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「辺境伯の所へ先触れを出しますか?」
「影しかいないじゃない。誰か行ける?」
守備隊はわたくしの影武者と一緒に国境の人質交換場所へ向かっている。辺境伯の領館に公式に出す伝令がいない。影は何人かいるが入れ替わり立ち替わりだ。側にはアリー含めて大体常に五人程度いる。
辺境伯領へと馬を走らせながら影と会話する。
「あちらの影が見えますので非公式ですが、まぁもう伝わっているでしょうが言伝てがあれば」
「奥方に着替えを用意してもらうようお願いして」
わたくしのドレスは影武者が着ていった。他の着替えも馬車の中だ。影武者と守備隊の方へは辺境伯領に着いてから知らせをやろう。
帝国の一味とジェラルドはきっと辺境伯の所へ行き先を変えるだろう。ゾエ将軍があちらに向かっているのはもう気付いているはず。
「畏まりました」
影が向かう前に一人こちらへ来た。辺境伯の影だ。
「姫様、奥方より伝言です。商隊を装った怪しい一団が近付いております。平服を着ておりますが明らかに軍人。狙いはジェラルド王子ではないかとのことです」
「さっきの盗賊の続きかしら?」
「恐らく」わたくしと一緒にいた影が頷く。「商隊のほうが本隊でしょう。助けますか?ジェラルド王子と一緒だった帝国の銀獅子隊のほとんどは先にゾエ将軍を追っています。戦力はかなり手薄のはず」
ジェラルドは第三王子だから跡目争いには関係ない、何故こうも執拗に狙うのだろう?
「ジェラルドを助ける、ていうのもおかしい気がするけど。まぁ敵対しているわけではないのよね。ジェラルド個人が嫌いなわけではないし…」
むしろジェラルドのことは好きだ。異性としては全く見れないけれど何年も婚約者として付き合って来たのだ。ちょっと困り者の弟のような、それなりの情はある。
わたくしを拐ったことも、ダーマッドを人質に取ったことにもめちゃくちゃ腹が立ってはいるがそれもジェラルドの発案ではないのだろう。理由は不明だが一緒にいる帝国側の意図だ……
て、違う違う!
「助ける!助けるわよ!ダーマッドが一緒のはずでしょう?」
「ダーマッド殿の姿はありません。何かに閉じ込めて運ばれているかもしれませんが」
「あり得るわ。わたくしも長持ちに押し込められたから」
「ではご指示を。20名ほど姫様に付き従うよう奥方から言い使っております」
辺境伯の影が後ろからどんどん沸くように出てきた。とても頼もしい。
影は表立って動くことはできない。だが今のこの事態が表立ったことではないのでセーフのはず。
「ジェラルドと帝国の馬車は街道ね?怪しい商隊も」
辺境伯の影がこくりと頷く。「接触まであと半刻もございません」
「では全速で応援に。離れている影も出来るだけ集合するよう合図を出して」
街道にたどり着くとすでに怪しい商隊が帝国の一行の前に立ちはだかっている。
帝国側は服装が異文化で全く違うので見間違えないですむのが助かる。わたくしが帝国を助けるのもおかしな話だが拘束されているはずのダーマッドを守るのが目的だ。
帝国の一行に近寄る。馬車の守りは二十騎もいない。ジェラルドと派手な美人(多分女帝)が馬車から出てきて馬に飛び乗った。剣を手にしているので戦うつもりなのだろう。二人とも守られる身分のはずなのだが。
「加勢します」
一行の後ろに走り出て小声で告げた。誰が寄ってきたのか、察していたかのように女帝とジェラルドが振り返る。
「助かるグィネ「わーわーわー!!」
人指し指を口元に当ててジェラルドに合図すると一瞬驚いたあと頷いてくれた。素性は厳秘だ。あと、ダーマッドがどこかにいるならば聞かれてはまずい。
ダーマッドにこんなお転婆な姿を見られたら確実に今よりも嫌われてしまう……。
……ジェラルドが若干微笑んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
ふと、帝国一行の馬車を見る。やはりダーマッドはいない。が、あの麗しのご令嬢がいる!
危ないのにジェラルドが打って出たのは彼女のためか。女帝にまで守られている様子。もしかしてやんごとない身分の、そう、どこかの大国の姫君なのだろうか?だとしたらますます友達に……などと悠長なことを考えている場合ではなさそう…。
商隊から武器を手にした一団がこちらに向かって来る。総勢百名はいるようだ。




