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3

 


 翌朝、黒いドレスに黒いベールをかけられてわたくしは馬車に乗せられた。


 夫を亡くしたばかりの未亡人のような出で立ち。ベールは二重になっており馬車の外から顔の判別は出来ないだろう。目立たせない為か御者台に二人の護衛がいるだけ。


 ずいぶんと呑気な逃避行だ。



 たまにジェラルドがベールをそっと持ち上げてわたくしの顔を見つめてほんわりと頬を染める。


「黒が似合うね、グィネヴィア。君の陶器の人形のような白い肌にとても映える」


 わたくしの黒髪を何度も持ち上げてはさらさらと落とすという動作を繰り返す。


 これは婚約者であった頃も彼が癖のようにずっとしていたことだ。髪を結い上げると残念そうにしていたので彼と会うときはいつも髪を下ろしていた。


 婚約中はジェラルドと良き夫婦になれるよう歩みよる努力を、一応はしたのだ。


「本当に綺麗な髪だな。僕の愛しいグィネヴィア。こんなに愛しているのにまさか婚約が破談になるなんて。国境の小競り合いだって僕は必死に止めたんだ。グィネヴィアが悲しむだろうから。それなのに父上の側近たちが勝手なことを…」



 とても正直な話、冬になると戦が起こるのはよくあることだ。側近の謀り事だのなんだの言い繕っても地方騎士というのは冬は戦にでて給金を貰い春には土地を耕しに戻る。その繰返し。


 今回はたまたまいつもの小競り合いに第三国がちょっかいを出したせいで大事になった。ジェラルドの国の宮中の狸たちが第三国から儲け話を持ちかけられたのだろう。




 ジェラルドがわたくしの頬にくちづけをしようとするのを手でそっと諫める。


「恥ずかしいですわジェラルド。それにこういったことは聖堂で式を挙げてからでないといけません。わたくしのこと大切にしてくださるのでしょう?」


 両手で顔を押さえて下を向く。恥ずかしそうに見えているはずだ。


「そういう清純なところも大好きだ。もちろん大切にするつもりだから安心してくれたまえ。あぁグィネヴィアはなんて可愛いんだろう」


 ジェラルドは美しい顔をぱっと紅潮させた。目尻は下がり口元は緩みっぱなしだ。ちょろい。しかしそんなだらしない表情でも金髪に碧眼の王子はこの上なく美形である。


「まぁ、わたくしも愛しておりますわ。ジェラルドも金色の髪と青い瞳がとても美しいわ」


「僕はグィネヴィアの黒い髪と黒い瞳が大好きだよ。童話に出てくる黒檀の髪に雪の肌、頬は血の色、のお姫様って君のことだろう?」


 わたくしはこの陰鬱な自分の見た目が大嫌いだ。ジェラルドは本当に太陽神のように美しい。正直その明るい美しさがうらやましい。


 突然馬車が停まった。




「どうした?」


「いえ、すみません。鹿が倒れて道を塞いでいるようです。馬が踏みつけると危ないので退けて参ります」


 御者が急いで前方に走り出る。


「ジェラルド様。ちょっと大きなヘラルド鹿です。重くて動かないので手伝って頂けますか?」

 御者は戻って来てそうジェラルドに告げた。


「ヘラルド鹿なら角が高値で売れるだろう?その辺に捨て置くには惜しいな。少し待っててグィネヴィア」


 そう言ってジェラルドは馬車を降りて鹿の方に歩いて行く。


 ……この人は危機感とかないのかしら?




 そっと馬車の扉が開いて見慣れた服装の男性が乗り込むと、わたくしを抱きかかえた。


 きゃあと言ってしまいそうなのを必死に抑える。抱き上げられたことに驚いたのではなくて抱き上げた人が誰だかわかったから…。



 身体に触れられるのは初めてだ。逞しい腕が、胸板が身体をしっかりと包み込んでいる。


 心臓が突沸する。全身が熱い。


 ベールを被っていてよかった。今自分がどんな顔をしているのやら見当も付かない。




 そのまま脇の茂みに入り用意してあった馬に乗せられると来た道を引き返す。茂みには他にも数人の騎士がいた。



「まぁ。遅かったわねダーマッド。それでも王国の筆頭騎士かしら。たるんでるとしか言いようがないわ」


「……申し訳ございませんグィネヴィア王女殿下。しっかりと掴まっていてください」



 今言える精一杯の嫌味。なのに普通に返されてしまった…。


 掴まるってどこをどのくらいの感じで?こんなに密着しても……嫌じゃないの?




「グィネヴィア!?ちょっと待って!わぁ何をするっっっ不敬であるぞっ」



 ダーマッドにしがみついているので後ろを見ることは出来ないが残った騎士たちにジェラルドが取り押さえられているのだろう。できればそのまま強制送還してもらいたいのだが。



「きちんと片付けないとまた同じ事が起きますので捕縛して王宮に連れて行きます」


 わたくしの心の声が聞こえたのかダーマッドが腹立たしげに言い放つ。

 いつも穏やかでにこやかな彼がこんな風にイライラと声を荒げるのを初めて聞いたかもしれない。


 あぁ、そうか。ダーマッドとしてはわたくしを隣国へと連れ去ってもらいたかったに違いない。


 騎士という立場上出来ないわよね。わたくしを助けないといけないなんて不憫ね。




 馬の速度がゆっくりになったのでダーマッドの広い胸に頭を預けて目を瞑った。このくらいは、してもいいわよね?


 可哀想なダーマッド。あなたはわたくしと結婚するしかないのよ……。


 心地好い眠気が襲ってくる。









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