のことだろう?そういえばディアンヌというご令嬢は一体ジェラルドや伯母とどういう関係なのだろうか……?
「姫様、ダーマッド様がそろそろ目を覚ます頃かと」
リュシラ伯母がわたくしの肩に優しく手を置いて微笑んだ。
愛しい名の響きに心臓が跳ねる。
「え?」
「きっとお腹を空かせてらっしゃるはずですよ。姫様が夜食を持って行かれればダーマッド様も喜ばれますわ。さぁ」
廊下で俊巡しているとアリーが肩をぽんぽんと叩く。
「お粥が冷めてしまいますよ」
心の準備が出来ないままダーマッドが寝ているという部屋の扉をそっと開く。ワゴンをベッドの横まで押して行く。どうしよう。緊張で心臓を吐いてしまいそう……ばくばくと暴れている。
ベッドを見ると、ダーマッドが寝ている。
さっきまで、実はダーマッドは辺境伯邸にはいないのではないかと思っていた。皆の顔が嘘をついているように見えたから。
本当に、大好きなダーマッドが、ちゃんといる。すやすやと安らかな寝息が聞こえる。本当に、無事なんだ。よかった。鼻の奥がつんとする。涙が出そう……
近付くと、ランプの灯りの薄暗い中にダーマッドの寝顔が浮かび上がる。真っ直ぐな鼻筋。柔らかい輪郭。ぷっくりとした唇。意外に長い睫毛。
こんな無防備な姿を見るのは初めてだ。こんなに近くでまじまじと見つめるのも。寝顔、可愛い……ああもう心臓がうるさい。
王宮に詰めている、公的な彼しか知らない。プライベートに触れたことがない。
こんなところにわたくしがいても良いのだろうか?伯母は婚約者のわたくしが世話すべき、と言っていたがダーマッドとわたくしはそういう仲ではない。
まだ熟睡しているようだから出直そうか?しっかり休んでほしい。起こしたくない……。でも見つめていたい。
綺麗な弧を描いて閉じられていた目がうっすらと開く。起きた、しまった近寄りすぎたかしら。
ダーマッドがゆっくりと手を伸ばしてわたくしの頬にあてがう。手が少し震えている。
全身の血が一気に顔に集まるのを感じる。ひぇぇ、ダーマッドがわたくしを触っている……熱い、くらくらする。汗が噴き出す。どうしよう……
「…………ち…がう……」
掠れた声が聞こえる。え?違う?何?誰かと間違えた?
目を見開いてわたくしを凝視すると慌てたように手を引っ込めた。うわ、なにこれへこむ……わたくしじゃない、誰なら良かったの?
「グィネヴィア王女…殿下?」
「はい、あのお腹が空いているだろうから、お粥を、あの」
緊張しすぎてちゃんと言えない。そうじゃなくて、無事で良かったとか、他に言うべきことが……あーもう、ぐだぐだ!恥ずかしい。
ぐーっ、という音が聞こえる。え?ダーマッドのお腹の音?か、可愛らしい音…!
「……ありがとうございます」
上半身をゆっくりと起こす。ふわ、パジャマだ、初めて見るパジャマのダーマッド、あぁ肩のラインが男らしくて……肘ついてる感じも……じゃなくて。お粥を食べてもらうのだわ。
「はい、あーん」
「え、あの自分で…食べます」
でしょうね!わたくしとしたことが、緊張しすぎてなんと大胆なことを!器を渡すと少し手が触れてまた心臓が飛び跳ねる。
ダーマッドが、スプーンを持ち上げようとして、落とした。
「…………」
「………あれ、…あの、指にまだ力が入らな……」
「はい、あーん、ダーマッド?」
スプーンを取り上げて再チャレンジすると、ためらいながらもぱくり、と口を開けて食べてくれた。ひぇぇ!可愛い!
「熱くないかしら?お水飲む?」
「……はい」
カップを口元に持っていって少し傾けるとこくりと飲みこむ。なんか、照れてる?ふわ、なんだろうこの可愛いひとは。
さっきはいったい誰と間違えたんだろう?とへこむのと今の目の前の可愛いダーマッドとで気持ちがぐちゃぐちゃだ。でも、
目の前にダーマッドがちゃんといる。本当に、また会うことが出来て、良かった……




